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蒼刻の彼方に  作者: ドグウサン
1章 胎動する者達
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【覚悟と信念】 班結成の裏

清潔感漂い、無菌状態に限りなく近い部屋。

消毒用アルコールの匂いが立ち込める一室に、淫らな宴が行われようとしていた。

その宴を意に介さず、この場所に堂々と足を踏み入れる者達がいた。

そしてその宴を卑下することなく、平然とした相貌で眺める。


「リンちゃんのイケズ…」


営みを行える状況で無くなったキアヌは、渋々と覆いかぶさっていたテリトを解放し、顕になっていた部位を隠していく。


「すみませんね。想った以上に速く終わってしまいました。

文句なら、不甲斐なく瞬間で()された、この2人を罵って下さい」


突如治療室雪崩れ込んできた者達に、憩いの一時を邪魔されてキアヌは頬を膨らませていた。

ベッドの端では、膝を抱えて震えている老人が居た。

全身にキスマークが散乱しており、鍛え抜かれた上半身を顕にしていた。

上着は床に裂かれており、朽ちていた。

貞操が危うい等と、正直テリトの発言は大げさだと思っていたが、それは真実だったようだ。

その無残な姿は、怯えた子供のようにブルブルと振るえている。

そんなテリトを全く意にせず、凛とビィーナは担いできた敗者の(からだ)をベッドに放り出す。


「さて、保険医としての業務を行って下さい」

「…こんな仕打ちをしておいて、言う事はそれか…」


膝を抱えた老人が、涙声で訴えてくる。


「白々しい言葉なら幾らでも送りますが、欲しいですか?」

「…もう良い」


渋々腰をあげ、テリトはベッドに転がっている者達に寄る。


「シルーセルは内出血は酷いが、大したダメージは残っとらんな。

ティアの方は、筋肉の弛緩が見られる。

振動(ペルガモ)で身体の自由を奪ったか。

…これなら、どちらも放って置いても明日には回復するじゃろうな」


サッと診察を行い、ティアとシルーセルの額に手をやる。


「フンッ」


気合の入った掛け声を出すと、2人の重そうな瞼が開いていく。


「キアヌ、シルーセルの腹部の治療をしてやれ」

「はい、リー様」


それを聞いたビィーナは、不思議そうに首を傾げる。


「どうしておじいちゃんが治リョウしないの?」


これまでのテリトの行動を見る限り、めんどくさがり、他人の手に物事を委ねる性格とは考えにくい。

だが実際に自らの手で治療を行わず、キアヌに治療を任せた。


「適材適所じゃよ。

わしの(ゲート)振動(ペルガモ)じゃからな」

振動(ペルガモ)

代謝(スルミナ)じゃなくて」


テリトの代わりに、凛が首肯して答える。


「別に保険医だからといって、代謝(スルミナ)でなければならない理由はないでしょう。

確かに、治療系の方向性としては代謝(スルミナ)が正しいのだけど、代謝のみではどうにもならない事態の方が多いわ。

リー先生が黄金の癒し手と呼ばれるは、その辺の対処に秀でているからに他ならないわ。

実際リー先生が居なければ、血塗られた鉾(ミストルティン)の卒業率は、限りなく0に近づくでしょうね」

「へ~、スゴいんだ!」


凛の説明に、皆の視線がテリトに集中する。


「今度は褒め殺しか?

何を企んでいる事やら…」

「どうでしょうね。

でも、これでも過小的にだと思いますけど。

ねえ、キアヌ先生」


テリトの事で話を振られたので、シルーセルの治療もそっちのけでキアヌはその話に加わる。


「そうですよ!

名医中の名医!

私も学生時代、2度も命を救って頂いたのよ!」


ああ、それでか、と全員がキアヌのテリトへの好意の根源を知った。


「その腕は神の如し!

私は、リー様の元に弟子入りする為に、必死に学生時代を生き延び、腕を磨いたのですもの!」


そう告げながら、余所(よそ)見をしたまま(ゲート)を開口する。

そしてシルーセルの腹部にある大きな黒い痣が見る見るうちに収縮していき、最後には内出血の痕は痕跡すらなくなっていた。


「本当に大した腕ですね。

…私では足元にも及ばない」


凛は、素直にキアヌの腕前に賛辞を送る。


情報管理送還装置(ライブラ)の使い方、(ゲート)の性質を見極める度量。

リンちゃんが見せてくれた技能を持ってすれば、この程度可能でしょう?

足元にも及ばないのは、その心根だったりしてね~」


キアヌは見透かした物言いをしつつ、凛を挑発する。


義侠心(ぎきょうしん)なのかな、その行動の意図は?」

「…義侠(ぎきょう)なんて、私には程遠い言葉ですよ。

悪辣(あくらつ)が程よいですよ」

「まぁ、どっちにしろ、その調子で進んでも、ここまでは至れないかな。

もし誰かを信じられるなら、その悪癖は直して任せてみなさい。

折れない内にね~」


と、キアヌはカイルの方に視線を送る。

それを受け取ったカイルは素知らぬ顔をしておく。


(そんな事は承知していますよ。

…可能な限り善処はします)


カイルはキアヌの好意を、苦虫を噛んだ気持ちで受け取っておく。


「てっ、リー様は!」


キアヌが治療室を見回し、絶望的な悲鳴をあげる。

忽然とリーの姿が部屋から消え失せていたのだ。

出入り口が開け放たれた状況から、逃げ出したのは一目瞭然だった。


「リー様ぁ!」


いそいそと乱れていた衣服を整えると、キアヌは全速力で部屋を後にした。


「…おじいちゃん、キアヌ先生出て行っちゃったよ」


ビィーナだけが非難がましい瞳で、ベッドの方を空々しく見ていた。

ベッドの下から気配が生じ、上半身裸の老人が這い出てくる。


「これ以上関わっておったら、干乾びてしまうわい。

死活問題じゃ」

「あんなに愛されているのに、何が不満なんだか…」

「腕は買うが、愛は要らん。

わしの(ゲート)代謝(スルミナ)なら、助手等要らぬというのに…」

「ふ~ん。

そういった感情って、アタシには良くわからないな。

でも、女としてはキアヌ先生を応援してあげたくなるんだけど」

「するな!

気配に敏感なお主を敵に回すと、逃げ回る時間が増えるばかりじゃ!」


テリトはゲンナリし、シルーセルが横たわっているベッドに腰掛ける。


隠形(おんぎょう)が得意なら、その逆もまた然りか…。

察知能力も飛びぬけておるようじゃな」


ビィーナ以外に、テリトが気配を殺して部屋に潜んでいる事を察知出来た者はいなかった。

恐ろしいモノを感じ、4人は悪寒が背筋を駆けた。


「さて、邪魔者はいなくなったな。

そろそろ焦りの元を、吐露して貰おうかのう。

わしは不干渉に徹させて欲しいのじゃが、脅されそうじゃしな。

名ばかりの顧問じゃが、忠告しておくぞ。

このようなペースで物事を進めれば、体躯が千切れかねん。

忠告したところで、今後も歩む速度は変えぬのじゃろう?」


確信に満ちた口調。

テリトの意見に、凛は小首を傾げてみせる。


「それが答えよ、テリト リー。

他の教員は己のクラスを確りと鼓舞し、規則ギリギリのの工作を模する。

それが上に昇り詰めるための手段であり、教員達の評価に繋がる。

でも、貴方は顧問とは名ばかりで不干渉で有名な、不良教員。

そう、ここにいる連中は廃棄すべき者達として収集された、いわばゴミの集積所チームなのよ」

「「なっ!

どういう意味だ!」」


ベッドに転がっていたティアとシルーセルはその身を起こし、その爆弾発言に声をユニゾンしながら上げていた。


「…成程。

この(チーム)は、ビィーナに処分させる為に作られた箱という訳じゃな」

「そこまでは確定事項で、後は可能性の模索でしょうね」

「あぁ!

こっちにも分るように説明しろ!」


癇癪(かんしゃく)を爆発させ、シルーセルが裏で進む話に腰を折る。


「簡単な事よ。

ここに集められた人間は、ビィーナ以外必要とされていない、振るいから落とされた者達ってことよ」

「どっ!」

「声を荒立てるのは、説明の後でもいいでしょう」


凛は威厳に満ちた雰囲気を漂わせ、部屋に沈黙を齎す。


「結論に至ったのは事項は以下の3つから。

1つは(チーム)構成によるポイント。

第2学年(ランデベヴェ)には個人ポイントと他に、(チーム)に与えられるポイントがあるのは知っているわね。

勿論これが無くなればチームは即解散。

損害賠償を個人ポイントから差し引いて、違う(チーム)へと振り分けられる。

さて、その問題となる(チーム)生命線(ポイント)だけど、この(チーム)に割り振られているものは幾つか知ってるかしら?」

「「「…」」」


ティア、シルーセル、ビィーナはこれの答え知らず、口を開くことは無かった。


「4(チーム)中、最低の98ポイント。

1つ任務を失敗するだけで、空中分解するポイント量よ。

(チーム)生命線(ポイント)は、厳密な審査により決められたものなの。

言い換えれば、血塗られた鉾(ミストルティン)に対する従順度って言い方も出来るかしら。

因みに、個人ポイントから差し引かれる損害賠償は100。

このポイントがチームに振られた地点で、ティア、シルーセルはこの血塗られた鉾(ミストルティン)には必要無い人材と判断が下された。

と、考えてもおかしくないでしょう?」

「ざ、ざけるな!」


感情のまま掴み掛かろうとするシルーセル。

凛とシルーセルの間に躰を挟み、これを止めたのは、意外にもティアだった。


「話は終わってない。

そうだろう?」

「冷静ね」

俺達の話しか(・・・・・・)されてないからな。

お前はビィーナ以外必要とされていないと言った。

なら、お前達にも何かが課せられている考えるべきだ。

それを聞かせて貰っていない」

(チーム)を追われた者の結末は大概にして死よ。

理由は簡単。

例外なく、(チーム)が分解した理由は殺し合い。

それが成された生き残り。

つまり裏切り者のレッテルを貼って、他の(チーム)に組み込まれるわ。

そんな者が、孤立した箱の中身で糧にされない理由は無いわ。

(チーム)存続こそ、生き延びる道なのよ。

ビィーナなら、その点は心配する必要もないでしょう。

3ヶ月前、烏合の衆は狼に喧嘩を売って惨殺されているわ。

それがビィーナの1323という個人ポイントの元ね。

精々ビィーナのご機嫌をとりながら、隅で震えている事しか出来ないわ」

「この(チーム)を維持するしか、互いに生き延びる道は無いということか。

…なんか変じゃないか?」


上手く言葉にならない違和感がティアを包む。


「そうでしょうね。

項目を挙げてあげるわ。

2つ目、世捨て人テリト リーに下に配属になってこと。

3つ目、ビィーナが此処に居ること」

「っ廃棄、そういう事か!

俺らは文字通り、解体される為にいるのか!」

「面白い表現するわね。

まぁ、そんなところね。

3ヶ月前の事件が、このチーム構成のあり方。

不必要な人選を一挙に葬り、それでいて最高の手駒の測る手段。

それがこのチームの役割」

「ひど~い、アタシそんなことしないよ!」


ビィーナが「ブジョクだ!」と、喚いている。


「端から見れば、意味を持たない殺戮者にしか見えないのよ、貴女の行動は。

あの事件の真相は正当防衛。

この学園なら、それは殺す意。

問題はその数。

一手に10人以上もの相手を、掠り傷一つ負わずに殺害して除けた手際は、畏怖しか齎さなかった」

「…それが焦りの元か」

「この(チーム)はビィーナの為にある。

ならば、それにあったミッションが投下されるわ。

Aランクの特別なものがね。

期間は後2ヶ月。

それまでに各々を極限までに引き上げなければ、待っているのは死だけ」

「Aランクだと!

俺らは未だ第2学年(ランデベヴェ)だぞ!

そんなムチャな!」


ミッション。

2ヶ月に一度行われる検査指令。

普段血塗られた鉾(ミストルティン)が運営している業務の何点かを学園の方に回し、生徒にその任務をさせ、実力を測る試験。

内容はランク分けされており、簡単なものからE~Aと難易度が上がっていく。

Eランクならば、郵送や護衛といったお手軽なものが(あて)がわれる。

Aランクでは、表沙汰にはできない極秘指令が言い渡される。

ランクの上下はそのまま危険度の高さを意味していた。


「ビィーナの実力を見極めるのが、この(チーム)の在り(よう)

ならば、必然的に高度な任務を宛がわれる。

内容はビィーナの特色が確かめられる要人暗殺の類ね」

「要人って」

「国のトップや裏企業のボス等。

それならまだ可愛い方ね。

最悪なのは、国潰しの先兵ね」


(…今、一瞬表情が曇った?)


ティアは毅然とした態度を崩さない女に、亀裂を見た気がした。


「これが私達の現状。

失敗すら許されない、八方塞の王手手前の状態。

打破するしか、道はないのよ。

其れも又、血塗られた鉾(ミストルティン)の狙い。

過去に1度だけ、それを成したチームがいたわ。

全員執行者(フォチャード)に入隊。

逆境から生まれた最強の駒ね。

不必要な人材なら、血塗られた鉾(ミストルティン)も躊躇する必要はないでしょうから…。

良いかしら、死ぬ事も壊れる事も許さないわ。

共に地獄を見て貰うわよ」


物騒で物々しい言いようだが、逆にそれが意味するものが全員に伝わる。


「どこまで昇り詰めればいい」


ティアが締め括りとして、道を聞く。


「ビィーナまでとは言わないわ。

この2ヶ月で社員(パチスターニャ)レベルまで能力を高めて貰うわ。

やる気はあるかしら?」

「他に選択肢に先がないんだろ」


とティア。


「ちっ、最良がそらなら仕方ねぇな。

オレはこんなところでくたばる気はサラサラねぇしな」


シルーセルが意気込んで。


「お供します」


カイルは用意していた返事をする。


「仲間ハズレはヤダよ」


と緊迫感の欠片もないビィーナ。


「だそうです。

リー先生、付き合って貰いますよ」

「不干渉がワシのモットーなんじゃが」

「却下」

「……」

「稀に真面目に働いてみたらどうです。

それに私達は、ある意味で血塗られた鉾(ミストルティン)に喧嘩を仕掛けているのですよ。

行く末が気になりませんか?」

「ワシはこれでも教員じゃぞ」

「不良ですけど」

「…口は挟まぬぞ」

「結構です。

これで有意義な毎日が送れそうね」


そうして、凛はゾッとするような微笑を浮かべてみせる。


(ああ、本当に有意義な日々になりそうだ…)


その笑みはそれぞれに心中に暗雲を立ち込めさせる。

にこやかに微笑んでいたのはビィーナ1人だけだった。

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