第1章 (1)
「あははははは! やべぇ超うける! わら」
思い切り声を出して笑ってしまったせいで、店員さんたちが一斉に訝しげな視線をこっちに向けた。
対面に座るアイリも、目を細めて睨みつけてくる。
「笑いすぎ。恥かかされたこっちの身にもなってよ」
胸元のラインを強調するようにレイヤーされたキャミワンピ、その上に羽織ったシースルーのカーディガンがセクシーに似合う。
それでいて媚びた雰囲気を感じさせないのは、持って生まれたお嬢様オーラのなせる業か。わたしじゃ残念ながらこうはいくまい。
ただそれすらも、いまは話のネタをより面白くする材料になってしまってる。
「いや笑うでしょそれは。つーか恥って、あんた自分で言ってたじゃん、『一緒に行ってあげれば?』って。インガオホー」
「意地悪。そうだけど……」
今日から新学期が始まった。
授業は午前中のみ、午後に入ってた仕事の撮影を終えたわたしたちは、帰りがけにふたりでお茶を飲んでる。誘ってきたのはアイリからだけど、わたしも話はぜひ聞きたかった。
こないだ今日子さんの部屋から(よりによってわたしの目の前で)送られたメールに応え、夏休み最終日の昨日、アイリはお兄ちゃんと出かけてきたのだ。
〈学校始まったらしばらく忙しいかもしれないし、早めがいいならこの日しか空いてないな。もともと買い物に出かける予定だし、それで良ければ一緒に来る?〉と返信したお兄ちゃんにのこのこ付いてったのが運の尽き。
行き先が秋葉原って時点で気づけよな。あいつオタだって何度も言ったのにさ。
アイリは憮然とした面持ちで愚痴る。
「でも秋葉原って行ったことなかったし、ちょっと面白そうかなって。それにパソコンとかあまり詳しくないから、いろいろ教えてもらえるかもと思ったんだもん」
ハードディスクの容量が怪しくなってきたから外付け追加したい、とお兄ちゃんが言ってたのはわたしも前に聞いてて、そのための買い物だったのは間違いない。
「実際面白いって。あそこ街自体が半分テーマパークみたいなもんだし」
でもあのバカがアキバまで行って、そこをスルーするわけないじゃん。
「だからって女連れでメイドカフェ行く?」
いや行くだろ。むしろあいつら的にはそれこそデートスポットだろ。
もちろん抵抗があるのはわかる。実を言うとアイリより先にわたしが誘われてたのだけど、あいつがその選択肢を取る可能性は高いと見て断ったのだ。興味があるのは嘘じゃなくても、片思いの相手とわざわざ行きたい場所でもない。
好奇心が猫を殺すってやつだ。
一通り買い物を済ませたあと、「歩き疲れただろうし、お茶でも飲もうか」と言われたまま連れていかれたのだという。
「せめて入る前に拒否れば良かったのにね」
あえて楽しげに言ってやると、アイリの声が悔しそうに沈んだ。
「一度ぐらいならまぁ、社会勉強的な意味で、とも思ったから……」
「最初からさんざん言ってるじゃん。あいつど変態なんだって」
メイドカフェにもいろいろある。まずクラシック系と呼ばれる、メイド服を着た店員さんが給仕してくれるだけの普通の喫茶店と、エンタメ系と呼ばれる、さまざまなオプションが用意されたものに大きく分かれる。
一般にイメージされる「おいしくな~れ(はぁと)」とか言ってオムライスにケチャップでイラスト書いてくれるようなやつは後者。
ただそのオプション内容は多様すぎて、行ったことない以上わたしも詳しくはないのだけど、中には「それもう特殊な風俗じゃね?」みたいのもあるらしい。
そしてお兄ちゃんが選んだ店はまさにそれだった。
「でもわざわざ追加料金払ってビンタしてもらうとか! なんなのあれ!?」
うんそれもわかる。金あるからってほんとにとことんアホだなあいつ。
わたしはにやにやしながら尋ねる。
「ちゃんと『ありがとうございます!』って言ってた?」
「言ってた。もうわたしがビンタしてやろうかと思った」
その光景思うと二重三重に面白いよな。だってメイドさん仕事だからと言ってもさ、恨みもないのにあの顔引っぱたくのしんどそうだし。しかも連れがアイリってもういろいろカオスでメシウマすぎるわ。
「そう言えば良かったのに。きっと喜ぶよ?」
「……言った。……そしたら『じゃアイリもメイド服着てよ』って」
うわははははは、とわたしはもう一度大笑い。
「ちょっとかりん?」
「あ、悪い。そのサービスある店なんだ。着たの?」
先の通りアキバではデートスポットと認知されてる面もあってか、女性客に対しメイド服の貸し出し及び撮影をやってる店もある。
「着るわけないでしょ。あなたと一緒にしないで」
「わたしだってデートなら着ないっつーの。まぁ幻滅したなら好都合だから」
正直言うなら一度ぐらい着てみたい。とはいえそんなやり方でお兄ちゃんを喜ばせるのも気に食わないから、行くなら違う機会にしたい。今日子さん一緒に行ってくんねぇかな。
アイリはぐったり気味のジト目をわたしへ向ける。
「ちょっと引いたのは否定しないけど。……オタっていうのは聞いてたし、この程度でいやになるなら最初から本気にならないから。逆に意地が沸いてきた」
強ぇ。ほんと負けず嫌いだなあんた。
……しかしお兄ちゃんも大概だよな。そりゃわたしとしては困るけどさ、自分が男だったらアイリのアプローチなんてあっさり転ぶ未来しか見えないのに。
まぁ前に本人が言った通り、妹の立場を考えてちょろく落ちまいとしてるのかもしれない。でも友達に対してあまり露骨な拒絶は、わたしにだって気まずい部分がある。昔ならともかく、女慣れしたいまはそのぐらいわかると思うのに。
ただライバル宣言を受け入れた以上、それを表に出すわけにもいかないのだ。
「ま、気長にやれば? わたしもそうするし」
撮影用のスマイルで返すと、アイリは少し怒ったように目をさらに細めてきた。やだ怖い。ちょっとやりすぎたかな?
「なに余裕出してるの。さっきまではわたしもそうするつもりだったけど……そういうわけにいかなくなったじゃない」
あ、そっちか。うーん……。まさかほんとにこうなっちゃうとは。
〈お兄さんと同じクラスになってしまいました。一応、報告まで〉
撮影後、ふたり同時に届いたメールにはそうあった。差出人は今日子さん。
もともとアイリは、こっちを本題としてお茶に誘ってきた。実はデート笑の概要は昨日のうちにお兄ちゃんから聞かされてて、いまのはアイリがどう思ってるかを知りたくてわざわざ尋ねたのだ。いやぁ面白かった。
「でもどうなのよそれ。今日子さんもわたしたちの気持ち知ってるわけじゃん」
落ち着いてお茶に口をつけるわたしを見て、アイリはため息混じりに言う。
「言っておくけど」
そこで数秒、溜めを作ってから続けた。
「先輩が本気出したら、わたしたちなんて相手にならないからね?」
……すげぇな。この妖精みたいな見た目外人をしてそこまで言わせるか。
そりゃ今日子さんは超素敵だし、こいつはわたしの知らない部分もたくさん知ってる上での発言なのだろう。外見でなら負ける気はなくても、そんなのを決め手にして落ちるお兄ちゃんじゃない。けどさ。
「いや、だからさ。この状況で本気出すひとなの?って話」
そのために予防線まで張ったのだ。アイリの本格参戦は予定外だったにしても。
お兄ちゃんに興味あることぐらい、見ればわかる。かといって妹分ふたりを出し抜いてまでどうこうするようなひとじゃないと思うんだよね。
わたしの率直な疑問に、物わかりの悪い子供を相手にするような口調でアイリが返してくる。
「先輩より先に、虎次郎さんが本気になっちゃうかもしれないでしょ」
あのな。バカにすんなと。それだって気にしてないわけじゃないし。
――ああいうひとが嫌いな男はあまりいないと思うよ。
初対面のとき、お兄ちゃんの様子は明らかにおかしかった。
わたしが言うのもなんだけど、きっと今日子さんはあいつのどストライクなんだろう。そう思う根拠だってある。
ただ、それにしたってさ。
「当面は大丈夫だと思うけどね。あいつほんとシスコンすぎて終わってるもん」
――かわいい妹がいれば充分だよ。
「下手したら、わたしに彼氏出来るまで彼女作んないかもよ?」
憎たらしさ全開で答えてやると、アイリも同じような表情に変わった。
「そんなの絶対許さないから。……でも先輩って、ほんとにすごい人たらしだよ。かりんも一瞬で転んでたじゃない」
「それを言うなと。しかし人たらしって」
わからなくはない。あのカフェのときも唯さんを置いて盛り上がっちゃったし、なんか妙な引力があるんだよな。
ふふ、と思い出し笑いみたいのをアイリが漏らす。
「あのひと『ミタ中の母』って呼ばれてたんだから。学年男女問わず、人生相談恋愛相談進路相談その他もろもろ相談で常時順番待ちだった」
なんだそりゃ、教祖か!
なんて思うわたしを尻目に、アイリは妙に嬉しそうだ。
「だから東高に行くって話が広まったときは大変だったよ。うちの学年でも、先輩を追って進路変更しようとしてる子がいるぐらい。わたしもだけど」
「あんたもかよ……って……あ!」
そうだそれ訊くの忘れてた。
「そいやあんたのとこって中高一貫じゃん。なんでわざわざ東高なのあのひと?」
アイリが通ってるのは、都立三鷹国際高等学校付属中学校。ミタ高メディア部でグラビア撮影やってるのも、中等部とはいえ同じ学校の生徒だからだ。
「それはわたしも知らない。……外部受験自体は別に珍しくなくて、有名大学付属の私立とか行くひとは毎年何人かいるんだけど」
だよな。少しレベル高いとはいえ、同じ公立校を選ぶのはよくわからない。
「それもあってけっこうな話題になったの。しかもいつの間にかひとり暮らしまでして……先輩、わたしにも謎な部分多いんだよね」
ふぅん。じゃ自分で訊いてみるか。
「まぁわたしは、志望校に今日子さんがいるのは嬉しいからいいや」
おかげでアイリも来るっていうなら楽しそうだし。受験頑張ろう……それはそれとして。
「話脱線したけど、とりあえずお兄ちゃんには釘刺しとくよ。絶対手出すなって」
それが言いたかったんでしょ?と付け加えて笑えば、わかってるじゃない、とアイリも笑った。
「これについては、あのひとのシスコンを利用させてもらうから」
「貸しひとつだからね」
冗談、とアイリは伝票を手に取る。
「ここはわたしが持つから貸し借りなしで。よろしく」
「ちぇ」
そんな安くねぇっつーの。
そんであのときの冗談を、リアルで言うはめになったと。
「そういうわけだから。わかった?」
「いやわかったけど、なんでわざわざ十六夜さん指定なの?」
今日は撮影があったとはいえ、新学期が始まっても結局はお兄ちゃんが晩ご飯を作った。
メニューは茄子とベーコンのアラビアータにベビーリーフのサラダ。パスタは比較的時間を取らないからわたしもよく作るのだけど、こいつの場合トマトソースから自家製なんだよな。「ポモドーロは応用が利くから、一度たくさん作ればあとが楽なんだよ」ってほんとかよ。まぁいいや。これもそのうち教えてもらうし。
「なんでじゃない。あんた自分が初対面でなに言ったか覚えてないの?」
かりんのお姉さんになってくれるなら、って……思い出すと殺意が沸くわ。
お兄ちゃんは表情を変えずに答える。
「かりんに『愛してる』って言ったのは覚えてるけど」
粉チーズのボトルを顔面に投げた。フタを閉じたのはせめてもの情けと思え。
「もう暴力やめようって言ったのに……」
「わざと言ってんだろあんた。真面目にやれ」
まったく。あんたがそれやめるならわたしもやめるっつーの。
「あ、わかってるんだ。ごめんな。……それにしても」
相変わらず、この程度でお兄ちゃんは怒らない。粉チーズをテーブルに戻し、わたしを見てお約束の優男顔。しっかしわかってるんだじゃねぇよほんとなめてんなこいつ。
「ずいぶん仲良くなってたんだな。メアドまで知ってるんだから」
「まぁね。今日子さんはわたしのお姉ちゃんだから。あんたみたいな変態のおもちゃにさせるわけにはいかないの」
いつもいつも面白がって妹で遊びやがって。その顛末がいまのわたしなわけで、同じことを今日子さんにもされたらと思えば、心配がないわけじゃない。
「とにかく迷惑かけないように。前回だってわたしが謝ったんだから」
おかげで仲良くなれたとも言えるけどな、とわたしは少し機嫌を直す。
そこに今日一番の問題発言が来た。
「悪いことしちゃったな。でもまったく迷惑かけないっていうのは難しいよ。隣りの席だし、まだ慣れなくてわからないことも多いしね」
「はぁ?」
隣りの席、だと? 今日子さんそれ聞いてないですよ?
「そんな驚くことないのに。なんかあのひと頼られキャラらしくてさ、アメリカ帰りのおれに気を遣って担任が席替えまでしてくれた」
驚くわ。つーか重ねて驚いたわ……すごい人たらし、って教師も込みかよ。何者なんだと。
「それに文化祭の準備も途中参加だから、いろいろと面倒は見てもらうことになっちゃうな」
お兄ちゃんは少し楽しそうだ。また変なこと企んでるんじゃないだろうな。
でも、まぁ。それはやむを得ないか。いたずらとかじゃなくて。
東高の文化祭は夏休みを終えてすぐ、2学期が始まって最初の週末だ。ずいぶん早めなのは進学校ゆえの受験生への配慮だろうか。部活もたいてい1学期中には代替わりを済ませるみたいだし、唯さんが2年生で部長なのもきっとそれが理由だ。
「とにかく変なこと言わなければいい。なにかあったらすぐ報告してもらうから」
じゃ気をつけるよ、と残してお兄ちゃんは食事に戻った。
……くそぅ。いまさらながら、自分で言ってちょっと不安になってきたな。
なんとなくそれから食事も上の空で、ほかに訊こうと思ってたいろいろは尋ねられず、食後のお茶を用意しようとするお兄ちゃんにも断りを入れた。
「……なので、あのバカがなに言っても気にしないでください」
そんで部屋に戻ってすぐ、わたしはもうひとりの当事者に電話したのだった。
昼のアイリに加えてさっきのお兄ちゃん、続けて今度は今日子さん、ってわたしはいったいなにと戦ってんだろうな。
『やっぱり、心配かな』
そう言われるとわたしすげぇ嫉妬深い子みたいなんですけど。
「どちらかと言えば今日子さんが心配です。知っての通りあいつはあれなので」
実際あのときだって真っ赤にさせられてたじゃないですか。
『でもわたしだけが女じゃないんだから。それに高嶺くんが、そんな簡単によその女になびくとは思えないけどな。アイリでさえなかなか落とせないのに』
それはわたしの親友ってのがファイアウォールになってるからですよ。
さっきの食卓で今日子さんと親しいのも伝えたし、これでお兄ちゃんのほうは、少なくとも現時点では大丈夫だろう。本音のところでなに考えてるかはわからなくても、あれがやりすぎレベルのシスコンだってのはもはや鉄壁の信頼感がある。
もちろん今日子さんのことも信用してる。ただ一応、確認というか。
それに用件はほかにもあるしね。
「今日子さんでないならあとは無視出来ます。聞きましたよ? 『ミタ中の母』」
『アイリそんなこと言ったの!?』
あ、慌てた。電話の向こうで息を飲んでるのがわかる。にひひ。
「はい。めちゃくちゃにモテたらしいじゃないですか」
『ちょっと待って、違うの! モテたとかそういうんじゃなくて』
「恋愛相談とかされまくってたって聞きましたけど」
実はアイリより経験豊富だったりするのかな。雰囲気はめっちゃ清純派なのに。
『ほんとに違うんだってば! ……もう、じゃ恥ずかしながら言うけど……わたし彼氏いない暦=年齢だからね』
は? なに言ってんのこのひと?
「そんなのあるわけないでしょう? 今日子さんのくせに!」
『くせにって……それはかりんちゃんに言われたくないよ?』
あ。うぐ。そう言われると。
「でもわたしの場合は、お兄ちゃんたちのことがあったから、ちょっと男のひとが怖いっていうか」
怖いってのは別に男性恐怖症とかじゃない。あれだけ近くにいてもなに考えてるのかわからなかったせいで、男のひとが宇宙人かなにかに思えてしまったのだ。
正直言っていまも、その感覚は残ってる。虎次郎兄ちゃんへの気持ちも、結局は一方通行なわけだし。
『……わたしも似たようなものだよ。かりんちゃんとは事情が違うけど』
珍しく、今日子さんの声がトーンダウンした。
『わからないなりに興味はあるから、いろいろ聞いてるうちにそういう立場になっちゃっただけ』
あれ。これあまりツッコまれたくないやつだったか。
そうなんですか、とワンクッション置いてわたしは話題を変える。
「ところでどうでした? あいつ」
あまり詮索好きな奴と思われたくないしね。
『あいつって……アイリ、じゃないよね?』
「うちの虎次郎兄ちゃんです」
『ああ、高嶺くん? どうって?』
……高嶺くん、か。いや普通なんだけど。
「同じクラスなわけじゃないですか。周りの反応はいかがなものだったかと」
ぷく、と電話の向こうで笑いをかみ殺す音が聞こえた。
「ちょっと今日子さん?」
『え? 笑ってないよ?』
嘘だし。絶対笑ってたし。いまもちょっと声震えてたし。
『だって、あとは無視出来るなんて言ったばかりなのに』
「もう。そういう心配してるわけじゃないですってば」
それもまったくのゼロじゃないけどさ。
「昔こっちにいた頃は不登校児だったから、上手くやってけるかなって」
ロスでは大丈夫だったといっても、ここは日本だし。東高レベルの高校であまり低次元のいじめとかないと思うけど、あいつすぐ悪目立ちしそうじゃん。
『ああ、そっか……ふふ。相変わらずお兄ちゃん想いだね。かりんちゃんのそういうところ、いいと思う』
「ぶー。茶化さないでください」
『ほんとにそう思うのに。まぁいいや、あのひと早くも大人気だから安心して』
……それおかしくね? 人気者? あいつが? ……えーとそれは。
「それ主に女子からですよね」
外見があれだし、中身を晒さないうちは、そうなっても仕方ないかも。
『ううん、どちらかと言えば男子。休み時間のたびに質問攻めに遭ってた』
「ええ? そんなはずは」
ってわたしの言い方もひどいかもしれないけど、なんで男子? そりゃ帰国子女でいろいろ興味はあるとしても、それも女子からのほうがわかるのに。
つーかまた今日子さんの声ちょっと笑ってね?
『しょうがないよ。あの自己紹介じゃ当然だもん』
「あのって、どんな?」
促すと今日子さんはひとつ咳払いをして、男の低い声真似をした。
『初めまして。高嶺、かりんの兄です』
……ほんとなに考えてんだあのバカ!
今日子さんの美声がぜんぜん似てなかったのは面白かったけど笑えねぇ。
「それ自己紹介じゃないですから!」
あはは、と今度こそ声を出して今日子さんが笑う。
『でも掴みは完璧だったよ。かりんちゃん有名人だしね』
有名人と言ってもうちの中学及び東高ローカルだけど、それは否定出来ない。
メディア部に参加して以降、街中を歩いてても、東高生から名前呼ばれたり手を振られたりすることがしばしばある。
じゃ質問攻めってわたしのことか。あいつ変なこと言ってないだろうな……。
「ちょっと、文化祭行くの怖くなってきました」
とびびるわたしに合わせるように、向こうでも空気が変わったような気がした。
『え……文化祭って?』
「え? 東高の。今週末じゃないですか」
『待って。……かりんちゃん、来るつもりだったの?』
あれ? 微妙にいやそうなニュアンスあるな。なんでだろ。
「そりゃ行きますよ、志望校ですし。あとメディア部のほうも顔出したいですし」
『ああ、うん、そうだよね。当然か』
なんか含みあるな。
「もちろんそっちにも遊びに行きますよ?」
今日子さんと、あともちろんお兄ちゃんの様子も気になるし、と思ってると、
『だめだめ絶対だめ!』
急に今日子さんが大声を出した。しかもすげぇ早口で。
「……あの、ちょっといまの耳痛かったです」
『ご、ごめん……でもやめたほうがいいよ! きっとがっかりするから! 大した出し物じゃないし! それにほら、きっと直接いろいろ訊かれて大変な思いするだろうし……か、かりんちゃんの姉代わりとして心配だなわたし! すっごく!』
その心配は確かにある。でもほんとに困るようなら、どうせお兄ちゃんが助けてくれるし。
うーむ。これは……ふふーん。
「アイリも連れて行きますね」
『かりんちゃん!』
ほんとに、ほんとに来ないほうがいい、と念を押すので、ひとまずこの話題からも離れてみた。そんでしばらく当たり障りのない話題を続けたのち、電話を切ってほくそ笑む。
いや行くだろ。そんな恥ずかしがるならなおさら。超期待するし。
とか考えてたせいでバチが当たったんだろうか。
お風呂上がりにスマホをチェックしてみたらなぜかLIMEにわたし宛てのメッセが47件、と思う間にまた来た。48、49件。なんじゃこりゃ。
おそるおそる、一番新しいやつを開いてみる。
〈お兄ちゃん超イケメンじゃん!〉
はい? いやそうだけどさ……いきなりなんだよっつーかどうして知ってんの?
変な噂が怖いし、今朝お兄ちゃんに一緒に登校しようって言われたのもちゃんと断ったのに……と思いつつ次のやつ。
〈なんでお兄さんのこと隠してたの? つーか見せたくなかった系?〉
……なんかいやな汗出てきたぞ。
次々に目を通すも、どれもこれも似たようなものばかり。あと写メ送れとか紹介しろとか。
返信する前に、話の出どころを求めて1件目まで遡ると……あった。
制服を着たお兄ちゃんの、おそらくは東高の教室で撮ったと思しき画像つきメッセ。なぜかモデルみたいな立ち姿でポーズまで取ってやがる。正体を知ってるわたし的にはジョジョ立ちのが似合うんじゃねぇのとか思っちゃうも、まぁ単に画としては文句なしだ、けど。
〈うちのお兄ちゃんと同じクラスだって。超シスコンらしいじゃん。うける〉
うけねぇよ!
やべぇ。どうするこれ。
とりあえず画像を保存してから、みんなにどう返信するか考える。というのも、わたしの個人情報はモデルを始めた頃さんざん訊かれてしまい、お母さんとふたり暮らしということぐらいは学校で結構知られてるのだ。
もちろんみんながみんなわたしに興味を持ってるわけじゃないけど、そのせいで却って話が雑に広まってる面もあり、普通に母子家庭だと思ってるひともなかにはいるらしい。
なので昨日までの時点では、学校で虎次郎兄ちゃんの存在を知ってたのは若葉といずみだけ。ふたりが誰かに漏らしてる可能性は考えたものの、今日の昼間話してみると、若葉はまだしもいずみすら口外してなかった。
案外友達がいあるじゃん、と見直しつつお兄ちゃんについて事情をかいつまんで説明したのだけど、あまり大っぴらに言いたい内容じゃないから口止めしてある。解決したといっても、いやだからこそ、お母さんを悪者にするみたいになっちゃうのは忍びないしね。
とか考えてる間にもメッセが増える。既読なのにレスしてないからな……。
その中に、いずみからのを発見した。
〈ばれちゃったね。もうちゃんと言えば?〉
うーん。目的語がなくても、指示するところはやっぱりこれだよな。こうなった以上、下手にごまかすよりそのほうがいいのかね。
すこし考えてから、素直に返信する。
〈そうするわ。まぁ内容が内容だからぜんぶは言えないけど〉
いずみたちにも龍一兄ちゃんの件とか、言ってない部分あるんだよね。
すぐに返事が来た、が。
〈大丈夫だよ。とりあえず付き合ってることだけ隠せばいいんじゃん?〉
……あのなぁ。昼間話したときには変なこと言われなかったから、こないだの仕返しは軽いデコピン1発で許してやったのに。
こっちも手早く返す。
〈アホか! 違うつってんだろ!〉
〈あれ? まだ付き合ってないの?〉
どうしてそこで疑問形なんだよ。
〈まだもなにもない。いずみこそ実の兄妹ってまだ信じてないの?〉
〈でもお兄さんすっごいシスコンでしょ? はなちゃんブラコンだし〉
待てし。なんだその前提。
〈なんでだよ。お兄ちゃんはともかくわたしは違うわ〉
違わないけど認めるわけにいかない。面白がって触れ回るようなことまではないとしても、いずみもアイリと同じように考えてくれるとは思えないから。
そこに想定外のリプが送られてくる。
〈内緒にしてあげるって言ったのに。ごまかさなくていいよ、だって前に言ってた目標って、お兄さんのことでしょ〉
あ。
――目標がいんのよ。どうせ勝てないけど。
言ったなそんなこと……しまった。だってあのときはまだ帰ってくるなんて思わなかったし……だからか。それで勘違い(じゃないけど)してるのか。
でもここはごまかし通す。
〈そうだけどそういう意味じゃない。あんたあいつのスペック知らないからだよ。とりあえず続きは明日学校で〉
実際あの時点ではそういう意味じゃなかった。劣等感がある反面、尊敬もしてたからお兄ちゃんっ子だったのは事実。なかなか理解されなくても、チビデブのオタでも、わたしにとっては自慢のお兄ちゃんだったし、いろいろ心配だったからよく構ってた。
だけど虎次郎兄ちゃんを男子として意識したことなんて、昔はほんとにない。
やり取りしてる間にもちょこちょこメッセが来てるので、いずみひとりにこれ以上、時間を取られたくはない。当たり障りない説明の文面を急いで作成し、コピペでみんなに返信。
それに対する返信がまたいっぱい来て、こっちもまた適当に返す。途中いっぺん部屋を出て、写メ送れとかいう連中のために歯磨き中のお兄ちゃんを不意打ちで撮って添付。「どうせならもっとマシな格好のとき撮ってくれればいいのに。それとも自然体の姿が欲しかったのかな」なんて言われるいやがらせに耐えながらな。
やれやれまじ疲れた、とベッドに突っ伏す。横目で時計を見れば、もうずいぶん遅い時間になってた。くっそあの野郎のせいで……
……そいや若葉なにも言ってこないな。まぁいいや明日で。




