【覚悟と信念】 過程が宿しもの
昏倒しているシルーセル。
それを一瞥して、嘆息を漏らしてプレハブから外へと出る。
「ビィーナがお粗末だと言っていた意味が分かりましたよ。
それで隠れているつもりですか?」
私は水筒から水を垂らし、空中へと幾つもの水球を浮かび上がらせておく。
「返事が無いなら、攻撃に移りますよ」
私の警告はハッタリだと勘違いしているのか、敵は姿を隠したまま、無様な気配の残像を残していた。
(1、2か。
幾ら未熟な者が相手でも、2人はきついか…)
超遠距離攻撃を行わずプレハブに接近してきている様子から、この2人の中に指向の風遣いはいないようだ。
この血塗られた鉾での戦いで、最も重要なものは門ではない。
どの位置から門を展開させるかを見極める、情報管理送還装置の運用こそが重要な要素となる。
肉体に歪みを及ぼせば、代謝。
所有している物に歪みを及ぼせば振動や凍結、引力。
虚空ならば指向や空間だと。
その現場を押さえることこそが、敵の情報を知り、打破への道のりとなる。
情報管理送還装置の範囲は半径200メートル。
圧縮砲等の超遠距砲撃以外は、察知可能ということになる。
情報管理送還装置の範囲、それは自分の間合いに他ならない。
(こちらを2人と想定し、派遣したのが2人。
なら、これは時間稼ぎか…)
戦力が分散しているならば、各個撃破こそが理想。
それを成さないで、人数分しか戦力を此方に送り込んでこないことから、これが囮であると思惟する。
(女性陣は…、心配する必要はありませんね)
真っ先に凛を安否したが、アッサリとそれを捨てる。
心配するだけ無駄だと。
寧ろ、迂闊にも凛やビィーナに手を出す愚か者を気遣いたいぐらいだった。
安否を気遣うべきは、ティアだけ。
正直、この展開の速さには舌打ちしたい気分だった。
(真逆、中以外に短時間に纏めることが出来たチームがあるとは。
…否、私が知る限り、そんな統率力や扇動力を持った輩はいなかった。
なら、これは教員が絡んでいますね)
この首謀者に該当しそうな人材を検索する。
ゴルド ブルド。
今年から教員になった新任教員。
学生時代、かなり強引なやり口でのし上がって来た男。
自分の利潤になるものならば、ルールを破ることを平然と行ってきている。
恐らくこの襲撃も彼が下したものだろう。
(ルールをルールと思わない輩か。
流石に教員相手となると、心配になって来ましたね)
一刻も早く、この事態を収拾する必要が出てきた。
教員の実力は、第1学年で換算するとダース単位ぐらいの実力がある。
門を遣えるか遣えないかの狭間の第1学年と、門を手足のように扱える教員とでは、それ程に差があるのだ。
凛やビィーナが並の第2学年ではないとはいえ、教員は分が悪い。
心音のギア上がり、焦りが滲んでくる。
それを諌め、門の制御と敵の情報収集に勤しむ。
「警告はしましたよ」
腕を振り上げ、2本の指を高らかに掲げる。
その指先に水球が集い、一筋の刃と化す。
それを横に払い、前方に広がる森林を薙ぎ払う。
シュ。
無音に近い音が奔る。
そして静寂に戻る。
だが、2秒後に森林に異変が起こる。
視界一杯に広がっている木々がズレ、そのまま倒れていく。
圧縮水刃。
轟音が響き渡り、積み重なるように大量の木々が鋭利な刃に斬られたように、綺麗な断面の下部を残し倒れていく。
そして、木々の一部から大量の液体が吹き上がった。
それも木々に押しつぶされるようにして、埋没する。
「うぁぁっ!!」
しゃがみ、薙ぎ払った部分よりも下の部分に構えていた1人が、突然倒れだした木々と相棒たる隣の男の首が刎ねたことに、恐々の声をあげながら森林から飛び出してきた。
その正常な思考が働いていない状態を逃す程甘くない。
瞬間で距離をゼロにし、凍りついた表情をしている敵の眼前へと飛び込む。
先程振り払った指先に水の刃を形成すると、首元にぶら下っているペンダントの鎖を断ち、宙へと投げ出された情報管理送還装置を掴む。
これにより、敵の門を完全に封じた。
情報管理送還装置無しに門を行使することは自殺行為に他ならない。
情報誤差によるフィードバックに脳が耐え切れずに発狂するだろう。
情報管理送還装置を敵から引き剥がした地点で、敵は切り札たる門を失ったのだ。
呆然自失している相手の腕を取り捻りあげて、もう片手で後ろから首を押さえる。
「さて、勝負は付きましたね。
折角生かしておいたのですから、貴方に2択与えましょう。
1つは、このまま首を折られて肉塊になるか。
1つは、リスクの高さをゴルド教員に伝えるか。
10秒与えましょう。
経っても選択が無い場合、前者とさせて貰います。
1、2…」
相手に言葉を与えないで、自分の要求だけを進めていく。
この手口は萎縮してしまった相手には有効。
最早、一欠けらしか残っていない反骨心は千切れてしまっているだろう。
そして確実に減るカウントは、一片の理性さえ奪う。
「5、6、7、8」
「まっ、まってくれ!
つたえる、つたえるから見逃してくれ!」
「なら、10秒以内に去りなさい。
そして2度目は無いと知ることです」
完全に言葉と顔色を失った敵対者は、脱兎の如く逃げ出していく。
カウントダウンする間もなく、情報管理送還装置の範囲を超えて逃げ去った。
(これが私か)
凛の会う前とは比べ物にならない実力。
同学年の者を寄せ付けない能力差に、凛への畏敬と見せられない感情が高まるのを覚える。
そこまで巡らせ、思考を閉じる。
(今は、そこに考えを差し挟んでる暇はないですね)
プレハブを離れようとして、シルーセルの事を思い出す。
このまま放置する訳にはいかない。
それは凛への裏切り行為に他ならない。
焦燥が躰を突き動かしそうになるが、二の腕を服の上から爪で抉り、想いを押し殺す。
抉った肉が、迷彩色の衣服を汚す。
滲んでいく様子は、兄の黒い召し物を汚していく様に似ていた。
キュッと唇を結ぶと、プレハブへと帰還する。
(心配するまでもない。
どんな状況に陥ろうとも、凛に打破出来ぬものは無い)
それは私が一番知っていると自分を諌め、シルーセルの護衛へと戻る。
何事も無かったかのように、不敵な笑みを湛えた相棒が戻ることを確信して。
※
昨日の地点で偵察は終了した。
直ぐにでも実行しなければ、2度と敵はこの場所を訪れないかもしれない。
そう思案したからこそ、急性ながら狩りを実行に移された。
相手は第2学年で最底辺の脱落寸前の者。
3人もの人員を用意すれば容易なミッションだった。
今日一日この場に陣地を取り、獲物を待った。
夜も更け諦めが過ぎる頃、やっと獲物がこの丘へと姿を現した。
班の手足たる人数を剥ぎ、戦力を削いでいく。
確実に1つ1つ潰していけば良い。
第2学年に成り立ての自分らの実力は、五十歩百歩。
ならば、数が勝る方が勝つ。
理屈的にも作戦的にも間違いはない。
それを実行するにはチームという枠組みが完成する前でなければならない。
そうしなければ敵も数という力を手にする。
そう顧問に説明され、異論を挟む者はいなかった。
闇に乗じ、息を殺して獲物が罠に引っ掛かるのを待ったのだ。
「ごめんなさい、アナタ方にティアを殺させる訳にはいかない」
突然掛けられた声。
ハッとし、其方に顔を向けるとブロンドの髪の少女が隣にいた。
こんな場所なのに、スカートという異様ないでたちで。
警戒を怠った覚えは無い。
獲物が作戦領域に侵入してからは余分に気を遣い、警戒網を敷いた。
瞳には確かに移っている筈の少女。
だが、警戒心が沸かない。
その理由は存在感だ。
この少女には存在感が皆無だった。
ブロンドの髪が揺れ、少女は瞼を閉じ、涙を零した。
「ごめんなさい、最後の神無…、いえあの子を失う訳にはいかないの」
もう1度謝罪すると、トンッと胸に掌を当てられる。
それだけだった。
それだけで、緊張して高まっていた心音が消えた。
何事かと思考しようとして、それが已んでいく。
思考だけでなく、全身を循環すら已んでいく。
明日の朝、この近くで2つの死体が発見された。
その両方共、無傷だった。
唯、もう何週間も経過したかのような、白骨寸前の奇妙な死体が山中に転がっていた。




