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蒼刻の彼方に  作者: ドグウサン
1章 胎動する者達
22/166

【覚悟と信念】 無手の理由

「お帰りなさい、…どうですか、と聞いていいのでしょうか?」


瞼が下りていない。

白目を剥き、口の端から蟹が吐く泡と同等に細かい気泡をつけたシルーセルの無残な姿に、戸惑いながらカイルは質問する。


「絶好調かな。

このとおり、シルーセルくんもヒンシだし!」


(哀れな)


情報管理送還装置(ライブラ)の訓練に勤しんでいたティアもその手を止め、カイルと共に黙祷(もくとう)する。


「さすがにへばっちゃったよ。

もう限界って感じ」


ビィーナはそうぼやきながらシルーセルを放り出し、パイプ椅子に腰掛け項垂れる。

声音からも、相当の疲労が窺えた。

凛も習い、腰をかける。


「どう、そっちは?」

「問題ありません。

賢い生徒ですよ、彼は」

「そう。

まぁ、カイルに任せておくわ」


乾いた口元に水を運び、失われた水分を補給していく。

ビィーナはいっきに煽ると、かぁ、うまい!などとオッサンチックな台詞を吐いてみせる。


「ところでティア、貴方に訊いておきたい事があるのだけど」


凛は一息いれて、ふと思い出したことを訊いてみる。


「…なんだよ」

「何故、腰を引いてるのかしら?」

「別に」


(なんか苦手なんだよな、この女…)


「貴方の成績を見る限り、一般技能は平均値だったわ。

それなのに、どうして銃器、武器を使用しなかったのかしら?

射撃成績もそれなりのものだったわ。

遠距離(ロングレンジ)の対抗手段として、銃ぐらいは携帯しておくべきよね。

それなのに武器一切を拒否したスタンスを取っている。

意味でもあるのかしら?」


それを訊かれ、ティアは胸の傷が疼く気がした。

一面の火の海で、何も守れなかった過去の傷。

何も持つことを状況が許してくれなかった。

だからこそ、何も持たずに何かを成せる者になりたかった。


「別に意味ない」


ティアはぶっきらぼうにそう答えた。

その答えに凛は尖った態度を示す。


「意味がない。

意味が無い癖に、武器を使用しなかったの。

…それは、巫山戯(ふざけ)ているのかしら?」

「どういう意味だよ」


頭の中で火が灯った。

ティアの静かな声音には、怒りがありありと含まれていた。

吊り上った目を、更に吊り上げて凛を睨み付ける。


巫山戯(ふざけ)ていないなら、最悪なぐらいに傲慢ね。

何様なのかしら貴方」


ティアはその罵倒を受け、感情に揺らぎを覚える。

久しく忘れていた憤慨が、身体を満たす。


「何が言いたい」

「立場も弁えない、そしてそれすら理解していない。

そして、その理由すら口に出来ないなんて、本当の愚か者と言っているのよ!

貴方が背負っているものなんて高が知れているわね!」


それはタブーに近かった。

ティアは制御の利かない感性に、身を任せそうになる。

だが、凛とティアの間に白刃が差し込まれ、その激情に水を注す者がいた。

その(たが)はギリギリで押し留めたのは、誰にも気付かれずに間に割って入ったビィーナだった。


「リン、ダメ…。

それはリンに言って欲しくない。

挑発でもない、ソンゲンを踏み潰すだけのセリフ、自分をオトシめるだけだよ」


朗らかな雰囲気が潜め、戦闘モードのビィーナが凛を(いさ)める。

普段なら僅かな感情の揺らぎすら見せない状態のビィーナだが、その声に微かな痛みが含まれていた。

凛とティアはそれを敏感に感じ取ってしまい、押し黙るしか出来なかった。


「…でもね、ティアくん、リンが言ってることは正しいよ。

キミに後ろがない。

進むしか道がない。

なのに手段をえらんでる。

…それはゴウマンと言うしかないよ。

どんなカテイをえて、それにしがみ付こうとしているのか知らないけど、キミはそれにコシツして足踏みしていられる立場でも、権利すらもない。

それが出来ないなら、初めからこんな場所にふみ込んじゃいけなかったんだよ。

それでも貫こうとするなら、キミの背負ってるモノはくだらないプライドにおちる。

それはケイガイだよ」


ビィーナは淡々と諭す。

痛みを含んだ言葉が、ティアに突き刺さる。


(俺はっ!)


形骸(けいがい)

中身の伴っていない亡骸を抱いていると指摘され、葛藤が生まれる。

否、葛藤と言うには結論が出ている事柄だった。

知りながら目を瞑り、稚拙を振舞う事で閉じていた結論。


(これじゃ、ディアスと同じじゃないかぁ!)


凛に反感だけ抱き、結果ビィーナの傷を(えぐ)る言葉を吐かせた。

嫌悪が胸の内をどす黒く噴出し、増幅していく。

ティアは居た堪れなくなり、反射的にプレハブを飛び出していた。


(くそっ、くそっ、くそったれがぁ!)


山道に入り込み、疾走していく。

葉や枝が服や皮膚を切り裂こうが全く意に介さない。

それよりも気付いてしまった己の卑しさに、反吐が込み上げてくる。


(穢しているのは俺じゃないかっ!

重荷にして、思い出を犠牲にしてっ!)


心が悲鳴をあげていた。

心が軋みをあげる。

この間、(むくろ)に成り果てている器に降る痛みは、微塵も覚えなかった。


(俺は、お前を理由に逃げていただけなのかよっ!)


無酸素運動で心臓が破裂しそうになるまで、()け続けた。

そうしなければ、14才という壊れ易い心の痛みを和らげることが出来なかった。

我武者羅に押し出していた足が、木の根に取られた。

こんな初歩的なミスを犯すほどに、周りが見えていなかった。

加速されていた体が舞い、木々に何度かぶつかることで仰向けになって停止した。

まともに呼吸が出来ない。

真っ白に埋め尽くされた脳裡。

激しい心音と呼吸音だけが全てだった。

だが、鍛え抜かれた肉体は直ぐにそれらを整え、ティアに思考力を取り戻させていく。


(…大馬鹿野郎だ。

ガキ過ぎる。

俺もディアスと何にも変わりはしないじゃないかっ!)


「どうしようもないな。

…悪い、ティア。

本当の理由を覆い隠す言い訳にしてたんだな、お前を」


(わだかま)っていた過去の(しがらみ)が解けていく。

無手に拘り、固執した本当の理由を知ってしまった。

何も出来なかった自分を許す為だと。

あの少女を救うことを叶わなかったことに対する、罪悪感と免罪符。

それが何も持たなくても、何かを出来ると証明してみせることだと。


(そんなものが許しになるなんて、本当の馬鹿だっ!

アイツが望んだのはそんなことじゃない。

俺の居場所と母親の平穏だけを望んだ。

その願いを叶えてやるなら、あの場所を離れちゃいけなかったんだっ!

それなのに飛び出し、あまつさえ言い訳をお前に押し付けた。

…俺が一番、アイツの死を蔑ろにしてるじゃないか)


そこで草を踏み、走る音が近づいてくる。

咄嗟に身を起こし、戦闘体勢に移行する。


「ティ、ティアく~ん~……」


ヘロヘロな声が、ティアを呼びながら接近してくる。

主は姿を見せると、木に寄り掛かる。


「…ビィーナ?」


ティアが歩み寄ろうとすると、


「ストップッ!」


とビィーナは静止するように大声を上げた。

その後に木の陰に隠れると、「おえ~」と苦しそうな嗚咽が響く。

…3分後、ゲッソリしたビィーナがフラフラとティアの前に姿を現し、木に凭れ掛かる。


「…心配して追いかけてきて、ソンしたかも。

誰も追いつけないよ、あの速度は。

…はりあうんじゃなかった」


ビィーナはズルズルと体躯を支えられずに、木の根に座り込む。


「悪い」


ティアは素直に謝罪し、傍に寄り横に腰掛ける。


「…なんか知んないけど、少し吹っ切れた感じするね」


ビィーナは「ふひぃ~」とうつ伏せに寝転がり、土の冷たい感触で火照った体を冷やす。


「コダワりは良いと思うんだ。

…時と場所を選べばね。

でも、時も場所も適してないのが現状。

理屈(・・)は知っているつもりなんだけど…。

コダワリってヤッカイだね」

「お前にもあるのか?」


ティアは、自分の事から話を逸らすために、話しを振ってみる。

ビィーナは冷ましていた体を地面から引き剥がし、土のついた顔を神妙にすると、ポツリと呟く。


「…あった、のかな?」

「…そうか」


過去形で、疑問系な台詞。

だから、敢えて触れることなく相槌だけ打っておく。


「でね、吹っ切るために今夜つきあってよ。

良いもの見せてあげるよ~。

きっとティアくんなら、アタシと同じものを覚えると思うんだ。

カンメイとイタダチってやつ」


(感銘と苛立ち?

矛盾に近いこれらを一緒に覚えるってなんだ?)


「悪いけど、ケイビしといて。

体力の限界だよ。

どうせプレハブには戻りにくいでしょう。

ここで夜をまとう…。

じゃあ、おやすみ…」


木の根に腰を据え、大地に体温を奪われない体制を確保するとビィーナは寝息を立て始める。

無防備な寝顔の奥には、微塵の隙すら窺わせない戦士の気配が伝わってくる。


(…戦場育ちの少女か。

無邪気さと冷酷さ。

どちらがこいつの本性なんだ…)


ティアは、ビィーナの奥底に眠る闇を垣間見た気がした。

そして自分の抱える闇に向き直る。


「拘りか」


独語し、その正体の本質を思い出していく


(拘りと言うよりは意地、言い訳だな。

アイツを助けられなかった状況で、打破したかった。

だから何も持てないんだ。

何度も捨てられ、その先にあったものがあの地獄だ。

ハーミー、椿、ディアス。

あいつ等とは違う、自分だけはと思っていたんだよな。

結局守れなくて、その辛さから眼を逸らし、綱渡りの日々に身を投じて…。

それすらも未練で、ティアを建前にして血塗られた鉾(ミストルティン)に足を踏み入れた。

俺は転化することで、自分を守ろうとしたんだ。

俺は無知なんだ。

ハーミーが消えた訳も、椿が置き去りにした理由も、ディアスの本当の心情も、何も知らない。

それなのに、俺は周りに当り散らすことでしか鬱憤を晴らすことしか出来なかった。

結局、俺に芯が立っていなかったからだ。

くそっ、いい気味だ!

今頃過ちに気がついて、未練でこの場所にいるなんて!

ざまぁないな…)


拳を握り締め、今持っている力を噛み締める。


(責任、自分が起こした行為に対する責務だけは果たせ。

その為の切欠になれば)


ティアは、隣で寝息を立てている少女を眺める。

葛藤を払拭させるには、それなりの覚悟が必要だった。

それを与えると豪語し、爆睡している女。


(何を見せてくれるやら、楽しみなような怖いような)


ティアは考えを整理し、思案を停止する。

無駄に時間を費やすのも癪なので、カイルに出された課題を再開する。

足掻くことで、少しでも理想的な答えを導き出す為に…。

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