【閑話】 邂逅する者たち
偵察隊から話を聞いていた通り、明らかに異質場所だった。
(何、これはどうやっているの?
それ以前にこれが紛争地帯の只中に位置する地域の姿なの。
穏やか過ぎると言うより、気持ち悪いぐらいの平穏さ)
行き交う人々の喧騒を女は観察しながら、待ち合わせの場所を目指す。
賑わいを見せる街並み。
それは望まれながらも現実としては乏しい、この時代の在りよう。
この街は当たり前のように平穏を内包し、そして人々もそれを当然のように受理していた。
(夢物語の世界観ね。
反吐がでそう、この紛い物)
世間から隔絶された風景に、女は創られた平和に胸やけがしてくる。
女には理解できた。
紛争地域を渡り歩き、その濁った空気の中で呼吸してきた。
それ故にジワジワと侵略してくる造られた倫理観に。
この街は、人の観念を置き換えようとしている。
この平穏を自然と受け入れられるように、何かが作用を及ぼしていることに。
女は惑わされることなく、意識を集中して襲い掛かってくる波を撥ね退ける。
個を意識しなければ、街に呑み込まれてしまいそうだった。
(趣味が悪いわね。
招待されて、こんな歓迎されるとはね)
一時として気が抜けない。
(理想的な風景。
なるほど、個を失い、全に委ねれば争いは起こらないか。
…この街を造った者は余程、人間嫌いなんでしょうね。
個を否定し、統一で纏め上げようとするなんて。
まだ、自覚ある洗脳の方がマシね)
女はこの雰囲気を矜持することなく、甘ったるい空気に汚染された唾を地面に吐き捨てる。
「困りますね、旅の方。
これでも街の美化に気を使っているのですよ」
「なら、こんな偽ものな静謐に呼び出さないでくれないかしら?」
女は内心で焦りながらも、冷静を装い、後ろから話しかけてくる相手に鋭利な言葉を投げる。
(後ろを獲られた!
あれ程警戒をしていたのに…)
「見極めには丁度良くてね。
貴女のような人には特に辛いでしょう、この感覚。
剛毅な者程、この街の異様さが感じとれる。
最低条件ですよ。
こんな結界に左右される程度の人物とは、対談するだけ無駄だということです。
血塗られた鉾の使者よ」
淡々と告げる告知。
その声音に全身の毛穴が開き、厭な汗が際限なく吹き出てくる。
酷烈な威圧感が背後から吹き抜けてくる。
心拍数が急上昇し、唾も呑み込めないほどに喉が渇ききる。
知らずに拳を握りこみ、爪が掌に食い込み拳は赤く染まっていく。
そこまでしなければ、自我ごとその圧倒的な威圧が持っていかれそうな気がした。
(息を整えて、緊張を解せ。
呑み込まれるな)
自分に言い聞かせ、女は圧力を振り切り、振り返る。
そこにはその威圧感とは対極に位置しそうな温和な男が、軽く腕を組んで立っていた。
「お見事。
単身で訪れようとするだけはありますね」
と告げられると、女に対するプレッシャーが嘘のそうに消え失せる。
女はそれに伴い、額を濡らしている汗を袖で拭いとる。
「…貴女、旧人類ではありませんね。
関係者でない者を寄こすとは、どんな意図なんでしょうか?」
男は怪訝そうに、こちらを観察している。
「豪い歓迎をしてくれた上に、そちらの本題が先なのかしら?
…人間味無いわね、監視者の手足は」
「勘違いされているようなので言っておきますが、元ですよ。
それにね、監視者なる組織は50年も前に滅んでいます。
征する者が生き残っているのが、その証拠です。
外から来たものを生かしている程、監視者は甘くはありません」
男は真実だけを告げ、歩き出す。
その背中が付いて来いと言っているので、従う。
「貴女達がなにをしようが、僕に興味はありません。
唯、この街に争いの種を持ち込むのだけは排除させて貰いました。
そちらがこちらに干渉しなければ、障害は生じません」
「別にそんなことはどうでもいいわ」
「どういう意味です」
「私はこんな物を身に着けているけど、血塗られた鉾に所属してる訳ではないわ」
男は立ち止まり、温和な表情を讃えたまま振り返る。
女は胸元にあるペンダントを弄ってみせる。
それは槍に蛇が絡み付いている血塗られた鉾の証。
その視線を正面から受け止めながら、女は用件を告げる。
「関係者だから、私が代わりに来てるの。
私はテラスが残した遺産の1つ…」
以外な人物の名を出され、男は目を剥く。
「なるほど、間違いなく関係者だね。
そのことを認識している者がいるとは思いませんでしたが」
「趣味は考古学なの。
その延長上に浮かんだ道が血塗られた鉾と三賢者に続いていた、それだけのことよ」
「…聞きましょうか、貴女の経緯と推理を」
興味深げに男は建物の中に消えていく。
女はその建物が掲げている看板に目を通す。
そこにはPacket&Basketと刻まれていた。




