プロローグ、日常ができるまで
初連載です。右も左もまだわかりませんがよろしくお願いします。
「おい、何かあったか?」
「駄目だ、暗くて何も見えねえよ」
「俺家から懐中電灯持ってくる!」
とある街の学校の裏の山にて、3人の少年たちが集まっていた。
少年たちの目線を一気に集めていたのは、森の中にぽっかりと空いたクレーターのような穴だった。
最初は突然現れたこの穴に大人や他のクラスメイトたちなども興味を示していたのだが、いつの間にか調査に来ていたらしい国営の調査団体が、まるで校長の話みたいな長ったらしい話で安全であるということ親や両親に発表してからぱったりとこなくなってしまった。
でもまだ何かあるはずだと信じて穴に集まり、独自で調査を続けている者は、今やたった3人の小学生の男子だけである。
だが今日も明日も明後日も調査という果ての見えないモノに挑み続ける生活に少年たちは正直飽きてきてしまっていた。
それは日々の退屈さに反旗を翻して調査を始めたあの日の夢と好奇心に矛盾していた。
帰りが遅くなることを咎める母親、夢を見るのも大概にしてそろそろ現実を見ろと叱る父親、取り憑かれたかのように調査を続ける友人たちを気味悪がるクラスメイト、心配するそ素振りを見せておきながらも内心面倒臭がっている教師。
そんなものに囲まれながらも彼らが調査を続けることができたのは、果たしてただの好奇心のお陰だけであったのだろうか。
ただの好奇心だけで人をそこまで動かすことは可能なのだろうか。
少年たちが勝利の片鱗を初めて掴んだのは、3人の中で最も絶望に暮れ始めていた少年のとある発見がきっかけだった。
「なんだこれ」
少年は泥を掻き分けながら穴を掘り進めていたとき、ひとかけらの紫色の物質を見つけた。
ガラスでできているかのような透き通った紫色は、今までこの穴から見つけてきたものとは違った雰囲気を醸し出していたが、ただの破片なんぞはもう数え切れないほど掘り出している。ふと少年は、綺麗なガラス片や奇妙なものを見つけては仲間たちと騒いでいたあの頃を思い出した。
それがただの破片であったなら、足元にある薄汚れたビニール袋の中に放り込まれて忘れ去られて終わるだけだけだったのだが、世界全てを揺るがす分岐点はここで発生した。
「すげえ!綺麗なへんなの見つけたぞ!」
「お前もか!俺も似たようなの見つけたぞ!」
「お前も見てみろよ!」
実に数日振りの会話だった。
重い体を引きずるようにして少年が振り返ると、そこには少年が先ほど見つけた紫色の破片に似た破片を手に持った友人たちの姿があった。
「ほら、見ろよ」
差し出された手の上に乗っかっている、手のひらよりも一回り小さいくらいのサイズの破片は、見れば見るほど少年の持っているものと同系統の物に思えた。
何かが割れて散らばったのだろうかとふと考え、何気なく自分の破片をもう1つの破片とがちゃがちゃと組み合わせてみた。
するとある一点で隣り合ったジグソーパズルのように綺麗に噛み合った。
そこまでは普通なのだが、噛み合った2つの破片はゆっくりと、でも迅速にあったはずの継ぎ目を無くしていき、やがて1つの破片へと変わったのだ。この破片は硬く、くっつけただけで1つになるなんてことはありえない。こんなことは起こるはずががない。
その様子を無言で眺めていた3人だったが、1つの破片になるのを見届けるとぱちくりと瞬きをしながら顔を上げ、お互いを見合った。
やっと捜し求めていた、町にありふれたものではない、本物の不思議なものに出会えた。
その事実は退屈という矛盾を一瞬にしてかき消し、渇ききって最早ボロ雑巾以下だった彼らの精神を潤した。
果てのなかった戦いに、おぼろげとはいえ終着点が見えた気分だった。
そこからはあっという間だった。似た破片はこのあたりに埋まっていると予想し、山中を掘り返しては破片を見つけ、噛み合うものは噛み合わせ、そうでもないものは保留として特定の位置に置いておく。それをひたすら繰り返した。
そして、やっと破片は全て揃った。
破片を繋げていった結果、小さかった破片は大きな球へと変貌した。でもただそれだけだった。
期待していたはずの現象おろかなんにも反応は見られなかった。
「長かったな」
「ああ」
「でもさ」
「なんだよ」
「俺たちこんなんでさ、長い時間をかけた成果がこれってさ」
なんだか情けなくないか。
少年は今にも泣き出しそうな顔でそう呟いた。
始めた時はまだ小学校に入りたてだった少年たちは、好奇心とあと得体の知れない強い何かに突き動かされ、気付けば高校受験を間近に控える年齢になっていた。
「もう中3なんだな、俺らって」
「俺まったく受験勉強してないや」
「俺も」
「これからどうしようか」
彼らはもう衝動と好奇心から開放された。これからは自由だ、何でもできる、希望があふれている。
なのに彼らの脳内に蔓延るのは思い描いていたような希望や夢などではない、将来への不安や虚無感のみだったのだ。
「いっそのこと3人一緒に死んじまおう」
「ああ、いいな、それ」
「首吊りってあんま苦しくないらしいぜ」
繰り広げられる過激な会話に、誰一人として疑問すら持てなかった。
少年たちは傍にあった太くて長い、手頃の縄を手に取り、引っ張って切断すると、丈夫そうな木によじ登り、縄をかけた。
移動する途中で努力の結晶であったはずの球が1人の足に当たったが、最早粗大ゴミにしか見えなくなったそれを、遥か前方まで蹴り飛ばした。だれも何も言わなかった。
丁度顔の目の前に輪が来るように、バケツをベースにして作った高台を調節すると、少年たちはほとんど同時に台の上に乗り上げた。
しかし、輪を首にかけ、いざ足元の台を蹴り飛ばそうとしたところで、ある異変に気付いたのだ。
さっき蹴り飛ばした球が光っている。
首からすかさず輪を抜くと、少年たちは球めがけて一直線に走り出した。
「光ってるぞこれ!」
球は淡い光と仄かな熱を放っていた。
「あったけえ…」
熱も光もどんどん強くなっていっていた。
「嘘だろ?」
最初は触れる温度だったはずなのにもう触れられないほど熱くなっていた。
「あ、あっちい!火傷した!」
光ももう目が開けなくなるほどになっていた。
「やばいぞこれ!逃げろ!」
あまりの光と熱に少年たちが怖気づいて逃げ出そうとした瞬間。
先ほどとは比べ物にならない位の熱と光が球から発され、山、町、いや、地球ごと光と熱に包み込まれてしまった。
燃え上がる山の中で1人だけ無事だった、破片を最初に見つけた少年は、町から聞こえる悲鳴を聞きながら、ただぼんやりと突っ立っていた。
彼は全部自分のせいだと心の中で懺悔を繰り返し、骨すら残らなかった友人たちに向けてひたすら届くはずのない謝罪をしていた。
『今無傷の皆さん。おめでとうございます。』
突然足元に転がる球から発せられた音声に身を震わせると、足に力が完全に入らなくなり、ずと、と尻餅をついた。
聞こえていたはずの悲鳴がこの音声が流れたとたん身を潜めたので、どうやらこの声はかなり遠くまで届いているようだった。
『皆さん以外の人間は皆即死のはずです。痛みもなく死んだので大丈夫です。』
『ちなみにこの爆発はある素質がある者を振り分けるための試験でした。』
ふざけるなと少年は叫んだ。
『装置が完成されて、その後衝撃が与えられた五分後に試験を開始する予定だったので、いまのところはすべて予定通りです。ご協力ありがとうございました。』
装置とはおそらく、いや、絶対この球のことなのだろう。
衝撃を与えたというのは首を吊ろうとする前に蹴っ飛ばした時のことなのだろう。
『早速ですが、今から3秒後にあなた達にそれぞれ固有の能力が与えられます。3、2、1、はい。』
少年の右手には光が灯っていた。どうやら能力が与えられたらしい。
だがそんなことなど気にしている心の余裕もなく、少年は叫びながら山を駆け下りた。
見えてきた町は炎に包まれていた。まるで地獄だった。
少年は最早正気を失い、視界に入るものを誰これかまわずに蹴っ飛ばすか殴り倒すことしかできなかった。
だが、少年の耳に赤子の泣き声が聞こえると、少年は正気に戻ることができた。
声がした方にあった瓦礫を動かし、右手の光でその中を照らしていくと、すぐ赤子は見つかった。
まるでとっさに赤子を守ろうとしたかのように、2人分の、おそらく夫婦でこの赤子の両親だったであろう骸骨が、赤子の上に覆いかぶさっていた。
少年は赤子を抱き上げた。
赤子の両親の骨は取り出したときにバキバキと音を立てて崩れ去ってしまった。
まさかこんなことになるなんて夢にも思わなかった。
でも今は他の生存者を見つけることが最優先だった。
少年にあやされた赤子はもう泣き止み、今では笑顔を見せていた。
少年は赤子をしっかりと抱きしめ、瓦礫でふさがってしまってはいるが、もともと大通りだった場所を歩き出した。
その助けた赤子が将来、自分たちの最大の希望になるということを、まだ少年は知る由もない。
暑い日が続いて嫌です。