【門】 凛 VS シルーセル
「さて、マヌケな怪我人の為に、10分間のインターバルを挟みました」
マヌケと称された主は、身も凍るような氷枕をしながら、観客席でこの実況に涙していた。
「お待たせの2回戦、連戦をも苦にしないでマウンドに下りますわ、リン選手!
対するは、シルーセル トルセ!
門は指向!
得意武器は銃器となっております。
まさに水を得た魚、指向に銃。
己の門と長所が合致しております!
リー様、どういう展開が予想されますか?」
「単純に考えるなら、遠距離攻撃を得意とするシルーセルの方が有利じゃろうな。
指向が門なら、接近を容易にはさせてくれまい。
何より、瞬発的な加速を可能とする指向は、接近戦闘も不得意ではあるまいて。
対する代謝は、己の肉体が武器となる、完全接近戦専用型じゃ。
接近戦に持ち込めば勝利は堅いじゃろうが、如何せん持続力の無い門じゃからな。
故に接近する事は難しいじゃろう」
「同じ門の遣い手としましては、リンちゃんを応援したいところです。
リー様、オッズは何対何になりますか?」
「7、3で凛じゃな」
「おや~、先程の説明と反対ですが?」
「まぁ、見てれば分かるわい。
戦いは、何も武器だけで行うものではないからのう」
スピーカーからする説明に戦場暦の長いビィーナが頷いて、愛刀を軽く握り返すのだった。
※
「始める前に言っておくわ。
私を殺す気で掛かって来なさい。
ゴム弾でも、門を遣えば頭を砕くなんて朝飯前よね」
「本気か?」
その提案に、シルーセルは狼狽しながら問う。
相変わらず不敵な態度を崩さず、凛は1度棒を旋回させ、体の調子を確かめながら答える。
「生憎と冗談はあまり好きではないの。
特に閉める部分はね。
それとも門を遣わずに、私に勝てる気でいるのかしら?」
「…昨日のようにはいかないぞ」
「あの程度なら、勝負するまでもないわ」
緊張の糸にハサミがかかり、一瞬即発の雰囲気が高まる。
高揚しながら、波紋の1つも無い水面のように、自分を保つ凛。
己の力を見極めるべく、解放しようと高めるシルーセル。
「始め!」
キアヌの開始の合図が、2人を戦闘行動へと移行させる。
凛は、己の武器の有効範囲内に踏み込む為、ダッシュをかける。
シルーセルは早撃ちでもしているように、瞬間で銃口を凛にセットし銃声を轟かせた。
正確無比の狙い。
行動に移った凛の先行を読み、その上で急所をポイントした弾丸が空を切り裂いて凛に迫る。
(…驚かされてばかりね。
こんな高等技能を持った者が、下位で甘んじているのか不思議だわ)
凛は微かに身体を左右に振り、初撃の3発を躱してみせる。
(さすがにただの射撃では掠りもしないか。
勝負は200メートルの距離と、この銃に込められた、残り15発の銃弾。
無駄弾は吐けねえ!)
弾切れ=接近を許し、相手の土俵に引きずり込まれる。
それはシルーセルの勝利への道が閉ざされる事に他ならない。
何よりも、15発もの弾丸を銃口から吐かせている間に、間合いはゼロになる。
普通に射撃で放たれる銃弾を予測して躱す。
そして間合いを詰める行為は、至難ではなく、血塗られた鉾では当たり前の行為だった。
(予測の不能な位置まで、間合いが詰められるのを待つか…、いや、後手だと追い込まれる!)
シルーセルは横手に走り、間合いを少しでも確保しながら準備は開始する。
(起動)
キィーン!
胸元のペンダントから高周波音が聞こえてくる。
(ポイント固定)
凛の前方二メートルの地点に、不可視な違和感が生じる。
そこへ目掛けてシルーセルは発砲した。
弾丸は真っ直ぐに違和感のある場所に飛び込み、その領域が秘めた効力を発揮する。
(アンタにこれがかわせるか、蝙蝠!)
凛に向かい直線的に動いていた銃弾は、いきなり意志でも持ったかのように、縦の動きから横の動きに方向を転換し、凛の眼前を横切る。
そして横切った先にも違和感が生まれ、そこに入った弾丸が又、獲物を狙う獣のように、凛へ向かい方向転換し襲い掛かってくる。
その弾丸の姿は、名の通り蝙蝠を彷彿とさせた。
これが指向の名を持つ、門の力の片鱗。
身を翻し襲う弾丸に続くように、シルーセルの攻撃は苛烈を極めていく。
蝙蝠の軌道を計算し、逃げ遂せない位置に弾丸の雨を降らせる。
火薬の破裂音が瞬間的に4度響く。
全てが同時に聞こえる程、合間を置かずに計4発の凶弾が銃口から放たれ、凛の移動先へ迫る。
(大した腕ね。
蝙蝠を囮に、正確な射撃で相手を撃つ。
だけど、余りに綺麗過ぎるわ。
私には物足りないわよ、シルーセル)
凛はその場で足を止め、蝙蝠を含め5つの凶弾を迎え撃つ。
手にした棍が流れ、それに伴い身体も流れていく。
舞を踊るかのように。
横手から迫る蝙蝠を、身を沈ませて躱し、それに続く弾丸も薄皮一枚で躱して見せる。
大気の抵抗、重力に引き、火薬で発露された弾丸の威力。
それらを緻密に計算し、全ての軌道を一ミリも狂わずに読み取る。
凛の顔の横、左肩の真上、右脇、太ももの間。
弾丸が耳元でラプソディーを奏でるのを聴きながら、不敵に全てを凌いで見せたのだった。
(正確故に、穴があるものよ)
逆を言えば、シルーセルの射撃が正確無比が故に、凛は確信を持って弾丸の機動を読み取ったのだった。
躱した後、身を翻してきた蝙蝠を、ハエでも叩き落すように棍の先で叩き落す。
(そ、そんなバカな!
僅かしかない隙間を縫って避けただと!)
確信に満ちた笑みが、その行為を偶然ではない実力の上だと物語っていた。
(なんてヤツだ!
…殺す気でかからないと、コイツの歩みを止められないって訳か)
状況が送り込んでくる事実に、怖気が奔る。
そんな怖気とは裏腹に、シルーセルはこの不敵な女を全力で叩き潰してみたくなっていた。
(死んでも怨むなよ!)
残り10発。
甘い考えは捨てたシルーセルは、相手の実力を受け止め、敬意を称して気持ちを切り替える。
そして再び直進を始めた強敵に、己が全てをぶつける。
シルーセルは動きを止め、肩膝を着き、銃を両手で構え、狙撃の体制をとる。
(真っ向からでは避けられる可能性がある。
布石は張っておく)
間髪置かずに、銃口の先端から硝煙が上がる。
放たれた3段の銃弾列は、正面から凛に迫る。
凛の前方に、又もや不可視な違和感、歪みが生まれる。
(私の速力を計算して、妨害不能な位置に門を形成している。
情報処理能力も侮れないわね)
歪みから指向が変化し、線上の銃弾が扇状に広がり、凛を覆うように襲い掛かる。
頭、胸、足を打ち抜こうとする弾丸。
上から部位目掛けて、順番通りに凛の急所へと襲い繰る。
棍を縦に構え、真ん中を押して空中に手放す。
棍は頭部を狙った弾丸に命中し、その弾に篭った指向に押され回転した。
その回転は、心臓、太股を貫こうとした弾丸へに激突し、回転の指向を相殺。
最終的に旋回して凛の手に収まる。
(何と言う女じゃ!
僅か1年で情報管理送還装置と、己の武器をここまで昇華させ、使いこなす者が居ろうとは!)
ほんの数日前まで第1学年だった者の力量ではない。
テリトは、凛のその事象を読みきった行動に目を見張った。
(此処まで到達させるのは、並大抵の修練ではなかろう。
その苦痛、人が耐えるレベルではあるまい。
それを支えているものは、怨念か執念か…)
気高く、誇り高き血。
それを執念という業火で焼き、身を鍛え上げたのだろうと、テリトは予想する。
(だが、足りぬよ。
人の境地では、あの男までの道は開けても、その1点のみに鍛えた身でも斬れはせぬ。
…何故、絶えなかったのだ、皇よ。
お主は無駄な足掻きをしているに過ぎない。
嘗てのわしのように…)
動かされぬよう、盲目とした筈だった。
だが、凛の姿はテリトには眩しく、追い求めて已まない光の欠片だった。
だから、テリトはこの戦いから眼が逸らせないでいた。
(あんな防ぎ方、ありかよ!
並じゃねぇ!)
シルーセルは、再び引鉄に掛かった人差し指力を入れようした瞬間、稲妻を受けたような頭痛が迸った。
(ちっ!
あのアマ、ちゃっかりとオマケ付きで対処してきやがったっ!)
シルーセルが誇る3.0の視力が、歪みがあった地点から幾つかの小石が落ちてくるのを捉えた。
(あんな曲芸をかましつつ、こっちにダメージを与えるのも忘れていないってか!
この女、マジで強えぇ!)
本来行う処理と違う処理を無理やり行わされた為、その分の付加がフィードバックとして脳の意識要領を乱し、肉体的苦痛を与えてくる。
シルーセルは呻き、手放したくなる意識、苦痛を意志でねじ伏せ、強敵へと視線を戻す。
(ダメだっ!
小手先の技じゃ動きすら封じられねぇ!
この脳のダメージ、門が使えるのも、後1度が限度かっ!)
先程の攻撃が齎したものは、自分へのダメージだけ。
そして敵は悠然と、こちらを目指して疾走してくる。
距離は20メートルを切っていた。
(迷っている暇はねぇ!
これが最後の勝負だっ!)
シルーセルは頭痛に気が捕られないよう、歯を食いしばり痛みを意識の外に追いやる。
そして滑らかで、神速の早撃ちが奔る。
どれも凛自体を狙ったものではなく、その両脇に向かって飛んでいく。
(4発の弾丸をわざと外した…。
これは囲い、なら本命はこの後)
弾丸の速度、凛の移動速度を予測し、放たれた銃弾の囲い。
それは凛に、シルーセルへと続く道を正面のみに限定させる為の布石。
4発の弾丸が織り成す包囲網。
そしてシルーセルがとった構え、狙撃の体制が意味する力を発動させる。
歪みがシルーセルの銃を包み込み、門が開く。
(両圧縮)
銃口から内に吹き込む指向力が働く。
そして外へと吹き出ようとする指向力も。
それは弾が装填されている場所で吹き溜まり、弾丸を与圧していく。
(圧縮砲!)
次の瞬間、内に流れる指向力が失われた。
弾丸の後ろを鉄が叩き、火薬が促進力を生み出す。
内に流れる指向力という蓋がなくなり、促進力を持った銃弾は外に噴出そうとする力と共に一気に加速されていく。
その反動は半端でなく、体が後ろに飛ばされそうになるのを押さえ込む。
とてもではないが、立ったまま撃てる代物ではない。
それは拳銃という小さな銃口から放たれた、大砲だった。
その人の目が追いつけない速度で放たれた弾は瞬間で凛に迫り、宙を貫いた。
(居ないだとっ!)
視界から完全に消え去った凛の姿。
与圧され放たれた弾は、あまりの速力に空気摩擦を起こし、溶解しながら闘技場の外へ門の力を漏らさないように張られたバリアに激突する。
バシュウッ!
刹那、鼓膜を細かく震わせる、高域の音がフィールド全域を覆う。
弾丸が空気の壁を突き破った証拠として。
(代謝ッ!
身体加速か!)
凛の門を考慮に入れていなかった訳ではない。
シルーセルはそれをも計算に入れ、その上で圧縮砲を避けきれる物で無いと判断した。
仮に躱せたとしても、その速度が生む衝撃波が相手を巻き込み、多大なダメージを与えられると考察していた。
だが、忽然と消えた凛の姿。
それが身体加速、運動加速を身に纏った者が成しえた脅威が、音速を超えた弾丸すら躱してみせたのだ。
(空気が流れてる、来る!)
ほんの僅か、押し出されてくる大気が凛の接近を知らせる。
残像のように眼前に現われた凛。
それに反応を示し、シルーセルは最後に残った弾丸を撃ち込もうとする。
「もう、手遅れよ」
だが、凛の無常な言葉と共に、棍の先端がシルーセルの腹にめり込み、なす術なく崩れ落ちる。
「良かったわね、間に合って」
凛はシルーセルが落とした銃を拾い上げると、引鉄に棍の先端を引っ掛け、勢いよく空に放り投げる。
反動で引鉄が入り、宙に飛ばされた銃は暴発し、部品を撒き散らしながら用途を成さなくなっていた。
腹を押さえ蹲っているシルーセルが苦しそうに凛を見上げる。
「圧縮砲。
確かに強力な技だけど、それに砲身は耐えられない。
情報の乱れの少ない銃身を使うのは理想だけど、1発撃つだけで砲身は歪み、銃は使い物にならなくなる。
そんな銃で応戦しようなんて、勉強が足りないわね」
朦朧とする意識。
まともに聞くことのできない情況だったシルーセルは講釈を垂れる女を置き去りにして、1人深い闇の中に沈んでいくのだった。