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蒼刻の彼方に  作者: ドグウサン
1章 胎動する者達
11/166

【現状と認識】 認識の位

「さて生き返った事だし、本題に入りましょうか」


食堂からプレハブへ生還した者達は、昨日のように円陣を組む形で椅子を並べ、向かい合っていた。


「本題?

これからの事か?」


ティアの迂闊な一言に、凛の射抜く眼光が突き刺さった。


「…問題を後回しに出来るほど余裕なのかしら、貴方は」


余りな認識不足。

そんな見解を口にしたティアを、凛は辛辣に責めた。


「問題か。

…たしかに問題だね、そのお気楽な考え方。

どうして今まで生き延びてこられたのが、フシギだよ~」


凛に同調するのはビィーナ。

ティアはいつの間にか孤立していた。


「どういう意味だよ」

「…ランニングの前、私は提示したわよ」


凛はワザと大きく嘆息をついてみせる。

ティアは血が頭に上るのを感じたが、ビィーナやカイルまでが非難がましい視線を投げかけてくるので、自分に咎があるのではと思考を切り替え始める。

だが、具体的な失言理由は浮かべられないでいた。


シルーセルだけが、ティアと同じような顔をしていた。

理解していないのは2人だけだった。


「忠告というより、警告よ。

訓練をこなす事を目的にしてないかしら?

そんな意識では、こなしても成長の度合いが知れているわ」

「…別に軽視していた訳では」

「なら、たかがランニングと侮ったのかしら?」


凛は反論を許さなかった。

確かにティアは何処かで侮っていた。

それが死に繋がると知っていながら…。


「私はチームを組んでも、馴れ合う気はないわ。

各々目的があり、それ故生き延びる必要がある。

そうよね?

なら、その手段を提示して挙げるわ。

でも、提示した案について来られない者を、内に飼っておくつもりはないわ。

ティア、貴方はどうしてランニングの最後、プレハブへ直進してきたのかしら。

罠について、考慮しなかった?」


考えた。

だが、目的地を視界に納めたことで、意識に盲目的な指向が生まれた。

注意点(わな)に関与されるよりも、先にゴールに出来ると思案してしまったのだ。


「微かでもその考えに至らなかったなら、規定外ね。

オシメも取れていない赤ん坊を育てる気はないわ。

でも、その様子では浮かでいたみたいね。

にも拘らず、それを選択肢から除外し、プレハブを目指した。

時間が無かった…、そんな筈はないわ。

貴方がプレハブに辿り着いたのは、開始から40分程度だった筈。

ならば、その注意すべき問題を除外した理由は何かしら?」


答え等あるはずも無い。

ティアは其処まで思量すべき訓練として、ランニングを捕えていなかったからだ。


「もう一度、言うわ。

馴れ合いをする為、チームを組む気はないわ。

ランニングに託け、他のチームがポイントを狙って襲撃してきた場合、貴方は同じように沈黙した答えを出すのかしら?

その時、糧にされて大地の肥やしとなるのよ」


容赦など差し挟まない、辛辣な言葉の応酬。

だがそれが真実なだけに、ティアに反論の余地がなかった。


「ランニングを始める前に提示しておいたもの、覚えているわよね」

「認識だよな」

「認識。

これをなくして、現状を打開する方法は無いと覚えておきなさい。

貧困な想像力では辿り着けない領域。

それが私達の立っている地点だと、それを認識しなさい」


ティア、シルーセルには、凛の訴えている内容の輪郭がぼやけており、理解まで及んでいなかった。

そこへ、ビィーナがヒントを口にする。


「そうか。

リンが言っている領域に立っていなかったら、入学できなかったもんね」


そこでやっと、ティアは2人が掲げる認識の輪郭を捉えることに成功した。


脳開発(スパイラルリスト)か!」

「そう、私達は脳開発(スパイラルリスト)を受ける事で脳を開花させ、常人の3倍に認識を設定された」


脳開発(スパイラルリスト)。又の名をパイオニアブレイン。

それは、血塗られた鉾(ミストルティン)に入学する為に出される試験。

内容は至って簡単。

脳開発(スパイラルリスト)呼ばれる装置に入り、その恩恵を受けいれるか否か、それが試験内容となる。

人間の脳は、通常生活に支障をきたさない、3割程度の能力で制御されている。

その制御された能力こそ、細胞を効率よく生かす適度な出力。

それらの能力を統括する脳。

これに細工を仕掛け、人間の能力を最大限まで引き伸ばすシステム。

それが脳開発(スパイラルリスト)となる。

これを受けることにより、脳を100%使用可能となり、そして認識が上書きされる。

柔軟な思考の持ち主でなければ、脳は認識を拒否し廃人となる。

10人中6人もこの認識を受理出来れば、その年の入学生は豊富と言えた。

だが、認識を理解出来た者が、必ずしも入学出来るとは限らない。

その理由は認識が3倍に設定されたことに起因する。

3倍の能力を理解せずに、いつも通りに動かすと肉体はその反応についていけず、筋肉は断裂し、神経が千切れてしまう。

細胞は急激な変化に対応出来ず、崩壊を始めてしまう。

例を挙げるならば、コップを掴む行動を、脳開発(スパイラルリスト)を受けた人間が通常思考で行えば、手を伸ばした瞬間に腕がその行動に耐え切れず、腕の筋に激痛が走ることだろう。

そして握った瞬間、コップの耐久値を簡単に超え、握り潰してしまうだろう。

もしコップを掴みたいなら意識し、ゆっくりと手を伸ばし、綿を掴むように優しくしなければならない。

この認識を把握してない者は、肉体の制御を誤りスクラップ状態となってしまう。

半年間、筋肉と骨の増強、それに耐え得る腱の構築、細胞が持つエネルギー保有量の増加。

肉体を創り変えられた者こそ、真に血塗られた鉾(ミストルティン)の入学者と言える。


「私達は、認識を受け入れただけ。

そこが限界の者は自ずと消えていく。

それが競争世界の常識。

なら、争う者同士、同じ土俵で足掻こうとすれば、才の差だけが優劣を決めるわ。

さて、本当に優劣は才だけで決まるのかしら?」

「違う」


ティアはそれに間髪いれずに反論していた。

何故なら、自分がそうだからだ。

もし才と言うものだけで優劣が決まるなら、自分はもっと上位の成績を納めている事だろう。

これは自惚れでなく、客観的な視点においての自分の評価であった。


「どうしてそう想うのかしら?」

「分からない」


違うと断言出来るが、理由に辿り着けない為に、ティアは言葉が続けられないでいた。


「言い切ることは出来ても、答えは知らない。

そうね。

私達は意図的に情報を抜かれているわ。

それを感じることが出来たのは、認識改竄を受け入れる事が出来た証と言える。

なら、脳開発(スパイラルリスト)を受け入れられた者と、受け入れられなかった者の差は何かしら?」

「常識に囚われない、柔軟性だな」

「そう、それは視点の違いでもあるわ。

才能の溢れる者も、視点が低ければ才なんて無意味でしかない。

それなら同じ立場、同じ能力である場合、差を生むものは?」

「…それが認識の高さか」

「正解、…とするのは大雑把ね。

まあ、今の時点ではそんなものでしょう。

つまり、より俯瞰であるものが勝者となる。

まぁ、それが血塗られた鉾(ミストルティン)の狙いでもあるのだけど」

「狙いだと?」

「貴方、この学園に入ってから自分の目的を忘却した事があったのかしら?」

「……」


沈黙は肯定。

目的がすり替わり、思考は生きる事に占有されつつあった。


「私は無かったわ。

でもね、生き延びる為に俯瞰的な視界を持ち続ければ、自然に洗脳され、機械的に成らざるを得なくなる。

それがこの学園で生き延びた者の末路。

血塗られた鉾(ミストルティン)と言う企業に組み込まれる為の部品になるの」


属している機関への不審発言。

だが、それよりも視点について興味を覚えたティアは、その話題を横に置いておくことにした。


「高い視点を持つのにか、何故だ?」

「それが盲点だからよ。

高い建物から見下ろす風景。

その場合、地を歩く人はどう見えるのかしら?」

「点だな」

「では、その点に見えた人の事を理解できるかしら?」

「っ!!」

「それが盲点。

俯瞰であればある程に、全体像は捉えるが出来ても、決して本質に近づけない。

俯瞰は人を酔わせ、高みからの景色しか認識させなくなる。

そして人は感情を失い、人でなくなるのよ」

「おい、オレ達のいる場所を全面否定かよ」


シルーセルがそこに触れた。

明らかに血塗られた鉾(ミストルティン)を否定する意見だからだ。

立っている場所を認識させられたことによる、不安から出た言葉でもあった。


「別に血塗られた鉾(ミストルティン)自体を否定しているわけでないわ。

唯、認識を誤れば、目的を見失うと警告しているのよ。

私は自分の目的を果たす為に自己を誇示したまま、上り詰めたいの。

そしてそれは貴方達もそうじゃないのかしら?」

「たしかに、自分を見失ったら意味がねぇな」

「話が随分と逸れたわね。

認識と大きく括るとしっぺ返しくる。

その事を頭に隅にでも置いておきなさい。

最後の一線、防波堤ぐらいには成ってくれるかもしれないわ」


凛は一度言葉を切り、本題へと移る。


「さて、私が認識させたいのは分類。

代えられない誓いと変えていける姿勢」


「「「……?」」」


カイル以外は、凛の言葉を消化不良した顔になる。


「…そんな認識では、この場所は煉獄よ。

回避したいなら、それなりの自己を確立させる為の覚悟と、それを成す為の覚悟の構築をしなければならないわ。

もう1度だけ訊くわ。

何故、罠があるかもしれないと危惧しつつ、それを考慮から外したの?」


これだけ長々説明されれば、馬鹿でもそれなりに気付くというものだ。

ティアは混乱しかけている思考を纏めていく。


(要約するに、己で自分の欠点を見極めろ。

常に考察を怠るなということか…)


「考え方の姿勢が緩いこと。

だから、安易に目の前の目標物(ゴール)に気を捕られ、思考を簡潔してしまった」

「そう。

それで?」

「考察力と洞察力を身に付ける。

そして選択可能な項目を増やす…、これが課題だな」

「まぁ、合格点はあげるわ。

ビィーナの造った罠は見事ではあったけど、所詮は即興。

不審な点があった筈よ。

…私の場合のそこを逆手に捕られたのだけど。

つまり、考察するだけのチャンスがありながら、それを見す見す逃した。

訓練という甘い響きに騙されてね。

気構えは戦場を想定しなさい。

私達第2学年(ランデベヴェ)には、安全な場所が無い。

その事を肝に命じておきなさい。

仕方ないなんて感性は、唾棄(だき)すべきものよ」




(…ビィーナの言う通りかもしれないな。

この女、配慮が行き届いてやがる。

なのに、底を見えねぇ。

そんな手札(カード)で、オレらに最低限の信頼を抱かせるとは…)


シルーセルは、ティアと凛のやり取りを聞きながら、その事に気が付いた。

そして、凛という人間の輪郭が見えてきたお陰で、ある確証を得る。


(この女は、姑息な手段を用いて裏切ることはない)


ポイント欲しさに手段を講じたり、闇討ちを掛ける事を決して行わない。

それは威厳を秘めた言葉一つ一つから滲み出ていた。


(なんて気位の高い女だ…)


こんな環境でカイルを付き従わせ、ビィーナに支持させた理由をシルーセルは見た気がした。


求心力(カリスマ)だな。

この女は上に立つ者に必要な求心力(カリスマ)を、こんな環境においても発揮している。

恐るべきは、それを維持する精神力か)


シルーセルは驚嘆していた。

そして、あれだけ反感していた気持ちが薄れていた。


(面白いな。

突拍子もない訓練。

とんでもない発想力。

全てに意図を含み、展開出来るだけの能力を持つか。

これがリン サカキ)


「自分で自分が自覚できない者の行く末は、知れているわ。

常に自分を客観的に見るようにし、それを踏まえた訓練しなさい。

表層的なモノなのだから、馬鹿でも可能でしょう」


(一言余計なヤツだ…)


深層心理を解析しろ、等と難題を吹っかけていないと凛は言いたいのだろう。


(オレの場合も、課題が山積(さんせき)だな)


特殊技能である事象戦略盤フェノメノンタクティクスワールドは発動基準が定まっていない。

普段から当てにしてはならない代物だった。

だからこそ注意力を高め、己の五感を武器とした索敵能力を磨かなければ成らない。

更に、ビィーナとのハンティングで明確になった能力差は、眼も当てられない代物だった。


(やっぱ、何処かで甘えが生じていたか。

事象戦略盤フェノメノンタクティクスワールドなんて当てにならないものに縋り、自分を特別視していたってことかよ)


「シルーセル、もう着眼点を説明するつもりはないわよ」

「結構だ。

目標点が見えている」


認めてしまう事で、シルーセルの蟠りは吹っ切れていた。


「そう、なら講義はお仕舞いね。

では、今日の予定を消化しましょうか」


凛はそう告げ、カイルに視線を送る。


「これを」


カイルが立ち上がり、抱えていた紙を配る。

そこには5人の成績表を纏めたプロフィールが記載されていた。


「これってオレ達の成績表のまとめだな。

こんな命取りになる情報を渡して、何をするつもりだ?」

「紙に書かれているものは、所詮は表面上の事実。

私は知りたいのよ、実践においての貴方達の実力をね。

午後から第3闘技場の使用許可を貰っておいたわ」


ティアは脳内に高らかに鳴り響く警笛に、眉を顰めた。


「…実践においての実力を知りたい。

そして闘技場の使用許可か」

「まさか遊ぶ為に場所借りた、…な訳ねぇよな」


ティアの言葉に続くシルーセル。

2人は顔を見合わせ、天井を仰ぐ


「そう、ここまでお膳立てしておいたのよ。

やる事は一つよね。

貴方達、私と戦いなさい」


ティアは凛の言葉に引っ掛かりを覚える。

その部分に対し、シルーセルが追求していた。


「ちょっと待て!

アナタ達って、こっちは4人いるんだぞ!」


引っ掛かりはそれだった。

私は個数で、貴方達は複数。


「あら、別に順番に戦うのだから問題は無いでしょう?」

「そういう問題じゃない!」

「もしかして貴方達、勝てる気でいるの?

ビィーナなら兎も角、ここにいる男如きが不遜なことね。

臍で茶が沸きそうだわ」


空気が一瞬で凍り、亀裂が生じる。


(…く、空気が重い)


ティアは心で悲鳴をあげる。


「どういう意味だ!」

「どういう意味ですか?」


片方は苛烈した烈火の如き怒声、片方は寒々とした氷河の如し詰問。

シルーセルとカイルの声がダブって鼓膜を揺らす。


「耳掃除はした方が良いわよ。

不遜だって言ったのよ」


耳を穿るジェスチャーを交えながら、凛はハッキリと宣戦布告した。


「ここにいる男集に敗北する姿なんて、私には想像も出来ないわ」

「調子に乗るなよ!」

「凛、口が過ぎましたね」


(…火に油が、火が炎に)


最下層を奔っていた所為か、こういった挑発に敵愾心を覚えないティアは1人、この雰囲気に胃痛を覚えていた。

1人、凛の評価から除外されたビィーナを見やると、にこやかにその殺伐とした情景を眺めていた。


「カイル、貴方、私に1度でも勝った覚えがあるのかしら?」

「いつまでも昔のままとお考えなら、後悔しますよ」

「するのは、どっちなのかしらね?」


空寒い遣り取りが繰り広げられる。

そんな中、ビィーナが正論を投下してくる。


「どっちの言い分が正しいかなんて直ぐわかることだよね?

さっさと第3闘技場に行こうよ~」

「「「……」」」


熱くなっていた3人が、その正論に沈黙してしまう。


「そうね。

そうしましょう」


凛は自分が醜態を晒していた事に赤面し、颯爽と立ち上がりプレハブから出て行く。


(…あの光景のリンとはなんか違う感じ。

タガが1コ、外れてるのかな?)


ビィーナは凛の様相が感情を含む片鱗があることに気が付き、疑問を抱く。


(チョウハツがサクリャク的じゃないし、本音がマじってる)


ビィーナは寂しさと羨ましさが交じり合った視線を、出て行く凛の背中に送っていた。

それに習い、カイル、シルーセルもプレハブからさっさと逃げ出していく。


「面白いね、人間って」


ビィーナの感性に、疲労を覚えながらティアがつっこみを入れていた。


「…どこら辺がだ」


あの雰囲気の中、そう思えるこの女のずぶ太さが羨ましく想うティアだった。

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