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蒼刻の彼方に  作者: ドグウサン
1章 胎動する者達
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【覚悟と信念】 ビィーナ VS ティア、シルーセル

【覚悟と信念】


「そんな批難的な視線を贈られなくても、4戦目は臨みませんよ」


1日に身体加速(モメンタムブースト)を2度発動させた体は鉛のように重く、凛は横臥した状態から動かすのも億劫だった。

心中では、このまま泥のように眠りたい気分だった。


「当然じゃな。

医師として、もはや責任は持てぬわ」

「…でも、困ったものね。

今日中に、全員分のデータを試算したいのだけど」


凛は目を閉じ、疲労した肉体を蘇生させる為、大きな呼吸で酸素を取り込む。


(これ以上は肉体が潰れるわ。

続行は無理か…)


全身の細胞に応答を求めた結果、危険信号が還ってくる。

張り詰めた筋肉系、神経系、どれもが疲労のピークにあった。


(残りはビィーナのみ…。

ランニングで、その能力の高さは確認済み。

…目処は立ったとすべきかしら)


「何をそんなに焦っておるのじゃ」


急性に事を進めようとする凛に対し、テリトは疑問をぶつけてくる。

上半身を起しベンチに腰を据え座ると、凛はワザとらしく大きな溜息をついてみせる。


「私が焦る原因の1つは、リー先生、貴方の所為です。

このチームの発足理由を知っている者ならば、危機的状況だという事は理解できるでしょう。

そして貴方が顧問になった事を、私は運命だと告げましたよ。

それがヒントですよ。

さて、ビィーナとは後日に回すしかないかしら…」

「ねぇねぇ~、別に実力を知りたいだけなら、観戦でもいいんじゃないの?」


(…観戦ね、成程)


ビィーナは、未だ戦闘可能なティアとシルーセルを指差していた。


「それが妥協点かしら。

本来は、私が直接に確かめたいところだけど。

ということで宜しく頼むわ」


と、凛から開催の確定を言い渡されていた。


「ちょっと待て!

オレたちの意見は」

「権限があると思っていたの?」


容赦のない一言が、ティアとシルーセルに突き刺さる。

醜態を遺憾なく見せてきた2人は、沈黙で了承するしかなかった。


「リンちゃん、ちょっといい」


ベンチで横たわっているカイル。

その診察をしていたキアヌからお呼びが掛かる。


「どうかしましたか?」

「彼、鎖骨が砕けているのだけど。

これ、治療しちゃっていいの?」

「構いません。

代謝(スルミナ)の治療用に、栄養を普段から摂取させていますから遠慮はなさらずに」


それを聞いたティアとシルーセルは、ギョッと凛の方を向く。


「ま、まさかその為に、今朝あんな劇薬を飲ませたのか?」

「ランニングで無様を晒した人間が、この催しで無事でいられるとでも私が思っていたのかしら?

あの有様を見た後なら、怪我するのを前提に物事を進めておくのは当然でしょう?」


肯定である発言をされ、2人は固まる。


「相手はビィーナ、骨折程度で済めば御の字ね」


2人は今から治療を受けるカイルに、ギギギと音のしそうな固さで顔を向ける。

そこにはキアヌが空間を歪め、(ゲート)を開こうとしていた。

カイルの右肩に標準を定めると、固定し発露させる。

皮膚の下が青く染まり、腫れていた肩があっという間に正常な状態へと戻っていく。

換わりに、カイルの顔が目に見えてこけていく。

代謝能力を肥大させ、瞬間的に骨をくっ付けてしまう荒業。

治療の代償として、それを執り行うに必要な栄養を変換してしまう。

何ヶ月もかけて行う代謝を一瞬で終えてしまう為、膨大なエネルギーが身体から失われてしまうのだ。


(あ、あれが未来図か…)


固まる2人。

それを余所に、凛はその光景を眺めていた。


(あれがライセンスAの代謝増幅(リカバリー)

微塵の乱れもなく、他人の身体に(ゲート)を定める事が出来る情報処理能力。

…私もまだまだという事ね)


凛は自分の未熟さを痛感しながら、掌を覗き込む。


(なんて小さな手かしら…。

そう実感してしまうのは、自信がない証拠だわ。

もっと、もっと…)


その弱気を握り潰すように、凛はキツク拳を握りこむのだった。




カイルを無理やりに叩き起こし、放送室を占拠した凛達。

より詳細に観戦する為に、フィールド映像がモニター出力される放送室へと雪崩れ込んでいた。

凛は直ぐ様マイクを手にし、ボリュームを調整する。


「ちょっとリンちゃん!

それは私の!」


キアヌの癇癪を起した子供のように、マイクを奪い返そうと飛んでくる。


「企業の物を私物化しないで下さい、キアヌ先生。

それよりも、こんな狭い部屋に4人もいると狭く感じるわね」


フィールドに3人の戦士。

そして観戦者は、全員この放送室に集まっていた。


「なら下へ行きなさいよ!

私とリー様の愛の巣に侵入しないで!」


(…なんと恐ろしい事を)


テリトは悪寒を奔らせ、2人っきりの危険性に改めて認識するのだった。

それを耳にした途端、凛の顔が微妙に緩む。

それに気が付いたカイルは、僅かに身震いをし、後に起こるだろう悲劇に黙祷した。

それが悪魔の微笑みであると知っているが故に。


「キアヌ先生。

確か一階の治療室に、ベッドがありましたよね。

そちらの方が、愛の巣にピッタリじゃありませんか?」


テリトの顔面が蒼白になっていく。


「リンちゃん!

性根が腐ってるだけの人かと思っていたけど、アナタみたいな親切な人、私知らないわ!」

「どんな目で私を見ていたんですか…」


と、抗議をしつつ、テリトが逃げられないように、唯一の出口を塞ぐように立ち位置を移動する。

そしてそれに賛同するように、カイルはテリトの脇を固める。


「き、きさまら!」

「この方が効率が良さそうなので、加担させて貰います。

生贄として捧げられて下さい」


無情な声音。

正確には余りな仕打ちから目を逸らすことで、無感情を装うカイル。


「さあ、リー様!

好意は素直に受け取りましょう、さあ!」

「悪意じゃろうが!」


テリトは、にじり寄るキアヌに追い詰められていく。

出口を掌握した凛は、邪魔者を排除できると晴れやかな表情を浮かべていた。


(こ、この悪女めが!)


テリトは隅に追い詰められ、女性とは思えない膂力で腕を捕まられる。

その勢いで担がれ、キアヌは血走った目で出口を確認した。

それを見た凛は、祝福の意を込めて出口を開放した。


「ごゆっくり」

「幸せになるわ!」


カイルは見てしまった。

キアヌの肩に担がれた、哀れな子羊の瞳を。


(生気を吸い取られて、息絶えないで下さい…)


想わず視線を逸らしてしまう。


「これで、邪魔者の排除は終わったわね」

「……」


加担したとはいえ、珍しく罪悪感がカイルの胸を擡げる。

凛はモニターをチャックし、カメラの微妙な角度を機材で調整していく。


(…明らかにテクノロジーのレベルが違う。

生徒がアクセス可能な箇所は、世界で使用されているような、ローカルテクノロジーばかり。

強ち間違いではないかもしれないわね、あの推理も。

この世界の矛盾と、このオーバーテクノロジーを有している血塗られた鉾(ミストルティン)の成り立ちは似ている…)


凛は、胸元で煌びやかに光るペンダントに触れる。

一本の槍に絡みつく蛇を模したペンダント。

それが血塗られた鉾(ミストルティン)に所属している者の証。

そして、(ゲート)を遣う際に必要不可欠な情報収集ツールでもあった。


(神の創世記か…。

答えは近くにあるかもしれない。

そして、あの女が探している真実の経路。

…馬鹿みたい。

どうして轍を追っているのかしら、私は)


調整を終えるとフィールドで準備をしている3人に、マイクを通して呼びかける。


「シルーセル、フィードバックによるダメージは抜けたかしら?」

「あぁ、さっきの戦いの間にほとんど治まった」


集音マイクがシルーセルの声を拾い、凛に届ける。


「そっちの2人は?」

「オッケーだよ~」

「こっちもだ」


簡潔な答えが、ビィーナとティアから返ってくる。


「勝敗は目に見えてはいるけど、ビィーナの実力の片鱗くらい拝ませ欲しいものね」


自分の計算が正しければ、瞬間で決着は着く。

それ程までに、ビィーナ トイアムトという女の実力は跳びぬけていると、凛は評価している。


(相手は、入学前に血塗られた鉾(ミストルティン)の先鋭を破っている(つわもの)

まかり通れる実力者)


「公平を喫する為、ビィーナのプロファイルを教えておくわ。

(ゲート)振動(ペルガモ)

属性は音。

得意武器は刀。

…又、古風なものを」

「え~、刀は大和の芸術品だよ!

薄く、何層にも構成された刀身。

斬れ味だけなら、東洋系の武器で並ぶものはないよ。

でも難点なのは繊細だから、打ち合いには向いてないことかな。

そんなことしたら、内部の層が歪んで持ち味を殺しちゃうの」

「説明、ご苦労様」


ビィーナは模擬刀を腰から抜き、武器をアピールする。

血塗られた鉾(ミストルティン)で使用されている模擬刀は、頑強なアダマンタイトが扱われている。

硬度12を誇っており、ダイヤモンドを越える硬度を有している。

刃を潰している模擬刀とはいえ、その硬さだけでも十分な凶器となる。


「怯えなくても、手加減できると思うから~」


朗らかな笑顔で、模擬刀を掲げてみせるビィーナ。


「ティア、このアマをぶん殴るぞ」

「…善処はする」


強面になりながら、シルーセルが静かに告げる。

ティアはその声音に押され、最良だと思われる返事を返しておく。


「では、開始して」


凛の合図で、シルーセルは自分のスタイル通りに銃口をビィーナに向けた、筈だった。


(居ないっ!

一時すら目を逸らしてないのに!)


忽然と視界から消えてしまったビィーナに、シルーセルは焦り辺りを見回す。

だが、何処にもビィーナの姿はなく、焦燥感だけが募っていく。


(これが存在しない敵(エネミーゼロ)

予想以上だわ。

本当に視認すらさせてくれないなんて…)


凛も、ビィーナの姿を見失っていた。

放送室全モニターを確認しても、その影すら捉えることが出来ないでいた。


(速いのかしら?

それにしてはビィーナが居た場所に、高速で移動した形跡が見当たらないわ。

人間の目には、確かに死角が存在する。

でも、これは何!?

明らかに、その類のものではない…ならば、この現象は人の認識外に身を置く事なのかしら?)


自分の推理が既知の外側へと向かうのを覚え、凛は戦慄する。

傍観する身でも、この恐怖を感じているのだ。

シルーセルの恐怖は、並ではないだろう。


「ど、どこにいるんだ!」


声を荒立て、シルーセルがフィールドで取り乱していた。


(シルーセルにも見えていないのね)


「カイル、視認は?」

否定(ネガティブ)です。

光がある中で、影すら捕えられていません」


(…ここまでとは)


噂に、嘘偽り無し。

過去の一度、血塗られた鉾(ミストルティン)を破り、勝利を齎した姿なき死神の実力を垣間見た瞬間だった。


「勝負にならないわね。

気配、姿、影、何も認識させてくれないのでは、戦いは成立しないわ。

相手が悪かったと言うしかないわね、正直」


凛は知らず自分の肩を抱き、少しでも震えを押さえ込もうとしていた。


(まさか、命を削って生きている私が恐れを抱くなんて)


とっくに亡くしてしまっていたと想っていた感性が、凛を震撼させていた。


(面白いわ。

これは人の(ワザ)

私はそれを知っている。

ならば、打ち破る術は必ずある!)


恐怖すら餌とし、糧とする獣。

次第に震え質が恐怖から、勇へと変貌していくのだった。




「何をしているんだ、シルーセル!」


ティアは慌てふためき、眼前の敵を認識していないシルーセルに警告を飛ばしていた。


(どうして何もしない!)


訳が分からなかった。

敵を正面にして、何の行動も起さないシルーセルに。

無防備にゆっくりとシルーセルに迫るビィーナの行動にも。


「目の前だ!

シルーセル!」

「えっ!」


ティアの警告に反応する前に、ビィーナの模擬刀がシルーセルの鳩尾に収まっていく。

鳩尾の攻撃にを日に2度喰らったシルーセルは悶絶し、地面をのた打ち回る。

それから数秒後、沈黙を持って、意識が痛みに耐えかね停止したことを告げる。

シルーセルを沈黙せしめた人物は無機質な瞳を擡げると、感情の欠片も窺えない声音を発する。


「…見えているんだ、アタシのこと」


機械の駆動音に似た、無骨な響き。

とても感情豊かに話しかけてきていたビィーナと同一人物とは想えない。

瞳は虚ろで、世界を捉えているようには見えない。


奇怪(おか)しな事を言うなよ」

「…声も捉えるんだ」

「…不気味な事を言っているな。

まるで、俺が幽霊とでも会話しているかのような言い草だな」

「……」


肯定するかのように、ビィーナは沈黙する。

妙な沈黙に耐えかね、ティアはビィーナに駆け出す。


(幽霊だと!

じゃあ何か、シルーセルにはビィーナが見えなかったとでも?

馬鹿馬鹿しい。

それこそ幻視してたんじゃないのか?

…それとも、幻視しているのは俺か?)


擡げる考えを払拭し、ティアはビィーナに迫る。


(間合いは敵の方が上。

なら、牽制して懐に飛び込む!)


ティアはセオリー通りに、最も有効な手段で攻撃に移る。

だが、ビィーナが腰溜めに構え、閃光のような一撃を見舞ってくる。


(速いっ!)


居合いの構えから放たれた一撃は、左手を鍔代わりにし抜き放たれた。

咄嗟に突進を停止し、地面を抉りながら後方へと反動で跳び去る。

胸を掠めながら、模擬刀が過ぎる。


(なっ、この激痛は!)


掠めただけの胸の傷から、予想以上の激痛が迸る。

まるで神経を直接撫でられたかのような痛烈さ。

居合いを躱し、その直後に懐に飛び込む算段だったが、その激痛で次の反応が遅れてしまう。

ビィーナは模擬刀を直ぐに翻し、2打目が来る。

この流れる反応から、先程の居合いは手加減されたものだと悟る。

本気ならこんなに速く体制を建て直し、2撃目へと転じられる訳がない。

痛みが足を奪い、逃げ道を塞ぐ。


(間に合わないっ!)


模擬刀が振り下ろされる筋に左腕を置き、篭手を構える。

そこへスッと模擬刀が下りてくる。

そして優しく篭手に触れると、篭手越しに衝撃が駆け巡る。


「グハァ!」


(そ、そうか…、これが振動(ペルガモ)…)


全身に電撃が流されたように、行動が封じられてしまう。

筋肉が強張り、脳からの指令に反応しない。


「おしまい」


無機質な声が告げる、終了の合図。

動けなくなった者の首筋に手刀が落ち、ティアの意識は暗闇に誘われていく。

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