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蒼刻の彼方に  作者: ドグウサン
1章 胎動する者達
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【現状と認識】 ヘルソーマ

そこには山のように積まれた食材と、1つの機材があった。

カイルは慣れた手付きで、緑や青、そして赤の野菜や果物をその機材に放り込んでいく。


「なんなんだ、それは…」


困惑の眼差し達が、その機材に注がれる。


「あら、ミキサーも知らないのかしら?」


凛は、気の毒なそうな眼差しをシルーセルに向ける。


「それぐらい知っとるわ!

じゃなく、これらは何を作っているのか訊いとるんだ!」


シルーセルの訴えは、最もだった。

食材は目が痛くなりそうな程の色、そして艶を誇っている。

素人目で見ても、これが新鮮で質の良い食材だと認識できただろう。


「罰ね」


凛から簡潔な答えが返ってくる。

そのやり取りの中、その罰とやらが黙々とカイルの手により完成に近づいていた。

軽くミキサーを回し、空いたスペースに又新たな食材を入れる。

それを何度か繰り返していく。


「これはサービスです」


砂糖を入れ、スイッチをオン。

…それは完成を見せた。


「…罰、これが」


何色と表現したらいいのだろうか。

最後の辺りに放り込んだプロテインの色が濃く出ているのか、コンクリートを彷彿とさせる色に近く、それでいて緑や青、赤といった粒々が液体内を彷徨っていた。


「…まさか、飲めなんて言わないよな」

「この流れから、それ以外に考えられるのかしら?」

「こんなの飲み物じゃねぇ!」

「…粗末にしないで欲しいわね」

「粗末にしているのは、お前らだろうが!」


カイルは完成した(ぶつ)を、4つのコップに注いでいく。

鼻を突く異臭。

朝食後にこれを製作し始めた理由が、全員一致で理解できた。

こんな物を口にして後に食事等、人間には不可能な所業だと…。


「安心して飲んでください。

栄養学に基づき、私が作り上げた傑作です。

…只、視覚と嗅覚に恐怖を奔らせ、味覚に多大なダメージを与える代物ですが」


カイルの説明しながらテンションを下げていく。


「今日は初めて方もいる事ですし、味は控えめに調整しておきました」


最後に入れていた砂糖が、控えめな証だったようだ。

その言動とは裏腹に鼻を刺す匂いが、先程の朝食を逆流させようとしていた。


「体に良い罰なんて、貴方たち運が良いわね」


そう言いながらも凛の眉間に縦皴が入り、露骨なほど嫌悪感を露にしていた。

その隣でカイルはコップを握ったまま、小刻みに震えていた。


「ちょっ、ちょっと待て!

作った本人が震えてないか!?」

「考案者は凛です。

私ではありません」


珍しく責任転嫁するカイル。

責任の所在を擦り付けたいほど、この罰に用意された飲み物は恐怖の対象なのだろう。


「ビィーナ、一緒に飲む?」


凛は悪魔の微笑で誘う。


「エンリョしとくね」


ビィーナから断りの返事を貰うと、凛はコップの液体を普通に喉に流し込む。

喉元が、液体を流す律動を繰り返し、異臭のする飲み物を飲み切る。

それが大した物ではないと示すように…。

それに続き、カイルも飲み干す。

こちらは眉間にきつく皺が寄っており、その不味さを物語っていた。

先に飲んで見せることで、最低でもこの液体が飲めるものであると証明された。


「…確かに、今日のはマシな味ね。

良かったわね、2人とも」


凛はそう告げ、後に続くように脅迫していた。


「安心しなさい。

これはあくまで、栄養剤の一種よ。

様々な観点から、肉体に吸収され易いように組み合わせた、ある意味奇跡の配合よ。

そうね、今日の貴方たちには必要になる貴重な栄養素となるかもね。

まぁ、あれが実弾なら天国へ召されていたのだから、この程度の罰、受ける覚悟はあるのでしょう?」


ティアはその言葉に反感と、現在の自分の立場を認識させられた。

シルーセルの中にも同じ感情が芽生えたらしく、怒気を含んだ雰囲気を周囲に漂わせていた。


「飲んでやるよ!」


シルーセルはその反感に任せ、勢いよくコップに手を掛けた。

一瞬の逡巡を後に、一気に液体を口に流し込む。

半分を超えた処で、えづく素振りを見せた。

身体の拒否反応がシルーセルを痙攣させていた。

ここで吐き出せば、追加が用意されるのは目に見えている。

地獄の苦しみが追加されるのだ。

ティアの思考が届いたのか、シルーセルは失いそうな意識に活を入れ、目を大きく見開き残り半分を喉に通した。


「……」


どうだ!と雄たけびを挙げたかったのだろう。

だが、口を開けた瞬間に全てが水泡に帰すのだろうか、シルーセルはテーブルに突っ伏して、そのままピクリとも動かなくなった。

シルーセルの撃沈。

それをティアは目撃してしまった。


(…人間の飲み物じゃねぇ)


泥よりも生々しく、排泄物よりイカした刺激臭。

それでいて微かに糖分の香りがブレンドとなり、嗅いだだけで吐瀉してしまいそう代物だった。


(…本当に死なないのか)


「吐き出したら、追加を用意してあげるわ。

遠慮はいらないわよ」


本気で遠慮したいが、1人だけ飲んでいないティアにはその権利はなかった。

突っ伏したシルーセル以外の視線が、ティアに集中した。


(天に召しませんように…)


5秒後、テーブルに突っ伏したまま動かなくなった2人目の犠牲者がいた。




それは確かな栄養学に基づき、結集された奇跡の代物。

飲み物として明らかな欠陥のあるにせよ、この栄養ドリンクが及ぼした効果は絶大なものだった。

朝から酷使した肉体疲労が緩和され、実感を感じれるほどの肉体回復、活性化を促していた。

全てにおいて、画期的なドリンクだった。

そう味までも…。

欠点は火を見るより明らかだが、それを補って余りある効果だと言えた。

それは地獄の栄養剤、ヘルソーマと呼ばれるようになる。

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