【閑話】 あらぬべき情景
前半戦終了とは言ったが、後半戦が始まるとは言っていない(前回は)。
再びすみません、本来チーム結成後、2日目の朝に差し込もうとしていた話です。
どこの誰?というのは、今後語っていきます。
春盛りの並木道。
それは、尊前たる焼き付く緑の道。
落ち葉はその青さを滲ませ、きつい緑の匂いを辺りに振りまいた。
タッタッタッ!
軽快で弾んだ足音が、そんな並木道を駆け抜けていく。
(も~、こんなこと初めて!
どうしたんだろう?)
不安げな表情を讃えた少女が、その足音に主だった。
セミロングの髪を靡かせ、逸る気持ちに押し殺しながら走り続ける。
年齢は13から15ぐらいで、柔らかさと元気が入り混じった雰囲気の少女だった。
パッチリとした目がチャームポイント。
それに目に並んで、意志の強さを表すような太い眉毛が印象的だ。
そんな少女は不安を露にしていた。
(今まで遅刻なんてしたことなかったのに…。
事故にあったとか…。
もしかしたら、病気で動けないとか…)
不安が不安を呼び、頭の中がマイナスに傾いていく。
大急ぎで並木道を抜け、右手に曲がると騒然とした住宅街に出る。
目的に家まで後もう少し。
ラストスパートをかけて、その家までダッシュする。
「あぁ、あぁ、はぁ、はぁ…」
レンガ造りの2階建ての建物の前で立ち止まり、呼吸を整える。
住宅街の中でも、風変わりナリをしている建物。
インテリぽいその建築物は、基本的にレンガで組まれており、他の住宅とは異質だった。
ワザと古めかしく造られた建物は、時代に取り残された感じが漂っており、異質ながら味があった。
この場所に立つと、時が停止してしまった錯覚すら覚える事があった。
そして少女がいつも感じる違和感が、この建物にはあった。
それは人が住んでいる筈なのに生活感というか、人が住んでいるという雰囲気がないのだ。
まるで過去の遺物、廃墟のような…。
そのレンガ立ての家に1つだけ、文明の利器を携えた箇所、ボタンがあった。
呼吸を整えた少女は、それを震える手で押す。
ピンポーン!
中の者に訪問者を教えるチャイムが鳴り響く。
…反応が無い。
もう1度チャイムを押すが、やはり中から人が出てくる気配が無い。
(居ない!
どうしよう!
あっ、えっと、やっぱりどこかで事故にでも…)
混乱した思考はまともな意見を提示してくれない。
只、不安を押し上げる波に巻き込まれ、理性的になれない。
衝動に操られるように、来た道を逆走しようとした瞬間、木製のドアが引き止めるように開く。
「おや~、どうしましたティーナ」
そこには、清閑で浮世離れした雰囲気を纏った男がいた。
この建築物に似た感じで、時代から廃絶されたこの場でしか生きていけないのではと想わせる。
20代前半といった感で、温和そうな顔が印象的な成年だった。
「…あ、あ、あ」
「餌を欲する金魚みたいだね」
「どうしたじゃありませんよ!
今何時だと思っているんですか!」
「10時52分43秒」
少女は冷静に秒単位まで答える相手に、二の句を告げられなくなる。
「…おや?
もしかして僕、今日は定休日だと伝えていませんでしたか?」
「え、お店、お休みなんですか?」
今までの焦りが無駄だったと悟り、少女は目に見えて肩が落ちる。
「帰り掛けに、貼り紙は貼っておいた筈ですが?」
「そんなものありませんでしたよ」
「…おお、ここにありました」
男は玄関の内に張られた貼り紙を外し、少女に見えるように翳す。
{明日、3日は都合によりお休みとさせて頂きます Packet&Basket}
そこには少女が働いている喫茶店、パケット&バスケットの休業の告知が書かれていた。
店長は申し訳なさそうにタハハと笑い、従業員は冷たい視線を送る。
「…そんなところに貼っても、レイさんにしか告知できてませんよ」
「その通りですね、面目ない」
「はあ~、…あんなに心配したのに、アタシバカみたい」
小声で愚痴ると、少女はとぼとぼと男から背を向けて歩き出す。
「待って下さい、ティーナ」
「何ですか?
お休みするほどのご予定がおありなんでしょう」
少女は不満を体全体で表現し、引き止める男に威嚇をする。
「大事なお客様が訪問されるのはお昼過ぎからなんですよ。
良かったら、お出掛けしませんか?」
少女の思考が停止した。
「……、おでかけ?」
「デートでもしませんか?」
「デッ、デデデートって、デートですか!?」
少女は思わぬ反撃にたじろぐ。
言葉はどもり、怒りは完全に失せ、動揺で視線が宙を彷徨。
理由は至って簡単だった。
それがパケット&バスケットで店員をやっている理由だからだ。
本来なら、母が経営するブティックを手伝い、就職する予定だったが、どうしても諦めきれない想いがあった。
「そうです。
天候は良好。
公園なんかで花見としゃれ込みたいのです。
お付き合い願いますか、お嬢さん」
「えっ、えっ、わっわわたしでいいいいんですか!?」
パケット&バスケットは近所でも人気の喫茶店だった。
その理由の一つに温和で癒される店主があげられている。
和やかな表情を讃えながら、細かな気配りをする大人の余裕を醸しだす。
結構なファンもおり、マダム中の話題を独占する人気ぶりでもある。
「はい」
朗らかに笑いながら、断言する。
(こ、これは従業員を労うための心つかいで、別に深い意味はないはず…)
少女は自分で言い聞かせて、落ち込む。
そして自分の格好を見て、危機的な気分に晒される。
「き、着替えてきていいですか!」
「どうしてですか?
そのままでも可愛いですよ」
(これはおせじ!
落ち着いて、ティーナ!
こんな社交辞令にいちいち真に受けていたら、身が持たないよ!
それより、建前でもレイさんとデート!)
「待ってください!
それなりの格好をしてきますから、待っていてください!」
少女は、少しでも綺麗に見せたい女心から、着替えてくる事を主張した。
(僕としては、長い時間一緒にいる方が良いのですが)
言葉にすれば鈍感だの、無神経だのの罵倒が飛んできかねない為、男は口を噤む。
女の子には下準備が必要なのだと、理解はしている。
より、思い出に残る時間を造るために、演出をする為にも。
「了解しました。
なら、その間にこの貼り紙を店に貼ってきて、簡単なお弁当を用意しておきます。
そうですね、1時間後に3番公園で待ち合わせしましょう」
待ち合わせと聞き、よりデートらしくなってきたと少女は内心で高揚していた。
「期待してますね」
「そ、そんな、期待なんかしないでください!」
耳まで真っ赤にした少女は、限界に達した感情のまま駆け出していく。
少女が去るのを確認してから、男はドアを閉じ、2階から降りてきた相手に睨みつける。
睨み付けられた女は、肩をすくめて見せる。
「可愛い子ですね。
あれがアナタの心ですか?」
「盗み見とは関心しませんね」
「あら。
私を蔑ろにして、楽しそうに話してるからアナタが悪いのでしょう?」
シーツだけで身を包みこんだ女は、男に歩み寄りしなだれる。
肩口に切り揃えられた髪に、きつい印象の釣り上がった目元。
それらを生かしたシャープな顔立ちは、美人を強調していた。
「泊まっていくと言い出したのは貴女。
僕が進めた訳ではありません。
優先順位を考えれば、当然でしょう」
淡々と告げる。
男の顔には、先程までの温和な表情の片鱗すら窺えない。
「あの子にしか感情を乱さないのね。
本当の優しさを見せないのね、アナタは」
「そうでしょうね。
僕でいる限り、レイでしかありませんから」
「嘘ばっかり。
女を舐めているのか、それとも本心は自分には分からないものなのかしら?」
「さて、どうでしょう。
その事に思い馳せる時間は決して短くなかった。
彼女だけが、私とレイを動かせる。
これは千古から続く不変ですから」
「…羨ましい子ね」
「その所為で、きっかけを与えてしまった…。
脆いものですね、私は」
「女の観点から言わせて貰えば、それは餓えでしょうね。
だから、アナタは私を抱けるの。
そんなもんでしょう?」
「聡明な女は、敵に回したくないものだ」
「あら、褒めてくれるの。
とても嬉しいわ。
今回はその言葉に免じて、大人しく帰ってあげるわ」
「又、ここに来る気ですか?
それよりもあちらで異変が生じていると報告を受けています。
もう少し、仕事に専念して貰いたいのですがね」
「あの子に、私と居る所を見られたく無いだけなんでしょう」
「分かっているなら配慮してください。
これっきりが好ましい」
(ハッキリと肯定するあたりが、この男が悪人ではない証拠なのよね)
苦笑を浮かべる美女。
この達観した男の内を観られただけでも、面白い体験だったと女は納得しておく。
「本当に無粋な男。
まぁ、元々流されただけの関係だし、別に構わないわ。
なら、連絡係に戻らせて頂きます。
仕事の時だけ寄るようにするわ」
「そうしてください。
朝食ぐらいはご馳走しますよ」
「なら、堪能させて貰いましょうか。
最後に甘いひとときを」
女は妖艶に笑い、男の唇を奪うのだった。




