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蒼刻の彼方に  作者: ドグウサン
1章 胎動する者達
13/166

【門】 凛 VS ティア

(ゲート)


「さあ、これよりチームコードBX-03による、内部抗争が繰り広げられようとしております!」

「人聞きの悪い言葉を口走っているキアヌ先生を止めて下さい、リー先生」


第3闘技場に備え付けられている実況席〈放送室〉を占拠したキアヌが、マイクを片手に実況アナウンスを行おうとしていた。

凛は、そんなキアヌの隣に座らされているテリトに中止の要請を出していた。


「…無茶を言うな。

あれを止めると、ワシの貞操が危ない…」

「そんな可愛げのある年齢でもないでしょうに」

「放っておけ…」

「シャラップ!

そこムダ話をしない!」

「はい、はい…」


土の敷き詰められた闘技場に立つ凛。

そして相対するは…。


「第1回戦、リン…、リー様、これなんて読むのですか?

振り仮名が打たれていません」


英文に混じった漢字に、キアヌは悪戦苦闘していた。


「サカキじゃな」

「リン サカキVSティア サカキ?

兄弟かなにか?」

「私の記憶にはありませんね、こんな弟」

「俺も姉なんていないな」


互いに否定しあう。


「ふ~ん、偶然ってあるもんだね。

先ずはリン選手の方から紹介です。

上から85、55、82、おぉ~、中々のプロポーション。

まぁ、私には負けるけどね」

「なっ、どこ紹介してんのよ!」


凛は赤面し、怒鳴る。

僅かに残っていた女としてのプライドが、想わず反応して怒声を発していた。


「別に恥ずかしがるレベルじゃなにでしょ。

もう一人の子、ビィーナだっけ。

その子の方は問題ね。

76、54、72。ちょっと寸胴っぽいわね。

これで小柄じゃなかったら、肉体的魅力は皆無よね~」


失礼極まりない台詞が、マイク越しのスピーカーから流れてくる。

観客席にいたビィーナから気配が消え、手にしている刀が半身を晒していた。

その横にいたシルーセルは危機感を覚え、叫んでいた。


「キアヌ先生、ストップ!

ヘルプ~!」

「ヤダな~。

あたし、何も怒ってないよ~」


殺意は無いが、ビィーナの場合その方が真に恐ろしい。

それに、行動が全てを物語っていた。


シルーセルとカイルは、にこやかに笑う狂気が充満する観客席で、声にならない悲鳴をあげていた。


「因みに私は92、56、86。

均整のとれた黄金のプロポーションよ~」


ビィーナの腰が観客席から離れる。


「お願いします、止めて!」


シルーセルは本気で懇願した。

シルーセルは想う、こんなに祈ったのはいつぶりだろうかと…。


「仕方ないわね。

で、(ゲート)代謝(スルミナ)

得意武器は…」

「なぎなたじゃよ」


キアヌが詰まりそうなところで、テリトは空かさずフォローを入れた。


「そう、ナギナタ!

…ナギナタってなんですか?」

「名の通り薙ぎ払うのを前提に作られた武器で、棒の先端に長刀を引っ付けたような形をしておる。

大和方面で生まれた代物で、女が城を守るため考慮されたものじゃ」

「流石、リー様!

博識ですね~。

他にはこれと言った特質すべき技能はありませんが、全てが平均を上回っています」

「全体的に能力を備えておるということは、幅があるということじゃ。

どこまで生かせるか、見ものじゃな」

「対するティア選手。

(ゲート)はこれまた代謝(スルミナ)

得意武器は無し?

おや~、本当に何も装備していませんね?」


闘技場に立つティアは、その手に何も携えていなかった。


「しておるぞ。

肘から甲までをしっかりとガードしている籠手(こて)をな。

まあ、武器ではなく防具じゃがな。

この場合、無手と言っていいじゃろう」

「へえ~、リー様以来ですね、血塗られた鉾(ミストルティン)で無手の人なんて。

ところでコテてってなんですか?」

「手甲じゃよ」

「なるほど。

防具をしているとはいえ、これってかなり不利なのではありませんか?」

「無手の利点は、人間の特徴である指が使えること、攻撃パターンが無数にあることじゃ。

だが、攻撃範囲が短く、先手を相手に譲るしかない。

確かに不利な点の方が多いのう」


(意図が在るにせよ、無いにせよ、無手とは厳しい選択じゃな)


リーは己の手を凝視し、そこに染み付いた血の匂い(れきし)が過ぎる。


(最も、死を認識する武器)


手に染み付いた朱は、地獄絵図を描く筆として振るわれた罪業の日々を想起させる。

テリトが無手を選んだ理由とティアが選んだ理由。

差異はあれど、同じものを感じとる為に選んだのだろうと、テリトは考察していた。


(さて、それを昇華するまで生きていられるかどうか…)


テリトは鬱が入りかけていた思考を戻し、無手の少年と2メートルある棒を携えた女の対峙を観戦することにする。


「リー様、話を聞く限りナギナタとは槍に似た形状をしているように思われるのですが、何故リン選手は槍の模擬ではなく、棒を携えているのでしょうか?」

「確かに形状は似ているが、用途が違うからじゃろう。

槍は、基本的に突くがメインの武器じゃ。

薙刀は、その名の通り薙ぐのが基本となる。

その差が生じないよう、突く事に主を置く槍ではなく、どちらも可能とする(じょう)を選んだのじゃろうて。

突かば槍、払えば薙刀、持たば太刀、(じょう)はかくにもはずれざりけり…。

故に、全てに通ずるという訳じゃ」

「…はあ~。

ナギナタの模擬が無いから、用途にあったものを選んだ結果があれなんですね」

(ゲート)が同種なだけに、実力がハッキリする一戦じゃな」

「だ、そうです」


その解説を聞いていた観客席のシルーセルはカイルに問う。


「カイル、あのキアヌって先生、解説席にいる意味あるのか?」

「リー先生がいれば事足りますよ。

どちらかと言うと脱線する分、邪魔ですね」

「だよな」

「そこ、黙る!」


防音の筈の放送室から、キアヌの叱責が飛ぶ。


「……」

「悪口は察知されるようですよ」


シルーセルの沈黙に、冷静にカイルが答えるのだった。


闘技フィールドを包み込む、不可視な遮断幕。

これは(ゲート)と呼ばれる血塗られた鉾(ミストルティン)が保有する超状的な力を、フィールド内に留める為の電磁バリアだった。

電磁バリアの起動をチェックしたキアヌが、高らかに宣言する。


「それでは、始め!」


キアヌの開始の掛け声が、スピーカーを通してフィールドに響く。

200メートルに及ぶ円状に広がるフィールド。

その両端にいた2人が、静と動の二極する行動を始動する。

動たる始動を行うティア。

両腕を急所を隠す形に設置したティアは、200メートルある距離を瞬く間で半分にする。

驚嘆すべきダッシュ力。

これには教員であるテリトもキアヌもその眼を見開き、驚愕を隠せないでいた。


(速い上に、恐るべき加速力。

瞬間で全力に切り替えられるなんて、なんて脚力なの。

でも、それだけでは勝者にはなれない。

それは、貴方が歩いている人生(レール)が示しているわよ)


静たる始動を行う凛。

ティアの恐るべき身体能力をランニングの時に確認している凛は、その場から動かないで冷静沈着に思考だけを活発に作動させていた。


(過小評価はしないわ。

相手は常に死に物狂いであらゆる行為を模索すると思惟せよ。

それを上回る策にて、全てを打破せよ)


己に言い聞かせ、それらを実演する為にあるシステムを起動させる。

キーンッ!

共鳴するような、甲高い高周波が鳴り響いた。

それは人間の聴覚に聞き取れない、聴覚領域。

だが、人の3倍に定義された血塗られた鉾(ミストルティン)}の人間は、その音を聞き取る事を可能としていた。

そしてその音が、(ゲート)への起動音だとこの場にいる者は全員が知っていた。


情報管理送還装置(ライブラ)の作動確認。

これより戦闘体制に移行する)


ティアの突撃がフィールドの半ばを過ぎた辺りで、完全な戦闘体制を整えた凛は不適な笑みを湛え、事もあろうか杖を地面に刺し手放してしまう。


「お~と、全くその場を動かずにリン選手、猛烈なチャージを掛けてくるティア選手を迎え撃つ!」


ティアは3メートル手前になると、サイドステップを交え、直線の動きから横へと変化させ視覚の撹乱を図る。

圧倒的な速度で行われるサイドステップ。

直線からの動きをそのまま横に転換したような速力は、視覚のみを頼りにした者ならば即座に見失っていただろう。

だが、視覚を情報収集の一部の器官としか捉えていない凛にとって、視覚から完全に消滅したティアの姿など、意に介すものではなかった。


(163℃、83℃、22℃、156℃)


五感が、ティアのあるべき場所を弾き出す。

見向きもしないで、己が確立した戦闘スタイルをフルに発揮する。


(141℃、来る)


本来なら、脳が状況理解し反応するよりも速いティアの動き。

その速度から放たれる必殺に拳が、唸りを上げて凛の死角から放たれる。

凛が視覚でその拳を観察していたなら、鋼鉄が超スピードで迫ってくるのと同じ恐怖を体感出来たことだろう。

ティアの拳が被弾すれば、ジャブだとしても行動不能するだけの脅威の威力を秘めていた。

それが、ティア 榊という人間の身体能力。

それを凛は、首を傾げただけで躱してしまう。

全部で5発。

閃光のようなジャブは、僅かな動きで悉く空を切らせていく。

軽く被弾させるだけで、行動力を殺げる拳。

ティアそれを熟知している。

それ故に最も命中率が高い体の中心、中枢線を狙って拳を放っていた。

それにも拘らず、まるで柳を撫でているかのようにヒラリと躱されてしまう。

ティアは眼も眩む速度で、凛の前方180℃を飛び回る。

凛がその場を動かず、壁を背にしているのはティアの攻撃範囲を限定する理由があった。

これならば前方180℃のみに絞られ、背後を取られることはない。

だが、その分後ろに躱す事が出来なくなる。

それを補える程に、凛のディフェンスは華麗であり、無駄が一切なかった。


命中()たらないっ!)


ティアは、凛を翻弄しうると考える速力を用いて攻撃を繰り返すが、それは掠る事すら許されなかった。

悪夢。

こんな至近距離で全力で攻撃を加えているのに、見透かされたように逆に翻弄されている事実に恐れが心を蝕んでいく。


(…やりおるのう。

第1学年(ランス)時分に情報管理送還装置(ライブラ)を使いこなすものが居ろうは)


テリトは、この状況に素直に感心した。

その達人級の見切りに見惚れていた。

やられた本人は気ばかりが焦り、冷静さを欠いてくる。


(熱増大。

来るわね)


感知した凛は、ティアの力んだ一撃に反応した。

壁から離れ、半身になってこれを躱し、腕が伸びきる前にその一撃を下から上に押しやる。

それと同時に拳と一緒に突き出した足を払い、地面から刈り取っておく。

ティアの視界は反転し、自分が拳を突き出した威力そのままに凛の背後の壁に激突した。


「っは!」


背中に強烈な衝撃がし、肺から空気が殆ど吐き出される。

ティアは意識が飛びそうになるのを堪えるだけで精一杯だった。

そこへ凛は攻勢に出る。

腰のホルスターから銃を放ち、突きつけた。

銃には殺傷力は皆無のゴム弾が装填されていた。

だから、至近距離で容赦なく引鉄を引き絞った。

一呼吸で5回。

ティアは朦朧とする意識の中、その凶弾を視界に捉えた。

ほぼ無意識なままティアの腕が旋回し、至近距離から迫る凶弾を全部篭手で防いでしまう。


「なっ!」


これには凛も驚愕の声を漏らした。


身体加速(モメンタムブースト)

違うっ!

生身でこの攻撃を回避した!

それに無意識に行っている節がある。

鍛錬が無意識の領域まで練りこまれてる証拠だわ)


情報管理送還装置(ライブラ)から空間の歪みは検出されていない。

凛は、そこから導き出される答えに戦慄した。

強張った表情のまま、恐ろしいまでの身体能力を見せ付けたティアに、凛の視線が固まる。

しかし、その驚愕の眼差しは呆れへと変化するのに2秒しか要さなかった。

グキッ!

首から妙な音を立てて、ティアが朦朧としていた意識を途絶えさせる。

逆さまに壁に叩きつけられたティア。

それは銃弾を打ち込まれた時にも重力に引かれ、落ちていたのだ。

結果、頭の頂点から落下したティアは、自重で首を捻り、敢え無く意識を闇へと堕としたのだった。

…凛はマヌケな結末に、半眼で気絶した敗者を見た。

この状況を演出したのは自分なのだが、勝者が味わう甘味は一片もなかった。

僅かに悔しさが込み上げ、悔し紛れに、この敗者に最も相応しい一言を送らずにはいられなかった。


「馬鹿ね」


言った後、胸中を満たした虚しさに、嘆息するしか凛には手立てを持ち得なかった…。

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