【現状と認識】 ヘルソーマ
そこには山のように積まれた食材と、1つの機材があった。
カイルは慣れた手付きで、緑や青、そして赤の野菜や果物をその機材に放り込んでいく。
「なんなんだ、それは…」
困惑の眼差し達が、その機材に注がれる。
「あら、ミキサーも知らないのかしら?」
凛は、気の毒なそうな眼差しをシルーセルに向ける。
「それぐらい知っとるわ!
じゃなく、これらは何を作っているのか訊いとるんだ!」
シルーセルの訴えは、最もだった。
食材は目が痛くなりそうな程の色、そして艶を誇っている。
素人目で見ても、これが新鮮で質の良い食材だと認識できただろう。
「罰ね」
凛から簡潔な答えが返ってくる。
そのやり取りの中、その罰とやらが黙々とカイルの手により完成に近づいていた。
軽くミキサーを回し、空いたスペースに又新たな食材を入れる。
それを何度か繰り返していく。
「これはサービスです」
砂糖を入れ、スイッチをオン。
…それは完成を見せた。
「…罰、これが」
何色と表現したらいいのだろうか。
最後の辺りに放り込んだプロテインの色が濃く出ているのか、コンクリートを彷彿とさせる色に近く、それでいて緑や青、赤といった粒々が液体内を彷徨っていた。
「…まさか、飲めなんて言わないよな」
「この流れから、それ以外に考えられるのかしら?」
「こんなの飲み物じゃねぇ!」
「…粗末にしないで欲しいわね」
「粗末にしているのは、お前らだろうが!」
カイルは完成した物を、4つのコップに注いでいく。
鼻を突く異臭。
朝食後にこれを製作し始めた理由が、全員一致で理解できた。
こんな物を口にして後に食事等、人間には不可能な所業だと…。
「安心して飲んでください。
栄養学に基づき、私が作り上げた傑作です。
…只、視覚と嗅覚に恐怖を奔らせ、味覚に多大なダメージを与える代物ですが」
カイルの説明しながらテンションを下げていく。
「今日は初めて方もいる事ですし、味は控えめに調整しておきました」
最後に入れていた砂糖が、控えめな証だったようだ。
その言動とは裏腹に鼻を刺す匂いが、先程の朝食を逆流させようとしていた。
「体に良い罰なんて、貴方たち運が良いわね」
そう言いながらも凛の眉間に縦皴が入り、露骨なほど嫌悪感を露にしていた。
その隣でカイルはコップを握ったまま、小刻みに震えていた。
「ちょっ、ちょっと待て!
作った本人が震えてないか!?」
「考案者は凛です。
私ではありません」
珍しく責任転嫁するカイル。
責任の所在を擦り付けたいほど、この罰に用意された飲み物は恐怖の対象なのだろう。
「ビィーナ、一緒に飲む?」
凛は悪魔の微笑で誘う。
「エンリョしとくね」
ビィーナから断りの返事を貰うと、凛はコップの液体を普通に喉に流し込む。
喉元が、液体を流す律動を繰り返し、異臭のする飲み物を飲み切る。
それが大した物ではないと示すように…。
それに続き、カイルも飲み干す。
こちらは眉間にきつく皺が寄っており、その不味さを物語っていた。
先に飲んで見せることで、最低でもこの液体が飲めるものであると証明された。
「…確かに、今日のはマシな味ね。
良かったわね、2人とも」
凛はそう告げ、後に続くように脅迫していた。
「安心しなさい。
これはあくまで、栄養剤の一種よ。
様々な観点から、肉体に吸収され易いように組み合わせた、ある意味奇跡の配合よ。
そうね、今日の貴方たちには必要になる貴重な栄養素となるかもね。
まぁ、あれが実弾なら天国へ召されていたのだから、この程度の罰、受ける覚悟はあるのでしょう?」
ティアはその言葉に反感と、現在の自分の立場を認識させられた。
シルーセルの中にも同じ感情が芽生えたらしく、怒気を含んだ雰囲気を周囲に漂わせていた。
「飲んでやるよ!」
シルーセルはその反感に任せ、勢いよくコップに手を掛けた。
一瞬の逡巡を後に、一気に液体を口に流し込む。
半分を超えた処で、えづく素振りを見せた。
身体の拒否反応がシルーセルを痙攣させていた。
ここで吐き出せば、追加が用意されるのは目に見えている。
地獄の苦しみが追加されるのだ。
ティアの思考が届いたのか、シルーセルは失いそうな意識に活を入れ、目を大きく見開き残り半分を喉に通した。
「……」
どうだ!と雄たけびを挙げたかったのだろう。
だが、口を開けた瞬間に全てが水泡に帰すのだろうか、シルーセルはテーブルに突っ伏して、そのままピクリとも動かなくなった。
シルーセルの撃沈。
それをティアは目撃してしまった。
(…人間の飲み物じゃねぇ)
泥よりも生々しく、排泄物よりイカした刺激臭。
それでいて微かに糖分の香りがブレンドとなり、嗅いだだけで吐瀉してしまいそう代物だった。
(…本当に死なないのか)
「吐き出したら、追加を用意してあげるわ。
遠慮はいらないわよ」
本気で遠慮したいが、1人だけ飲んでいないティアにはその権利はなかった。
突っ伏したシルーセル以外の視線が、ティアに集中した。
(天に召しませんように…)
5秒後、テーブルに突っ伏したまま動かなくなった2人目の犠牲者がいた。
※
それは確かな栄養学に基づき、結集された奇跡の代物。
飲み物として明らかな欠陥のあるにせよ、この栄養ドリンクが及ぼした効果は絶大なものだった。
朝から酷使した肉体疲労が緩和され、実感を感じれるほどの肉体回復、活性化を促していた。
全てにおいて、画期的なドリンクだった。
そう味までも…。
欠点は火を見るより明らかだが、それを補って余りある効果だと言えた。
それは地獄の栄養剤、ヘルソーマと呼ばれるようになる。