【覚悟と信念】 緒戦
ティアが消えた後、2つの影が月光に照らし出されながら、姿を現す。
「…信じ難いわね、あの男」
大岩に、拳が入る程度の穴が貫通していた。
周りには罅さえなく、完全に貫かれていた。
「うわ~、カンツウしてるよ、これ。
どうやったらこんなことできるの?」
「力が分散していない証拠ね。
突きの速さで突破力を、引きの速さで分散する力を無くした。
腰の回転、地面を蹴り付けての爆発力。
何よりも驚嘆すべきは、それらは一点に集約させる集中力。
どれが欠けていては成せないわ。
対戦車砲並の威力だわ」
地面にめり込んだ足跡。
強靭な踏み込みで反動を前方へと凝縮させた跡だった。
「すご~い。
こんなものを隠しもってたなんて」
「甘い性格ね。
私と対戦した時使わなかったのは、殺す恐れがあったからでしょう。
最速で最強の一撃。
覚悟が曖昧だから、手加減なんて不必要なモノを差し挟んでしまう」
(とか言いつつ、ブベツでなく、ウレシしそうな顔をしてるんだよね、リン)
本人に言うと虐められそうなので止しておく。
「長生きできそうにないセイカクだね」
「…大丈夫でしょう。
この1年生き延びたのが、証拠みたいなものでしょう。
身体能力の高さ、恐ろしいまでの集中力、そして危険を嗅ぎ分ける能力に長けている。
生憎と、自分の特色を生かしきれるだけの戦略や技能が抜けている為、生存本能と直結した処でしか才能を発揮していなかった。
私との対戦の最後に、ティアが行った防御行動を見たかしら?」
「遠目だったけど、近距離からの銃弾をふせいでみせた、あれだよね?」
「無意識に危険を察知し、行動を起こした脊髄反射。
反復により、躰に刷り込まれた行為。
そして銃弾の速度を超えて動かされた腕。
最後に、それらを1つ残らず防いで見せた集中力。
お蔭で、前方に集まった無意識は落下に反応できないまま、地面で首を捻る事になったのだけど…。
危険察知と反復、そして集中力。
逆にこれらが邪魔をした訳ね」
「前方の危険に反応して、落下に対してムボウビになっちゃったってことだね」
「そう、お間抜けにもね。
特質した集中力は、一点型。
もし、これを周囲に分散させることが出来れば、その脅威的な集中力は大きな武器になるわ」
(それになんだかんだ言っても、よく見てるし)
「さて、長話が過ぎたわね。
早くしないと追いつけなくなるわよ」
「そうだね。
ティアくん、身体能力はケタ外れだから、本気で移動されるとケイゴが大変だよ~」
「一緒に戻りましょうか。
褒めて貰ったお礼に、今日の警護は手伝ってあげるわ」
「あ、ばれてた」
ビィーナはバツが悪そうにしていると、苦笑しつつ凛は岩に背を預ける。
「貴女一人なら勘付かなかったのでしょうけど、死角からいちいち動揺してる気配があれば、嫌でもわかるわ。
…覗きが趣味だったのね、ビィーナ」
「あははははぁ~」
ビィーナは笑って誤魔化そうとする。
「情報収集は重要なことよ。
別に責めてる訳じゃないわ。
気が付かなかった私が鈍かっただけの話、そうでしょう?」
この場では凛の言うことが正しかった。
パーソナルデータが漏れないように警戒するのも又、ここでは重要な事項の1つだった。
凛から言わせれば、情報が漏れる事態を招いた方が悪いのだ。
「相手が悪かったとして、諦めるしかないわね」
そこで2人の間に緊張が奔る。
互いに視線を交わすと、咄嗟に身を跳ねさせる。
刹那、立っていた地面が抉られていた。
大砲の砲弾でも着弾したかのような、大きな穴が穿たれていた。
「…嵌められのかしら」
静かに独語しながら、凛は状況を分析していく。
300メートル離れた位置から、殺意を感知した。
これを感じとった2人は、寸前でこの凶弾から逃れる事が出来た。
凛達を襲ってきたのは、昨日シルーセルが見せた技、圧縮砲だった。
事も無げに2人はそれを躱し、自分達がどんな状況に陥っているかを確認する。
「ビィーナ、ティアを追えそう?」
「ムリだよ。
殺気が突き刺さってくるし、なによりこの場所…」
凛は頷き、自分の迂闊さを歯噛みした。
この場所には、幾多の罠が設置されていた。
入る者は歓迎され、されど出て行く者には牙を剥く手練の者が仕組んだ罠が辺りを埋め尽くしていた。
攻撃を避けただけで、その場から動かないのは、動けないからだった。
情報管理送還装置で周囲をスキャンし、罠の質を確かめる。
(主に爆弾。
そしてこの手管、リローグドゥの狂人ネテロ ハーガスか…。
相手はチームBX―05。
そしてこの精密射撃、とても第2学年のものではないわ。
公約は破られたと考えるべきね)
「ビィーナ、悪いけど2発程、何とか出来るかしら?」
素早く計算し、場を脱出する算段を出す。
その為には、どうしても時間が必要だった。
逡巡も挟まずにビィーナは頷くと、抉られた地面の上に立つ。
そこは絶好の射撃ポイント。
圧縮砲が通過した為、道の木々を横倒しになっていた。
ソニックブーム。
高速で飛来した弾丸が引き連れてきた空気の断層。
開けた道は、射撃をより正確にさせる事だろう。
それにも関わらず、ビィーナは身を隠す事なく自らを射撃射線へと移動した。
※
「バカめ」
圧縮砲用に改造された銃、ナインズホルスを構え直す。
暗視スコープ越しに、身を晒した愚か者を捕らえ、男の顔に笑みがつく。
(死神だか何だか知らないが、この距離なら恐れる事もあるまい)
砲身が歪みに覆われ、別空間と接続される。
干渉し生まれる指向力。
それが砲身内を圧縮し、引鉄を引き絞ると同時に開放されて脅威の加速を弾に与え、凶弾に仕立て上げる。
音速を超し、弾丸は死神と呼ばれる女に向かって飛翔していく。
300メートルはあるこの位置から、女の位置まで辿り着くまで1秒も有さない。
1秒後には、あの頭がスイカのように赤い液体を撒き散らしながら砕けている筈だった。
死神は腰を落とした体制で、遥か先にいる筈の男を見据えていた。
それは何時だったのだろうか。
瞬きもしていないのに、死神はいつの間にか刀を抜き放った状態で静止していた。
「なに?」
素っ頓狂な声が、男から漏れた。
凶弾が放たれてから、有に1秒は経過していた。
それにも関わらず、死神は健在していた。
そして死神の後方2箇所から、土が舞い上がる。
1発しか放っていない圧縮砲が2箇所の地面を抉りとったのだ。
死神は悠々と刀を鞘へと納めていく。
ソニックブームの影響もなく、平然と死神は立っていた。
空気の断層すら斬り裂いたと豪語するように。
「バカなっ!」
嘲笑で述べられた最初のバカとは違い、驚愕の為に出た言葉だった。
男は急ぎ銃を構え直すと門を開き、そして加速されて弾丸が再び翔る。
だが、結果は同じだった。
確りと双眸を開いているというのに、死神が刀を抜く瞬間をその瞳に収める事が出来なかった。
死神の髪を揺らすのが精一杯で、後は後方の地面を抉るだけ。
脳開発を受け、3倍の認識を享受できた者でも、この圧縮砲を放たれたから躱す事は出来ない。
それを平然と斬り伏せ、此方を見据えている者がそこには居た。
男は氷柱を脊髄に直接入れられたような悪寒がし、全身を苛む。
1度ならマグレと自分を誤魔化すことも出来ただろう。
2度となると必然でしかない。
そんな動揺をしている間に、男の横手の森から草木を掻き分ける音と気配が生まれいた。
「流石、ビィーナ。
冗談みたいな実力よね。
そう思いませんか、ゴルド先生」
最後はゆっくりとした歩調で、女は現れた。
先程まで、死神と同じ地点にいた筈の女が微かに上がった呼吸だけを携えて、この場所にいた。
「サカキ リン、キサマどうやって」
「あら、名をご存知とは。
私も有名になっていたのですね。
それよりも違反ですよ、先生。
殺し合いが許されているのは同級生同士の話。
教員である貴方には、権利はありせんよ。
少しばかり僭越が過ぎましたね、昇進の為とはいえ」
「僭越だと…。
それはキサマに送られるべき言葉だ。
大人しく撃ち殺されていれば良かったものの。
第2学年如きが、教員に意見するとは度がしがたい行為だ」
「その第2学年如きにしてやられているのは、何処のどちら様でしょうね」
不敵な笑みを浮かべ、黒髪の女は腰に結わいつけた3つの棒と、1本の刃物を取り出す。
次の瞬間、それらは組み合わさり長い得物が女の手に携えられていた。
「教員が生徒に手を出すのはご法度とされていますが、生徒が教員に手を出すなという規則は、確か学園には敷かれていませんでしたよね」
「だが、正当防衛という項目はあったな」
「成程、情報の改竄は御手のものですか。
ならば」
女の瞳から不敵さが失せ、冥さだけが宿ったものへと移る。
(なんだ、こいつの瞳はっ!)
「執行者に続く、教員の実力。
相手にしたくない部類ですが、貴方如きに手間取っている暇はないので…」
第1学年から上がりたて、ひよっ子たる第2学年が纏う貫禄ではない。
男のこれまでの経験が油断を排除していく。
この女はヤバイと警笛が脳内を占めている。
情報管理送還装置を展開させて、いつ何時でも門を展開できるように気構えを整え、銃身を両手に構える。
未だ距離があり、指向遣い手たる男の距離だった。
女を包むように、歪みが生じる。
一気に勝負に出るつもりらしい。
教員であるゴルドには、相手の情報は筒抜けだった。
調べで、女の門が代謝である事は先刻承知。
身体加速を警戒していれば、この門は恐れるに足りない。
だが女、サカキは眉間に皺を寄せ、鈍亀のような動きで歩を進めていた。
大気の枷。
指向を司る門、指向を遣い、空気で流れの断層を生み出す。
それに囚われた者は、流れに逆らいながら動く事しか出来ない為、行動力が著しく減退する。
動きさえ奪ってしまえば、身体加速は唯肉体を蝕む、カウントダウンにしか過ぎない。
そしてこの状態は、圧縮砲の格好の的だった。
「初めて見たわ。
これが大気の枷ですか。
ライセンスAクラスの者しか扱えないという、広範囲に及ぶ流れの制御。
教員というのは、伊達ではないみたいですね」
冥い瞳は絶望を宿していない。
根拠はないが、ゴルドにはそれだけはわかった。
焦燥を駆り立てるこの瞳を掻き消す為に、ゴルドは銃口をサカキの額にセットする。
「おめでとう、先生。
貴方が実験体、第1号ですよ」
サカキの皮膚から、黄色い陽炎のようなものが湧き出す。
そして気流渦巻く領域を、事も無げに歩みだす。
サカキから溢れる黄色い靄が、気流の事象を殺しているかのようだった。
(何だ、この現象はっ!)
焦りが滲み出るが、ゴルドはそれを捌き圧縮砲を完成させる。
先程みたいに遠距離ならば兎も角、これだけ至近距離ならば躱すのは不可能。
仮に生き延びても、2発目の用意もある。
大気の枷と圧縮砲の同時制御は、脳に多大な負担を掛けるものだが、手加減などしていられない。
ゴルドの人差し指が曲がる。
その反応を受け、銃身から吐き出された弾は音速の壁を突き破り、サカキの額へと吸い込まれていく。
瞬間、サカキの体制が変わっていた。
振り下されていた刃物が、音速を超えた筈の弾丸を捕らえていた。
「返しますよ」
薙刀は弾丸の頭部を掠めるように振り下ろされ、反転し、冷淡に告げた口約通りに凶弾が返ってくる。
2射目の準備は整っていた。
ゴルドは咄嗟にそれを撃ち、圧縮砲同士が激突させた。
パァン!!
凄まじいまでの音が響くと、目を開いていられない程の乱気流が辺りに吹き荒れる。
立つ事が儘ならなくなり、飛ばされぬように地面にうつ伏せになる。
(圧縮砲を返しただと!
本当にこれが先月まで第1学年だった者なのか!)
大気の枷は音速を超えた物体がぶつかることで発生した乱気流に巻き込まれる。
ゴルドは異様な速度で動く情報の渦に、門を維持できなくなる。
その中でも情報管理送還装置だけは展開させておき、相手の動向を探る。
4方に張り巡らされた光、電気、振動が伝えてくる情報。
そして、周囲に違和感が生じる。
ある1箇所だけ、情報が全く存在しないのだ。
まるで空間ごと抜かれたかのように。
そして刳り貫かれた情報は人の形を取り、乱気流渦巻く中を平然と此方へと疾走してくる。
「正当ボウエイですよね、これ」
眼を見開き、情報の欠如点を見る。
だが、そこには何もなく暴風があるだけ。
そしてうつ伏せになっているゴルドの首元に、冷たい物体が差し込まれた。
意識が断絶する前に、情報管理送還装置が首に差し込まれたものを伝えてくる。
それは刀だと。




