【門】 凛 VS カイル
「気分はどうですか?」
「ヘルソーマを1リットル飲み干した気分、とでも言えばいいのかしら。
最低を通りこして、最悪だわ」
律儀に答え、凛は殆ど回復した身体を動かしてみる。
(流石は、リー先生。
もしかしたら、さっきより調子がいいかもしれないわ)
適度に動かし解れた分、細胞が活性化し、精神的に高揚感が満ちていた。
エンジンが暖まった車と似た状態と言えよう。
「遂に男最後の砦!
負けに負けが込んでいる男陣に華は咲くか!」
観客席の負け犬どもは、キアヌの解説に涙していた。
因みにシルーセルは昨日と同じく、強制的にビィーナに叩き起こされていた。
「カイル選手の門は指向。
シルーセル選手と違い、属性は水。
得意武器は短刀、長刀、両刃剣、槍、銃、……止め、きりがない!」
「ほぉ、武器全般か得意とな」
「見たいですね。
あっ、暗器も記載されてる!
本当に何でもありですね。
幅はありそうですが…」
「じゃな。
武器は多岐に使えるよりも、命を預けられる確かな1点を持つ方がどんな状況に陥っても貫けるものじゃ」
解説はカイルの批判で固まっている中、凛は苦笑を浮かべながら補足を述べる。
「カイルを甘く見ない方がいいですよ。
項目欄、得意武器と書いてあるでしょ。
それが答えです。
獲物を選ばない、幅の広さが武器になっている。
平均的な能力が幅を持たせるなら、武器でも同じこと。
後は、どんな状況下に置いても、選択を誤らない判断と決断力があれば、幅は多ければ多い程いいものです。
それにカイルが最も得意にしているのは、血塗られた鉾特有の武器ですよ」
凛の補足説明で、キアヌが項目欄から異様なものを発見する。
「あー!
第1学年の時点で、ライセンスBの認定を受けてる!
リー様、凄いですよ、これ!」
「確かに第1学年で認定を受けた者は、数える程しか居らぬ。
その上にBとは」
「社員クラスの門制御能力を、第1学年の時期に完成させてるなんて!」
(なんなんじゃ、こいつらは!)
ライセンス。
血塗られた鉾では、門の制御基準としてライセンスの取得を義務付けている。
ライセンスには3段階あり、Cは第3学年への進級課題。
Bは卒業課題。
そしてAは特殊任務に付く、教員や破壊工作員、執行者等の役職に付く為の資格となっている。
第1学年の時期は、肉体を造り変えたり、裏切りの洗礼を受けたりと、まともなに門を行使可能な者が少ない。
それにも拘らず第3学年を飛び越し、卒業できる領域まで門を扱えるようになっている者が、そこにはいた。
「面白いことになってまいりましたね!
卒業した者同士が戦うことってありませんから、ライセンスBの遣い手が戦闘って、見るのは始めてですよ!」
「お前は去年卒業したばかりだからな」
(卒業した者同士が戦う。
それは執行者に狩られる、裏切りの瞬間。
執行者の惨殺の幕劇でしかない)
テリトは、この場にいる者1人1人を悲しみに満ちた瞳で辿っていく。
そして、フィールドでテーションを高めている女で止める。
(お主が歩むは、茨の道ぞ。
閉ざされた扉は開かない方が賢明なものを…。
だが、血が、誇り高き血が、その歩みを止めさせはせぬだろう。
蒼九よ、わしにはどうすれば…)
悲痛に歪む眉間。
凛の姿が、テリトに過去の亡霊と邂逅させ、想いを迷走させていく。
(破棄すべきか、人の業よ。
だが、それがわしを揺り動かす誠。
まだ、見極めが足りぬ。
…見定めさせて貰おう、お主の覚悟の程を)
「それでは第3回戦、始め!」
キアヌの声が、高らかに会場に響き渡った。
※
開始の合図で動いたのは凛だった。
(遠距離では、勝ち目は皆無に等しい。
手練で緻密。
作戦としては能力の幅を狭め、門を中心に戦略を組ますように仕向けること。
…そこまで時間を稼がせてくれるかしら)
凛がこれまでにカイルと本気で手合わせしたのは5度。
全て勝利を収めているものの、凛には辛勝以外の記憶は無かった。
そして最後に手合わせしてから1ヶ月。
接触する前のカイルなら兎も角、本気で生き抜き、切磋琢磨している人間の成長率は比較にならない。
身体能力、技術、門、どれも1ヶ月という単位で研磨され、鋭利な刃に磨き上げられた事だろう。
(怖いわね。
これまでの男どもは所詮ルールに守られ、殺す覚悟を構築していなかった。
でも、カイルは相手が私だからこそ本気で殺りにくる。
そういう意味では律儀で私を理解した人間もいないわね。
こんなところで死ぬなら先は無いと、私に再認識させてくれる。
本当に良い男ね、貴方って)
今まで見せた事のない獰猛な笑いが、凛の口元を引き上げる。
芯が凍りつくようなギリギリの緊張感が全身を侵食し、鮮烈な赤が占める記憶へと直結させる。
焔が包み込み、朱が満たし、禍根しか拝めぬ自分だけの世界。
(そう、あの滅びの記憶こそが私の世界!)
カイルの悲しみを宿した瞳の色が、凛の記憶の源泉を蘇らせる。
その瞳は自分のものと似ていた。
それこそがカイルをパートナーに選んだ本当の理由。
その瞳を見る度に燃え上がる、炙り出される世界。
カイルはくべるべき薪だった。
一時でも沈静化しようとする事を許さぬよう、憎悪と使命を浮き彫りにし、強固な志を肉に刻む。
それが狂いそうな日々を耐え抜く力になる。
(弱い人間なのよね、私は。
無様にしか生きられない。
それを貫く為に利用する事を選んだ…。
友人を利用する事しか思いつかななかった、下劣な人間。
だから、私は私を貫くしかない!)
自嘲し、己が弱さを再認識する。
(真実をカイルに語れば、責任の転嫁だと、静謐さを持って責めるのでしょうね。
優し過ぎるから、貴方は)
止まれない志を抱いて女は疾風と化し、全霊を賭け挑む。
凛は先程のシルーセル戦と同じく、間合いを詰めに掛かる。
それを視認しながら、カイルは腰に結わい付けてある水筒を手にした。
フタを開けると裏返しにし、引力に引かれた中身が姿を現す。
それはなんの変哲もない水。
だが重力に引かれた液体は、カイルの膝元辺りの虚空で止まり、回転を始める。
(戯れし水の精よ。
その清浄なる魂を牙に変え、牙城を薙ぎ払え)
頭内で歌を奏で、それを擬似媒体として演算を組み立てていく。
水はそれに応えるように、カイルの周りを戯れるように動く。
そして水の精は、その姿を獰猛な牙に変え、凛へと襲い掛かっていく。
滑らかで、鋭利さを秘めた水の帯は、凛の手前で網状に広がった。
網状の水はそれぞれが横向きの回転の指向が施されており、物凄い水流を帯びている。
並の膂力で触れれば弾き返してしまう、渦潮の鎖が凛を覆う動きをみせた。
(転鎖。
出し惜しみは無しってことね)
範囲と威力を兼ね備えた攻撃が、凛を捉えようとした。
(…背後へ回避、間に合わない。
…迎撃、力が足りない。
…横、範囲内。
…上、隙が生じる。
…下、可能。
でも、追撃をかけないと逃げ切れない。
そうすると第2陣に遅れが生じる…)
水の網目から、カイルが此方に銃口を向けているのを視認した。
(ダメージ総量を考慮するなら、転鎖を避け銃弾を受けた方がマシね。
でも、第二陣を躱すのは難しい。
なら、当てさせなければいい)
棍が地面を抉り、眼前に迫り来る水の鎖にぶつける。
土は鎖が帯びている回転に弾かれてしまい、その接近を止めるに至らない。
だが、土に幕はカイルの視界から見事に凛の姿を覆い隠していた。
(ジャマーという訳ですか、やりますね。
ですが、その程度で私の転鎖から逃れられませんよ)
転鎖の広がりは地面まで伸び、土を削り取りながら凛への包囲網領域を確保しながら、前進していく。
その手順を踏んだ瞬間、カイルは凛の思惑を悟った。
(読み違えた!
掘った穴に隠れていると思わせ、転鎖を解かないで門の制御に終始させるのが目的だったか!)
凛がいると想われる場所を通過しても、転鎖から何も反応が返って来ない。
故に、カイルは自分が判断ミスしたのだと、焦りが生まれる。
(身体加速で、こちらの計算を超えたか。
なら、時間を稼がなければ)
突然水の鎖は指向を失い、只の水に戻り霧散した。
カイルは、腰に数個結わい付けてある水筒の1つに手をかける。
だが、そこで自分が犯したミスが、2重のものだと悟る。
(…やられましたか。
凛は、まだあの煙幕の中にいる)
土煙が収まり、そこに影が立っていた。
右手に棍を持ち、空いている左手で衣服に付いた汚れを叩きながら、凛は挑発的に余裕を体言していた。
凛の立ち位置から前後に穴があり、それが自分のミスが間違いで無い事をカイルに物語っていた。
(棍で穴を空け、その中に潜る。
それが転鎖を避ける方法。
だが、前方に掘ったのは視界を防ぐためで、実際潜ったのはその後に後方に空けた穴だったのか)
凛がいる穴の地点を過ぎても物体を破壊した情報が入って来なかった為、凛が既にその場から退避したものと考察した。
そう計算することように、凛が仕向けたのだ。
結果、凛は最小限の労力で、危険を冒さずに攻撃を避けることに成功した。
身体加速を使えば確実に避けることは可能だろうが、一度発動してしまえば肉体疲労がピークに達し、後が続かない。
その場合、直ぐに決着を付けなければならなくなり、焦りが冷静さを欠き、そこを付け入れられる恐れがある。
だから相手の思考をリンクさせ、結果を導き、目の前に迫る水の鎖の恐怖と気配を押さえ込み、現実のものとした。
相手の計算高さを逆手にとる。
今朝方、ビィーナが凛達を嵌めたように。
(度胸は天下一品じゃな。
じゃが、これは一幕を終えたに過ぎん。
ライセンスBの実力者をどう跳ね除けるか…)
感嘆と興味がテリトの胸を満たす。
その期待に反応するかのように、凛が前進を再開する。
(転鎖程の高等技能すら、カイルは反動を起こさないか…。
十分に不確定情報を含んであげたのに、ジャマーとして役に立たなかったか。
演算処理能力が桁外れね)
凛は正直舌打ちしたくなる。
予想の範疇とはいえ、カイルの実力は前回の対戦とは別人とだった。
(全く、とんでもなく成長してくれたものね。
それでこそ、斃し甲斐があるわね)
戦慄と歓喜が、凛の表情に微笑を浮かばせる。
そこで自分の変化に、凛は微笑から苦笑へと変化させる・
(闘いを嗜好するなんて…。
どうやら知らない内に、血塗られた鉾の空気に当てられていたみたいね、私も。
まぁ、楽しんだ方が得よね、今の状況は…)
あえて、自分の中に息づいている獣を肯定し、それを解放していく。
狡猾で、獲物を確実に追いつけていく、野性の獣の如く。
そんな雰囲気と裏腹に、凛の思考は更に冷静さを増していく。
凛が纏う雰囲気の変化に気が付いたカイルは、背中に冷たい汗が滲み出てきていた。
ティア戦やシルーセル戦とは違い、凛は本気である証を顕にしたのだ。
カイルも、そんな凛を見るのは初めてだった。
(5度目の対戦にて、やっと本気させる事が出来ましたか…。
つまり、本当の対戦者として認められたということですね)
追いつこうと足掻いた分だけ、凛は前進してしまう。
故に、カイルの中でいつまでも相棒には成りきっていない事実が突き刺さっていた。
だから、凛に追いつくことこそが、カイルにとって本当の相棒に成れる証としとなる気がしていた。
(今日こそ、貴女を越える、凛!)
凛とは正反対に、カイルの雰囲気は冷めていく。
無機質で状況に流されない、鋼の如く。
カイルの手にした銃口が火を噴く。
それはシルーセル程ではないにせよ、正確な射撃を誇り、凛の残像を打ち抜く。
先読みをしたのではなく、凛に居た箇所を確実に撃つ。
銃の射線を確認されていれば、避けられるのは百も承知。
だから、少しでも時間を稼ぐ小道具として、銃弾を全て吐き出す。
銃を片手で操りながら牽制を行い、再び水筒から武器を取り出し、歪みがカイルを包み、今度は自分の周りを螺旋状に囲う。
その工程が完成すると同時に、尽きた銃弾。
だが、十分に時は稼いだ。
後50メートルの地点で凛は立ち止まり、相手の出方を待つ。
(門の品目は、シルーセルみたいにネタ切れすることはないから怖いわね)
凛が自分の間合いに入る為には、カイルの得意とする間合いである中距離を突破していかねばならない。
(遠距離での攻防も大分様になってきていたし、全距離に対応可能になっているわね。
さて、今回はどんな武器を用意してくれているのかしら…)
凛の心情が占める恐怖が、増大していく。
それを払拭するのではなく、勇気と狂気の名の下に呑み込んで、踏み出す力へと変換していく。
凛は、無造作にカイルの得意分野である間合いに足を踏み入れていく。
(踏破してあげるわ、丸ごと…)
凛は湧き上がる自信を身を纏い、いつも通り不敵な笑みを称えながら行軍を始める。
根拠のない自信に思える反面、凛ならばという考えが、カイルの頭に付いて離れない。
カイルは呑み込まれそうになる自分を叱咤し、攻撃を仕掛ける。
水の螺旋はカイルから離れ、凛へと飛翔する。
水の帯は凛を囲むように広がり、千切れて、幾つもの球体となり、空中で停止した。
水の球体は1つ1つが高速回転しており、触れたものを粉々にしてしまう威力を持ち合わせたまま、重力に逆らって浮いていた。
転球。
機動性を重視した、小型の野戦砲と同じ名を持つ指向の水属性が誇る、基本技の1つ。
基本とはいえ、20を超える転球を操れる者は、現第2学年では、カイルぐらいなものだろう。
それが凛を完全に包囲していた。
凛は動じることなく、右手に持った棍で肩などを叩いて見せていた。
(…それが虚勢でないか、確かめてさせて貰います)
そして転球が、一斉に凛に襲い掛かる。
(情報管理送還装置起動、演算開始。…想定完了)
凛は凶暴な水の弾の1つに、軽く棍を抛る。
棍は水弾の帯びている回転に、簡単に弾かれてしまう。
(私の膂力では、弾かれるのがオチ。
でも、それ自体が帯びた推進力ではどうかしら)
弾かれた棍は、水弾の回転に当てられて、凛に向かって旋回しながら戻ってくる。
そんな凶器と化して戻ってきた棍を、凛は掬い取るようにして別方向へ流れを促した。
その先には凛に迫る転球の1つが存在し、それに当たると又弾かれ、棍は凛に戻ってくる。
これも掬い取り、流れた先には矢張り転球が存在した。
生き物のように凛の周りを飛来する棍。
端や支点に凛の掌が充て、方向が修正されて次々に転球へと棍は攻撃を加えていく。
そして棍の舞が終わりを告げ、地面に刺さる。
転球が帯びていた威力は、転球持つ威力により駆逐され、水は形を失い霧散した。
「流石、アダマンタイトの模造棍。
鉄をも貫く転球の猛攻を受けて、原型を留めているわね」
暴風に中心に居た凛は、怪我らしい怪我一つ負わないで、転球に弾かれ続けた強固な棍の感想を漏らしながら、それを回収する。
その光景をこの場にいた全員が見、愕然とした。
凛の膂力では破壊不能の凶弾。
だからこそ囲まれた時点で、凛には門を発動させるしかないと、皆が思惟していた。
だが、それは凛という人間のパロメーターを過小評価していたに過ぎなかった。
自分達の小さな見解で物事を測ろうとした事自体が、そもそもの間違えだったのだと思い知らされた。
(…常識に囚われるな、相手は先駆者だ。
生半可な可能性で、凛を測るな)
カイルは乱れを押さえ込み、気持ちを切り替える。
そして腰に結わいつけてある水筒が全部砕け、水がカイルを覆う。
「これ以上の門制御は、正直私にも難しい。
だから、これで最後にしますよ」
「あら、奇遇ね。
防は終わりにして、攻と出て詰みたい処だったの。
後、一手しか猶予は無いと思いなさい」
カイルを覆う歪みから、指向性のエネルギーを受けとった水が、激しく回転し出す。
「ならば、全力でお相手しましょう」
これまでの凛との対戦では、全力を尽くすような愚行は犯さなかった。
血塗られた鉾という場所で精根尽きるということは、死を意味するからだ。
今回に限り、それを犯しても可能な状況にある。
その為の伏線は、凛がチーム内に張っておいた。
(少し情報を漏らし過ぎなのが玉に瑕ですが、それは必要経費ということで目を瞑りましょう。
さて、経費分は落とさせて貰います、白銀なる刃、圧縮水刃)
カイルは利き手を振り上げ、人差し指と中指を天に掲げる。
凛は、全身を苛む悪寒に襲われる。
カイルの構えを見せた途端に戦慄が迸り、警笛が脳内で打ち鳴らされた。
(何っ!
予感、駄目っ!)
只ならぬ雰囲気に、凛は直感的に全身を包み込む歪みを生じさせる。
異空間から流れ込んでくる促進系の素粒子が、躰を意識領域を超えた状態まで引き上げていく。
そして凛は前進するベクトルを横に転換して、全力で直線状から退避する。
カイルが腕を振り下ろし、指が地面を指した。
シッ!
音にするならそんな響きだった。
先程まで凛が居た地点を通り過ぎる何かが、大気を裂いた音。
そして今度は音もなく、鋭利な亀裂が地面に描かれていた。
(圧縮水刃っ!
こんな隠し玉を用意してるなんて!)
指向性を誇る門を遣い、超圧縮された水の刃。
その圧縮により吐き出された刃の速度は高速となり、そして強靭な刃と化して相手を切り裂く。
咄嗟に身体加速を発動させ、行動に移っていなければ、今重力に引かれて落ちていく棍の先端のように、綺麗な断面図を晒して絶命していただろう。
(なんて斬れ味、そして速度!
これがライセンスBの実力って訳ね)
鉄をも貫く水弾の猛攻にあっても壊れず、その原型を留めた棍を易々と切断した水の刃。
カイルの視界から凛の姿が霞む。
高速で移動している凛を、カイルは僅かながら脳で捉えていた。
だが、この速度に対応できる身体能力を備えていないカイルは、策を興じる。
それは身体加速の最大の泣き所、肉体限界による時間制限。
それと1度止めてしまうと暫くはまともに動けなくなる疲労度。
つまり、身体加速は瞬間的に2度使うことは不能に近い。
2度目の発露は、肉体崩壊と直結している。
凛がテリトに提示した時間、それがリミット。
(20秒、この時間耐え切れば凛は行動不能に陥る)
瞬間でカイルの周りに幕が展開する。
(四足の壁とは、考えたわね。
でも、そんな消極的な思策では私は止められないわ)
四足の壁。
名の通り、四足の守り。
下方から吹き上がる四点の指向力が360℃を網羅し、転球に匹敵する推進力を備え、凛の膂力では貫けない鉄壁の守りを有した。
たとえ、身体加速で飛躍的に能力が上昇した肉体を用いても、この強固な幕は打ち破れないだろう。
守りに転じたカイルに対し凛は微笑し、先端が切れた棍を引きずるようにしてカイルとの距離を詰める。
残り4メートルで急停止すると、腕が盛り上がり棍で地面を削りだす。
膨大な土が舞い上がり、カイルへと降り注ぐ。
(質量攻め?
そんな安易なものでこの四足の壁は破れないのは承知の筈。
なら、これは視界を封じる為…)
カイルは冷静に分析した。
降り注ぐ土の山を四足の壁が吹き上げていく。
(本命は足元か)
四足の壁の弱点、それは足元。重力に引かれて立っている以上、どうしても足元に指向性のエネルギーを展開させることが出来ない。
大半の土が跳ね除けられた瞬間、カイルの足元に違和感が生まれる。
何かが競りあがってくる軽い地響き。
それがカイルの考えを肯定した。
(貰いました)
カイルは素早く上空に跳び退き、足下に壁を拵え、圧殺すべく盛り上がろうとしている箇所に水の壁を叩きつける。
だが、地面を割って現われたのは斬られ尖った先端をした棍だけだった。
衣服の靡く音。
それはカイルの上空から聞こえてきた。
視線を上に向けると、凛が腰に吊るしていた棒を繋ぎ合わせて、新たな棍として振り下ろそうとしている光景が映し出された。
シュパーァッ!
下に叩きつけた分、薄くなった水の幕を突き破り、凛の棍がカイルの肩にめり込む。
「ガッハーッ!」
咄嗟に前方に体を逃がしたが、十分に戦闘力を殺ぐ一撃がカイルに決まる。
それでも動く左手で、袖に仕込んだ暗器を凛へ突き出した。
だが、苦し紛れの攻撃は軽くいなし、凛は棍を回転させカイルの顎を打ち抜いた。
意識をシャットダウンさせるには、十分な威力だった。
着地と同時に崩れ落ちるカイルを、凛は抱き留める。
凛は満足そうな笑みを浮かべ、気を失ったカイルの耳元で呟く。
「ありがとう、応えてくれて」
一切に手加減をせず、期待に応えてくれたカイルに礼を述べる。
本人の前では気恥ずかしくて云い辛い謝辞を、凛は誰も聞こえない小声でそっと送るのだった。