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蒼刻の彼方に  作者: ドグウサン
1章 胎動する者達
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【覚悟と信念】 崇高なる意志

流石と感嘆すべきだろう。

彼女はこの場所のルールに従い、共同体という枠に当て嵌めて統率した。

それは境界線を見極めることのできる人間の成せる業だろう。

その条件は底を、深淵なる地獄という場所を彷徨こと。

底に触れ、這い上がってきたものだけが、デッドラインの存在に気が付く。

大抵の人間は2度と底には近づかないものだ。

だが、彼女の場合は逆だ。

デッドラインの存在が理解できるからこそ、そこにチャンスを模索する。

危機は最大の好機を生む。

だからこそ、デッドラインのギリギリを綱渡りの要領で渡り、次々とその好機を手にしていく。

彼女が手にするチャンスは偶然ではなく、必然なのだ。

彼女は()っている。

この世が絵空事で、道端の草と同じように、突発的な出来事に全てを薙ぎ払われてしまう、風前の灯となんらかわりない不安定な状況の組み合わせであることを。

前触れもなく、何もかも失われてしまう理不尽に囲まれた世界。

生まれた瞬間に平等を剥奪され、時間の束縛に絡まれる。

()っているからこそ彼女は進むことしかしない。

世界のシステムに則りながら。

信頼なんてものは、所詮何の足しにもならない幻想のものだと割り切っている。

彼女吐く信用は、デッドラインの寸前を歩くことで得た好機に他ならない。

此処がギャンブル場なら金を、商談場なら情報を、そして血塗られた鉾(ミストルティン)なら力を。

彼女は自分の持ちえた知恵、知識、そして技能を惜しみなく晒すことで他人を引きつけ、そこに仲間意識を植え込むことに成功した。

ライバルというべき人間に講釈するなど、本来なら愚の骨頂だろう。

だが、それこそが狙い。

最も欲しがるものを与えることで、根を張ったのだ。

これで大抵の者は彼女に信用するだろう。

だが、その策を行うにはそれなりに必要なものがある。

力。

血塗られた鉾(ミストルティン)において必要なもの、力の投資分、上乗せで必要なのだ。

そうでなければ最悪のシナリオ、寝首を掛かれた際に道は1つしかなくなる。

第2学年(ランデベヴェ)にして教員(パルチザン)と互角以上の戦闘を繰り広げた実力は、疑うまでもないだろう。

投資する分の力は蓄えているのだ。

そして情報操作。

真実を踏まえての情報リークは、運命共同体であることを認識させた。

正直100点をあげたいくらいに、用意周到な手回しだ。

情報を出すタイミングも大したものだと評価できる。

自分から切り出すのではなく、それとなく相手に気付かせてから、情報をリークする。

罠とは思わせないように。

誰かが焦りを指摘してくるのは計算済みだったのだろう。

自分から切り出すのと、周りが気が付くのでは演出の深さが違う。

そしてそれが裏切りを歯止めさせる最高の餌なら尚だ。

講釈好きで、情報を暴露しているように思われるが、それ自体が伏線なのだ。

そこまで計算しつくされたシナリオに腑に落ちない点がある。

時折見せる、感情的な振る舞いだ。

最初は芸だと思ったが、その後の台詞には意味が伴っていない。

感情的で、連ねる言葉はどうも要領を得ない。

これでは効果としては半減してしまう。


「動かされている、彼女が?」


馬鹿なと頭の隅に追いやろうとするが、解せない。

氷と炎。

両を兼ね備え、地獄を知っている彼女がそのようなミスを犯すとは考え難い。


「ティア サカキ、ヤツが。

…乱す者か」


その題を口にすると、不安が一層強まる。


(私が動揺しているだと、ふっ馬鹿馬鹿しい)


過去から今まで栄光の道を歩いてきた男は言い知れぬ不安に包まれる。

漠然とした想いは定まることはなく、直ぐに霧散してしまうのだった。



アルコールの匂い立ち込める消灯された部屋に、忽然と気配が生まれる。

長い黒髪を名靡かせ、それはベッドに眠る者を静かに見つめる。


「珍客だな。

…やはり、お主が関連しておったか」


忽然と生まれた気配に驚きもせず、テリトは悲しき瞳をその者に向ける。


「冗談のような話ね。

真逆、2人も榊の名を名乗る者がこの血塗られた鉾(ミストルティン)に現れるなんて。

その血に託された想いなんて、知りもしないのでしょうね」

「血じゃと?」

「貴方には関係ない事よ。

それとも、再び牙を取り戻すつもりかしら、戦臣(せんしん)汪虎(おうこ)


その台詞に、テリトは無言で保留にする。


(そう、動かされぬ者と成り果てた筈に貴方が、再び揺り動かされているのね)


「牙を取り戻し仕えるならば、覚悟しなさい。

私は、全力を持ってあの子の望みを断ち切ります。

柱たる者(・・・・)を殺させる訳にはいかない。

それが飾りとしての(スメラギ)に背いたあの日、私が見つけた答え。

もはや、この血に希望など有りはしない。

所詮、朽ちた望み。

ならば、私は私の道を歩く。

立ち塞がる者は、血縁でも容赦はしない。

私もガイラも、貴方を高く買っているわ。

牙を取り戻すならば、私に仕えなさい」

「それは、ワシに最後の芽を摘めと」

「そうね。

あの子の目的は火を見るよりも明らか。

なら、摘み取るは仕方ないこと。

あの子は自ら、この死地へと足を踏み入れた。

でも、この子は私が巻き込んだようなもの」


黒髪の女は哀しみを湛えた表情で、ベッドに眠る者の頬に触れる。


「馬鹿な子。

私など追って、こんな血を血で洗う場所に訪れるなんて」

「榊を名乗る者。

そやつはいったい?」

「群体にして個。

そして恐らく、この世で最もおぞましき正義、神無(カンナ)


それだけ告げると、女は踵を返しテリトと向き合う。


「もう、猶予はないわ。

まぁ、このまま最後の刻まで虚像を装うのもいいわ。

でも選び、来るならば、いつでも歓迎するわ。

汪虎(おうこ)としてならば」

「お主は、…それで良いのか?」

「私の感傷など、微意。

大局だけが全て」


女は現れるのと同じく、忽然と姿を消した。

最後に残した女の言葉が、瞳に宿る悲しみと相反していて、テリトは「馬鹿者」呟く。

感傷が浮かび、それを宥める為に窓を開く。

そこには蒼さを遠き刻に忘れてしまった、翠に染まった空があった。

翠の壁は天幕(カーテン)

殆どの星を隠し、天を輝かせられるのは、太陽系に残る九つの星々だけだった。

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