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蒼刻の彼方に  作者: ドグウサン
1章 胎動する者達
23/166

【覚悟と信念】 潜在する己

午後11時58分。

もう直ぐ1日が終焉し、新たな日に邂逅する間近。

絶たれた気配達は、山道を行軍していた。

後ろから付いて歩くティアは、改めてビィーナに技能の高さに驚かされていた。

草木が密集している場所で、足音はそよ風が木々を揺らしている程度。

そして気配が絶たれている今、彼女の存在は森に埋没してしまっていた。

真似て行軍してみるが、余計な力が入り不自然さ森から滲みでていく。


「かたいよ。

殺すんじゃなくて、生かすのが正しいかな」


前方からアドバイスが飛んでくる。


(殺す、生かす?

硬いのは重々承知しているんだが、意識し過ぎなのか。

殺そうとすれば力みが生じるって事か。

自然が相手だから、それに倣うのが正と言いたいのだろうが…)


蟲の音や野鳥の声。

それらは違和感なく自然に溶け込んでおり、ティアだけが異物のように森から除外された存在として成り立っていた。


(まるで仲間外れだな。

ビィーナは獣で、俺は人間か…)


「悪い、少し待ってくれ」


静止を要求し、ティアはビィーナを観察する。

反応して振り返るビィーナの行動は、風に吹かれ揺れる葉のように滑らかでいて、獣のような柔軟さが窺えた。


(なんて柔らかい動きなんだろう。

内には油断なく緊張を蓄えているのに、この自然さ)


「どうしたの?」


ティアはそっと唇に人差し指を当て、静かにとゼスチャーする。

瞳を閉じ、力を抜いていく。

鼻に付く緑の匂い。

耳の付く擦れる草木の音。

そしてビィーナの息遣い。

今日ずっと起動していた情報管理送還装置(ライブラ)を停止させて、その感覚に浸ってみる。

情報管理送還装置(ライブラ)を起動していないのに、脈々と流れる循環が手に取るように分かる。

そしてその感覚を周りに広げていく。


(…なんだ、これは?)


息遣いがどんどんと増えていく。

ビィーナだけでなく、息遣いに囲まれていることに気が付く。

周囲にはビィーナ以外、誰もいないのにだ。


(鳥?

それにしては多過ぎる。

これは、森なのか。

俺らと同じく、息をしているのか?)


そう意識すると、森に気配が満ちていることにハッとする。


「ど、どうしちゃったの?」

「なんでもない、行こうか」


ティアは、促し進むよう要求する。

ビィーナは釈然としないでいたが、時間もないので仕方なしに足を進めることにする。

自然とは無ではなく有である。

見、聴き、嗅ぎ、味わい、感じる。

それはそこに在る。

そんな中、ティアは自分を殺し自然に入り込もうとした。

自然を隔絶した状態では、どんなに気配を消そうとしても拭えない不自然さが生まれるとも知らず。


(拒否ではなく、同調しろ。

気配は殺すのではなく、生かしてものにしろってことか)


出来る限り力を抜き、柔軟な状態を維持する。

そして呼吸を切り替える。

先程感じた息遣いに、限りなく近い呼吸に。


(ふ~ん、もうツカみかけているんだ。

でも、こんなに簡単にやってのけるなんて…)


ビィーナは自分の経過を思い返し、その驚くべき感応性に驚嘆した。


(あれ、この感じ何だっけ?)


ビィーナの中に湧き上がるもの

薄く実感がない。

だが、確かに滞在しているのに忘れてしまった感情。


(まっ、いいか。

必要なら思い出すよね…)


ビィーナあっけなく思い出すのを止めてしまう。

それは遠い昔、実の兄だけに抱いたことのある感情だったことを忘れて。

暫くすると鼓膜を揺らす、快音が響いてくる。

血塗られた鉾(ミストルティン)に来てから馴染なった火薬の炸裂音。

銃声である。


「こんな夜更けに?」


森林を抜け視界が開けると、射撃場が瞳に飛び込んでくる。


「誰が?」

「こっちだよ」


ビィーナに促され其方に移動すると、射撃手がコッソリ確認出来る箇所だった。


「っ!」


そこにいたのは月明かりに晒され銃を構えている、美しき黒髪の女だった。

殺伐とした作業を繰り返している筈の姿。

何故かそれが幻想的に映る。

凛とした瞳が的を捉え、躊躇なく引鉄を引き絞り弾を吐き出す。

尽きれば素早く弾を補給し、再び撃ち尽くすまで引鉄を引き絞る。

その姿は1本の刀を彷彿とさせた。

限りなく限界まで研ぎ澄まし、その結果折れる事も(いと)わない、一太刀(ひとたち)の為の刀。

それ故に閃光のように、美しき一品。

言葉が出ない。

1点だけを見据えたその姿は、何者をも寄せ付けない抜き身の刀だった。

ティアは眼を奪われていた。


「スゴいキハクでしょ、とても練習とは思えないほどに。

彼女はいつでも真剣に生き抜いてる。

自分の目的をタッセイするために」


全身総毛立つ光景だった。


(人とはこんなにも輝けるものなのか…)


素直に美しいと想った。

ティアにとって人の立ち姿が美しいと思えたのは、2人目だった。


「たまたま散歩してた時、この光景にソウグウしたの。

ちょうど半年前かな…。

女のアタシでさえ見とれちゃったよ。

もちろん表の話しじゃないよ。

わかるでしょう、ニジみ出る内面の輝き。

アタシの知る限り、彼女はこの半年間休むことなくこの作業を続けている。

リンの自信はね、培われたモノ。

彼女は先頭を歩き、危険の中でいる時もあの姿でいるの。

みんなに大丈夫、進めるって…。

リンは飛び込めと命令する前に、自らを渦中へと身を落す。

そこに打算も含まれているけど、それ以上に生き方がそうさせるんだと思うんだ。

何を成したいのかなんて知らないけど、目的の為に手段を選べる立場まで自分を引き上げる。

それが彼女の生き方で、償い方なのもしれない。

キミはどう?

アタシは知ってるよ、早朝に走りこんでること。

でも、それは実になってる?

バクゼンと行うことと、目的意識があることじゃ、レベルが違うよ。

キミの行ってるのは、…自己満足にすぎない」


ティアは絶句した。

成績が伸び悩み、何かの足しになるだろうと考えるのを放棄してひたすらに走った。

それは精神安定剤。

自分はやるべきことをしていると言い聞かせる為の言い訳。

自己満足。

ビィーナが告げた言葉は図星だった。


(…俺は何をしていたんだ)


尚、銃を撃ち続ける凛の凛々しき姿が、焦燥感を駆り立てていく。


(どうして逃げ出したんだ俺はっ!

ディアスを散々に罵倒しておきながら、俺自身が同じように他に責任を押し付けて逃げいる。

それなのに馬鹿みたいに拘って…)


眩し過ぎた。

今も自分を昇格させようと躍起になり、前方を見据えている凛の姿がどうしようもなく羨ましく、そして怖かった。

自分では出せなかった答えを体現している。

余りの恥ずかしさに、頭に血が昇り赤面していた。


(…悔しい。

あれは最も俺が憧憬した姿だ)


記憶の奥底に、焼きついて離れない同じ雰囲気を放っていた女いる。

自分に名を与えてくれた記憶にいる女と同じく、凛の姿は眩しいものだった。


(俺は憧れていたんだ、あんな生き方に。

…だから、求めて止まなかった。

だから、俺は此処に来たんだった、あの女を追って。

それなのに…)


「悪い、頭を整理してくる」


それだけ告げると、ビィーナを置き去りにし射撃場を後にする。

暫くはゆっくりと歩を進めていたが、次第に足早になり、疾走していた。

今日2度目の疾走。

今回もどこをどう走ったのか覚えていない。

気が付けば、小高い丘の上で月を見上げていた。

習慣が染み付いていたのだろう。

早朝ランニングの折り返し地点に、無意識に辿り着いていた。

肩で息をし、気だるい倦怠感に覆われる。

夜風が吹き出る汗を冷やし、それに伴い頭も冷えていく。


(認めるのに、随分と時間掛かっちまったな)


頭の整理は、あの場を飛び出す前についていた。

唯、今は1人になって遣っておきたい事があった。

息を肺いっぱいに吸い込み、そして――。


「ウオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォ――――――――――ッ!」


鬱積を全て吐き出すかのように、山々に響き渡る雄叫び。

思考が真っ白になっていく。

裂帛の気合が木霊し、山彦となる。

喉がイカれる寸前で肺の空気が尽き、息を吸い込み酸欠気味の頭に酸素を供給させる。

躰を地面に投げ出し、翠色に彩られた(・・・・・・・)空を呆然と眺める。


「ハッ、アハアアアア、クッ、ハハハハハハ!」


頭を抱え込み、可笑しくて堪えることの出来なくなった想いを吐き出すように笑う。

自分でも狂ってしまったかと思った。

(たが)が外れ、偽っていたものが噴出したに過ぎない。

これが止む頃には自分が壊れ、残っていないのではないかと思える程に笑い続けた。

ガラガラの声で笑い続け、そして迷いが吹っ切れたのか、突如止む。


(俺は残ってるのか…。

当たり前だな。

こんなことで人が狂い壊れる筈がない。

良かった、偽りだけが俺の全てでなくて、本当良かった)


洗い流され、残った想いに安堵が広がっていく。


(…後悔だけはしないように生きよう。

もう右往左往するのは止めだ。

影響されても、最後の決断は下せる、そんな自分になれ。

皮肉というか、見本にすべき人間が近くにいるしな)


目的の為に、己を武器として扱う者。

過去の傷を痛みとして受け入れている者。


(どうしてうちのチームには可愛げのない、強い女しかいないかね)


下半身を上半身に引きつけ、その勢いで跳ね起きる。


「反省終了だ」


声に出し、覚悟を決める。

出してみて、ギョとするほどに喉が枯れていた。


(…笑われるな、絶対)


嘆息して、プレハブに戻ろうとする。

少し丘を下った箇所に大岩があり、ふと視線がそこで止まる。

気合を入れなおす為に岩の前に佇むと、下半身で地を蹴りつけ足場を確認する。

一度全身の力を抜き、大岩を睥睨する。

軽く大岩の方に踏み出すと、拳を突き出す。


「こんなもんか」


いつの間にか引き戻された拳。

腕の周りに気流が渦巻き、反発し合い消える。

ほぼ同時に行われた、相反する運動に動かされた大気が衝突し、暴風のような音をさせて直ぐに霧散する。

満足そうに結果を確認すると、ティアは帰路につくのだった。

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