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蒼刻の彼方に  作者: ドグウサン
1章 胎動する者達
14/166

【門】 無意識なる強固

鈍痛を発する後頭部と首、そしてその痛みを陵駕する激痛が目覚めのきっかけとなった。


「目が覚めたようじゃな」


明滅する意識の元、声のする方角を見ようと首を曲げた瞬間、思わぬ激痛に体が硬直してしまう。


「あがっ……」


口から意図していない声が漏れる。


「どれ、少し力を抜いておれ」


首に何かを添えられ、その位置を中心にこれまでの人生で味わった事のない、意識を吹き飛ばしそうな激痛が迸る。

これまでが擦り傷程度の痛みとするなら、これは神経に針を突っ込まれ、弄繰り回されているぐらいの痛みと証するべきか…。


「うぎああああああぁぁぁぁぁ!!!」


絶叫の後、痛みから全身が硬直した。

瞬間的ながらその恐ろしい体感は、全身から汗を吹き出させ、乾いていた衣服がぐっしょりになるまで濡れていた。


「どうじゃ」

「どうじゃ、じゃないわ!」


首を回転させ、その恐ろしい痛みを与えた当人に直訴する。


「…あれ?」


そこで首から発していた痛み、及び違和感無く動く首に疑問を抱いた。


「その様子なら矯正されたようじゃな」


嘘のようだった。

首からする痛みは、微量でしか残っていなかった。

首を傾げたり、回したり、軽く叩いても、寝起きの痛みは起こる事はなかった。


「流石、黄金の癒し手ね。

必要以上の苦痛さえ無くして貰えれば、言うこと無しなんですけどね」


観客席のベンチで上半身を起こし、その横手で治療をしているテリトの上から、凛に皮肉を口にしていた。


「利用されるのは好かん。

それでも来る者ならば拒まんよ。

故に、お前さんらみたいな変わり者は始めてじゃわい」

「瞬間的な痛みと引き換えに、効率良く回復と治療を望めるなら通うのは当然です。

それがこんな場所なら尚の事でしょう」

「理屈的にはな。

じゃが、それを置いても余りある激痛をくれてやっているつもりなのじゃが…」


(そんな激痛いらんわ!)


未だ涙目で、心中で毒付く。

確かに怪我をしたりする度にこんな激痛を貰っていたら、保健室に出入りするものは皆無だろう。

この学園に入学してから怪我らしきものを負ったことがなかった為に、この荒療治を受けることはなかった。

年中、保健室が閑古鳥が鳴いているのも頷けるというものだった。




「ところでティアとかいったな」


テリトはティアとの距離を詰め、無造作にその腕を取る。


「な、なんだよ」


そこでティアは、テリトの恐るべき実力に気がついた。


(さっきもだ!

どうして無警戒にも身体を触られているんだ!)


殺気や悪意が感じられないからといって、こんなにも簡単に身体を触られた事実は驚愕した。

ティアは常に警戒網を張り巡らせ、突発的な物事に対処する心構えを備えていた。

そうしなければ、この学園では簡単に寝首を掻かれて、他人の糧となる。

だからこそ、治療とはいえ、無造作に他人に身体を触らせる訳にはいかないし、触らせるつもりはなかった。

だが、テリトは警戒の感情を抱かせずに接触を行った。

ビィーナみたいに気配を完全に殺し、その存在が欠片すら窺えないなら兎も角、正面から堂々と触れられたのだ。

何事にも死角がある。

その警戒の隙間を軽々と縫い、それを実践して見せたのだ。

だから違和感がない。

触られて当たり前だと思わされているのだから、何の警戒も抱かない。

これが戦闘中でも可能なら、それは戦慄すべき技能だと言えた。

再び噴出す汗で塗れているティアを余所に、テリトの触診は続く。


「なるほど、これなら頷けるな」

「だから、なんなんだよ」

「お主、身体能力だけなら、執行者(フォチャード)にも引けを取らんレベルに仕上がろうとしておる」

執行者(フォチャード)だって!」


その単語に驚きを隠せない。

それに一番驚いているのは勿論、当の本人だった。


執行者(フォチャード)クラスだって!

そんなバカな)


自分の低迷中の実力を知っている分、余計に疑わしい単語だった。

現最下位独走。

そして先程もなす術なく、凛に伸されたばかりだ。

そんな自分に血塗られた鉾(ミストルティン)最強部隊、執行者(フォチャード)と同格の身体能力が備わっているとは、ティアは想像も出来ないでいた。


「未だ完全ではないが、結晶化が起こっておるのう」

「結晶化?

それはどういうものなのかしら?」


顧問に対しての態度ではなく、対等か下の者を相手にする態度で凛が興味深げにテリトに尋ねる。

もうその事を気にしてないのか、テリトは説明を始める。


「想像力。

通常に筋肉トレーニングを行うよりも、その部分を見ながら、付けたい筋肉を想像しながら行うと、効果的に筋肉が付く事は知っておるか?」

「プラシーボ効果の事ね」

「博識じゃな。

つまり、医者が精神安定の為に打つ偽薬と同じ。

故に偽薬(プラシーボ)と呼ばれる。

意識の関与が、肉体にも影響を及ぼすという科学的な効果の総称じゃな。

人間の筋肉は赤と白、持久力と瞬発力、その2点で形成されておる。

それ以外に、2つ能力を兼ね備えたピンク色の筋肉が存在する。

本来、鍛える事で増量を図る事が可能なものは、赤と白の筋肉細胞だけじゃ。

ピンク色は、生まれた時点でその個数が定まっており、後天的にはどうにもならんと考えられておる。

じゃが、それは人いう科学の境界線じゃ。

人の意志はそれを可能にする集中力と、回復力を備えるものに一つの壁を越えさせた。

人の筋肉を全てピンク色、持久力と瞬発力を兼ね備えた筋肉に置き換える事に成功しておる。

それを結晶化とわしらは呼んでおる。

それも肉体を完全に制御下においてしまえる、意識キャパシティの改革あってのことじゃろう」

脳開発(スパイラルリスト)の恩恵が、こんなところまであったのね」


「じゃが、結晶化する為に行われる筋肉の破壊と再生は、代謝能力が優れていなければ破綻するじゃろう。

まあ、これも想像の範疇内、やろうと思えば誰にも可能な領域じゃよ。

この2つを突き詰めれば、執行者(フォチャード)クラスの身体能力は手中に収めることが可能じゃろう。

こやつの体は、その代謝能力を備えておる。

その証拠に先程傷めた首筋じゃが、わしが治療を行う前より回復の活性化が始まっておったわ」

「だそうよ、ティア。

貴方は、飛び抜けた集中力と回復能力を兼ね備えているそうよ」

「…」


凛の振りに、ティアは沈黙を持って答える。


「無自覚なのね。

…本能、無我の領域で行っているのかしら?」

「それは難しいのう。

それが本当ならこやつの潜在キャパは、最低でも人の3倍はあることになる」

「…そういう事になるのかしらね。

ティア、貴方何者なのかしら?」

「…話についていけてない俺に、どう答えろというんだ」

「話について来られていない?

本当に無自覚なの、貴方…。

いいかしら、私達は自覚して指先一つ動かしているのよ」

「それは当たり前だろう」

「違うわ。

貴方と私達の決定的な差がそれ。

当たり前ではないの、私達は」

「どういうことだ???」


凛の理屈が分からず、ティアは疑問符を頭上に何個も浮かべていた。


「そうなのか、お前」


シルーセルが身を乗り出して、ティアに驚いた表情を向けていた。


「それはまた、すごいね。

もしかしてティアくん、入学当時から普通に生活してたの?」

「普通?

何を訊いているのか、意味が分からん」


いつの間にか隣に座ったビィーナが、物珍しい珍獣でも観賞している目付きでティアを見ていた。


「これは間違いなさそうですね」


カイルの言葉で疎外感に覆われた。


「えええい!

俺に分かるように説明しろ!」

脳開発(スパイラル リスト)を受け、私達は3倍の認識を植え付けられた。

昔の行動が、今まで3分の1で動けるという事。

何気なく動かす指すらちゃんと意識しなければ、動く反動で指が吹き飛んでしまう程にね。

だから、私達は全身に神経が行き渡たらせ、それこそ足の小指一つ動かすのすら意識をして制御しているのよ」

「…冗談だろう?

そんな恐ろしく疲れる作業を」

「行わなければ、肉体は崩壊してスクラップ状態。

今頃土に還っているわね」


ティアの台詞を切り、凛は断定的に答えた。


「だから貴方は3倍の認識を受け入れられる体が、血塗られた鉾(ミストルティン)に入学する以前に完成していた事になるわ。

そうでなければ、無自覚なんてありえないもの。

つまり、貴方は3倍の定義状況で普通に生活できるだけの、無意識領域、余裕を未だ持ち合わせているとなるわ。

でも、脳開発(スパイラル リスト)の本来の目的は、3倍の定義を植え付ける事ではなく、無意識の領域を自下にし、(ゲート)に必要な意識領域(キャパシティ)を手に入れること。

ティア、脳開発(スパイラル リスト)を受けた後、何か変化を感じたかしら?」

「…いや、全く。

普通に生活出来たし、強いて言うなら頭が少し重くなったぐらいか」

(ゲート)を遣うには、人の意識容量を使用するのは知っているわね。

補助機関の情報管理送還装置(ライブラ)の手助けがあるにせよ、空間定義、位置、歪曲、強弱、抵抗、不確定要素、それらを導き出し正確に指令を出すのは他でもない人間の脳。

これは融通の利かない機械には出来ない、適応能力の賜物なの。

例を挙げるなら、人の視覚と脳の処理。

私達が見ている景色はどうやって見ているか知っているかしら?」

「網膜に映し出されたものを信号化して、脳に送る。

その信号を脳が認識してその映像が映し出される…、かな」

「まあ、そんなところね。

この話の趣旨はその続き。

初めから説明するわね。

先ず、網膜に景色が映し出される。

だけど、それはモザイクの情報として映し出されてないわ」

「…」

「そして信号化され、脳に到達。

脳に蓄えられた知識と経験、そして処理能力がその外装にあう色と詳細を精査して肉付けしていく。

そして脳が生み出した景色が認識され、見るという行為が成立する」

「…え~と、俺らは見ているモノは、脳が勝手に装飾した景色だと言いたいのか?」

「あら、意外と物分りがいいじゃない」


これまでのティアの理解能力から、答えが返ってくるとは想っていなかった凛は、素直に褒めた。


「…それっておかしくないか?

個人差があるなら、見ている景色が他人と一致しない場合が出てくるぞ」

「一致しない症状ならあるわよ。

同じモノを見ているのも拘らず、違う色、輪郭、形、奥行、そして動きをしていると言う者がいるわ。

それは脳で処理されている色も形も違うからよ。

そういった幻視する症状を、シャルルボネ症候群と言うわ。

側頭葉連合野での認識、頭頂葉連合野での空間把握が視覚情報を処理し、位置の把握と視界の不明部分を補うために、記憶の中から書き込み(・・・・)を行うの。

その情報が誤報をならば、人の見ているものはズレが生まれてくる。

人に共通の認識、刷り込みみたいなものがあるから、そこまで大層なズレが生じる事はないけど、最初に全く違う知識や経験をさせておけば、その人間は私達とは異質な光景を目の当たりするでしょう。

太陽が紫で四角く凍っているなんて世界をね」


(どんな狂った認識だよ、それ)


「それと適応能力が、どう繋がるんだ」

「蜘蛛の巣張った脳みそを少しは使いなさい。

その様子では、ろくに(ゲート)を遣えてないわね」


ティアは痛い処を突かれた気分だった。

正直、(ゲート)の制御はまともにこなしたことが無い。

宝の持ち腐れとはこの事だった。


「私達は全貌を観ている訳ではないと説明したわね。

なら、それはどういうことか。

2つ相貌が色、形、立体感を認識し、脳で処理すれば膨大な要領が必要となる。

ましてや、それがリアルタイムで処理されるものなら尚更。

私達は誰に教わることなく最低限の意識要領により、脳の中に仮想現実バーチャルリアリティーを造り出す事で、見る行為を可能にしている。

それが適応能力にして、機械には真似できない最高の(OS)

実際、(ゲート)の制御をコンピューターにさせた実験があったそうよ。

結果、半径1センチの空間を歪ませるだけで、5億テラバイトの容量を要したそうよ」

「…???」

「説明した私が愚かだったわ」


ティアの表情から理解していない事が読み取った凛は、嘆息し無駄な時間を刳ったことを悟った。


「結論、(ゲート)は人が持つ処理能力、適応能力、そして膨大な意識要領が必要だということ。

それを得る為の脳開発(スパイラル リスト)、脳を開発する必要があったの。

あくまで3倍の認識は、付属品に過ぎないわ。

この話を聞いて、貴方のおかしな点は?」

「俺には脳開発(スパイラル リスト)は意味が無かった。

それって、脳が初めから開発されていたって事か?」

「疑問で返さないで欲しいわ。

それは私が聞きたいのよ。

でも、そうでなければ説明のつけようがないわ。

だから私は聞いたの、貴方は何者ってね」


(…てっ言われても孤児だった俺に、何者かと語る程の歴史はないしな。

あの女なら、それに答える手がかりを持っているかもしれないが…)


「唯の孤児だ。

生きる為に盗みや犯罪をしていた、ちんけなガキだ」


これが己の知る自分の真実。

ティアは何者とも答えられない、それが今の自分だと再認識させられたのだった。


「まあ、可能性はあるかもしれないわね。

見識されていない時代なら英雄と囃し立てられるか、怪物と罵られるかされた超越者。

人の制御を自ら跳ね除け、可能性と非業を手にした者達が歴史にはいたわ。

その1人と考えてもおかしくわない、おかしくわね」


(なにを勘ぐっているんだ、この女は)


ティアは不快を思いっきり顔にし、凛を睨みつける。

それを全く意に介さないで、凛は続ける。


「無意識が仇になったかもしれないわね。

それが、肉体の動き1つ1つに対する動きに注意がいかなくなり、(ゲート)を遣う際には制御が上手く働かないのかもしれないわ。

私達が分散してしまった意識が、常に普通に運用可能な状態、集中可能な事が、その強靭な肉体、結晶化を招いたと推測出来るわ」

「面白い見解じゃな」


隣で聞いていたテリトが、愉快そうにしている。


「じゃがお主、その情報の危険性を考慮して漏らしておるのか?」

「世捨て人に心配されるまでもありませんよ。

キアヌ先生が席を外している今だからこそ、漏らした情報です。

それ以外の人に、危険な意味合いに気が付く人間はいないと想われますが?」


その答えにカイルだけが首肯し、他の者は凛の意図がどこにあるのか検討もつかない有様だった。

テリトはその様子を見渡し、成る程と頷く。


「計算済みか。

末に狡猾な娘よのう」

「楽しんで頂いて光栄ですよ、戦臣(せんしん)汪虎(おうこ)


後半部分はテリトだけに聞こえるように囁き声で、伝える。


「その名を何処で。

…そうか、お主」

「その話は後ほどに。

互いに洩れると、まずい立場ですから。

さて、キアヌ先生もお戻りのようですから、次の舞台に赴きましょうか。

シルーセル、行くわよ!」


凛は話を打ち切り、そう告げると戦場へと降りていく。

それに続き、シルーセルも神妙な顔付きで降りていく。


(榊…。

そうか、血は耐えておらなんだったか。

ならば何故、血を絶やす事容易いなこのような場に踏み込んできたのじゃ)


テリトは眉間に皺を寄せ、凛を見送る。


「リー先生、干渉は貴方の流儀に反するのではないのですか?

過去のことと割り切ってしまった、今のアナタに権利はありませんよ」


カイルがテリトに近寄り、告げた。

それが自分の憶測を確定させる確かな証拠になる。


「ならば何故、ワシを囃し立てた」

「凛は別に、取引を望んでいる訳ではありません。

このチームで生き延びる為の教授、実務をこなして貰いたいだけです。

凛は、率先して自らを傷つけ、己の手を汚す。

罪は罰で贖う事を定石としている。

その為なら、彼女は喜んで火中の栗を拾いに行くでしょう。

ここは、その為の場所なのですよ。

そして貴方には他の教員と同じく、協力的であるだけでいい。

それが、凛が求める道となりますから」


(…濃く受け継がれているのだな、(スメラギ)の血が)


その説明で納得したテリトは、沈黙にてそれを了承する。

ドタドタと足音をさせて、キアヌ嬢が両手で抱えるような氷を携えて戻ってくる。


「あれ~、起きてる。せっかくとってきたのに」


ティアの首を冷やすように取って来させた筈の氷は、人を殴り殺せそうな氷柱としてキアヌ嬢の腕に抱えられて姿を現した。


「キアヌよ。

その馬鹿に大物な氷はなんじゃ」

「お言いつけ通り、氷ですわ~」

「質問の意味が違うわ!

わしが注文したのは、首を軽く冷やすもので、そんな撲殺可能な氷柱ではない!」

「でも、怪我人続出しそうですし、いちいち取りに行くのめんどくさいですよ~」


後半が本音だろう。

そして、自分のミスを擦り付けるかのようにティアに氷を渡す。


「これでいいよね」


笑っているが、完全に脅迫だった。

「嫌と言ったらはっ倒すぞ」と、その笑いは言っていた。


「はい、結構です」


脅しに屈した少年は、霜焼けを起こしそうな巨大な氷を首に当ててみるのだった。

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