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高嶺のお兄ちゃん  作者: 明智あきら
第1部
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第1部 エピローグ

「そんなこんなで、ひと夏も保たずに攻略されてしまいましたとさ」

 ほぼ手つかずだったフルーツタルトを口に運ぶ。美味ぇ超幸せ。


「ひと夏もなにも、そんなの最初からだったじゃない」

 アイリは話が半分も終わるより先に、自分のフロマージュとマカロンショコラなんちゃらを平らげてしまってた。この食いしんぼが。なんで太んねぇんだよ、そのカロリーぜんぶちちに行ってんのかよ女の敵め。


「違うし。……まぁ何度か、どきっとしたりはしたけどさ」

 いろんな意味で長かった夏休みも残りわずか、わたしはアイリと一緒に今日子さんの部屋にお邪魔してる。あのとき言った通りケーキ持参で。


「いまさら、どっちでもいいけどね」

 優雅な手つきで紅茶を口へ運ぶアイリに、驚いた様子はまったく見えない。くそぅ。最初はほんとにこじらせてるつもりなんてなかったのに。多少ブラコンの気があったのはもう認めるにしても、それだって昔のことで心配だったからだし。


「うっさいな。どうせわたしはお子様ですよ。わかってるってば、こんなのはうぶな思春期にありがちな疑似恋愛でしかないって」

 それがさほど珍しくないものだというのは、知識として知ってる。でも気持ちに嘘があるとも思えないから、アイリにこうして話したのだ。


「うーん……疑似で済めばいいけど……そんな話聞いちゃったら、心配かも」

 ごめんなさいあえて今日子さんの前で言ったのも学校始まるより先に釘刺しとくためです。心配してもらえるのは嬉しいけどこればっかりはだめです。

「わたしがかりんちゃんだったとしても、やっぱり同じようにこじらせちゃうと思う。正直、すっごく羨ましい」


 ……なんかちょっとまじで恨めしそうなニュアンス入ってましたよね。一度しか会ってないのに感情移入しすぎてません? こう見えて、意外と面食いだったりするのかな……。それはいいんですけどだめです。


「ですよね先輩。かりん、もういいから大人しくしてよ。そしたらわたしがあなたに代わって虎次郎さんを幸せにするから」

「無理だよあいつどシスコンだもん。わたしがやるからアイリこそ引っ込んでよ。つーか親友のこんな話聞いてまだそんなこと言ってんの」


 あんたも実際会ったのはまだ一度だよな。まぁ連絡は取ってるみたいだし、今日子さんよりだいぶ身近かもしれないけどさ……意地悪で話したわけじゃないのに。面白半分の興味が恋に変わっちゃう前に言っておけば、あとから気まずくなることもないって思ったんだよ。善意の不告知ならぬ告知。それ普通か。


「先輩も羨ましいって言ってるじゃない。そんな惚気話なんて聞かされたらますます欲しくなるってば。ごめんねかりん、わたしひとのものが欲しくなっちゃう体質みたいなんだよね」

「またそんなこと言って……」

「ものじゃねぇし。あげねぇし」

 それ体質じゃねぇし。んなことよりわたしはあんたの太らない体質が欲しいよ。


「諦めなよ兄妹なんだから。それとも禁断の関係にでもなりたいの?」

 うぐぅっ! 痛いところを……。

「そこまでの覚悟はないんでしょ? じゃ近いうち、虎次郎さんの部屋に遊び行くね。親友を真っ当な道に引き戻すのもわたしの役目だと思うから。恨まないでね」


「だめだめ絶対だめ、まじ許さない! 隣りの部屋でそんなことしてたら乗り込んで裸のまま叩き出すっつーの!」

 防音しっかりしてるから声とか聞こえないと思うけどさ。でもだめ、絶対。


「そんなことって、ただ遊びに行くって言っただけじゃない。なに想像してるのよエッチ」

「なにって……違う! そ、想像まではしてないもん!」

 少なくとも裸は! あんたが禁断の関係とか言うからじゃん、あのバカと一緒にすんな!


「こらアイリ、そのぐらいにしておきなよ。気持ちはわかるけど、あんまりいじめちゃ可哀相でしょ」

「え、今日子さん気持ちわかるんですか?」

 待ってくださいそこはスルー出来ないですよ。だめですよ。


「え?……いや違うの、そうじゃなくて! だってほら、かりんちゃんかわいいじゃない? だからアイリがからかいたくなるのも、ちょっとわかるかなって」

「ひどい! 今日子さんまで!」

 なんでわたしの周りってこういうひとしかいないんだよ。うう。今日子さんだけは違うって信じてたのに……。


「ふふ。ごめんね? もういじめないから許して。……ところで気になってたんだけど、結局お兄さんの夢ってなんだったの?」

 ぐぅ。その美声と笑顔で言われたら許すしかないじゃないですか。それにわたしの夢のことも笑わないで、応援するって言ってくれたし……うへへ。よくぞ訊いてくれました。はいへこむの終了。


「それがですね」

 言う前から顔がゆるんでしまうのがわかる。わたしが叶えようとする夢は、いまやふたりの夢になってしまった。もうお兄ちゃんたらほんとバカなんだから。

「わたしが自分の夢を叶えた暁には、ぜひそのボーカロイドで曲を書いて殿堂入りさせたいと」


 ドヤ顔で見れば、うわぁ、とふたり揃ってソファの背もたれに倒れ込む。

「ほんと胸焼けしそう。聞けば聞くほど腹立たしいからもう黙ってよかりん」

「だね……もうちょっといじめてもバチ当たらない気がしてきちゃったな……」


 だったらなおさら続けてやろうかな。先手必勝、やられる前にやれ。

「あとこのワンピースも買ってもらっちゃった。超かわいいでしょ」

 約束通りに買わせた、オフショルダーの夏物ワンピ。柔らかいクリーム色で、淡いピンクのパンプスにもぴったり合う。肩のカットはちょっと大胆だけど、全体のラインと色合いが上品だから、どことなくお嬢様っぽくもある。今日子さんが立川で会った日にこういう色の着てたのを見てからずっと欲しかったのだ。


「あ、それすごくかわいいと思ってた。いいなぁ、アイリにしても、そういうの似合うのって憧れちゃうな……お兄さんのことといい、ほんと嫉妬しちゃうよ」

 そんな残念そうな顔しなくても大丈夫です、今日子さんにだってきっと似合いますよ。っていうかこないだのワンピまた着てください。

「いやぁそれほどでも。ありがとうございます」

 そんで一緒に買い物とか行きたいな。そしたらきっと姉妹みたいに見えるし。


「ところでアイリ、なにスマホなんていじってんの? 負け認めた?」

 冷たい無表情で手元に視線を落とすアイリに、わたしはあえて意地悪っぽく声をかける。ほれほれ、ぐぬぬって言え。


「虎次郎さんにメール打ってたとこ。今度はふたりでデートしましょうって」

 ってちょっと待て!

「なっ……なにしてんだあんた! いますぐ削除しろ!」

「無理だよ、もう送っちゃったもん。妹ごときに邪魔なんてさせないから」

 い、妹、ごとき……だと……?


 アイリは唖然とするわたしに向き直り、姿勢を正して真っ直ぐ目を見る。

「わかってないみたいだから言うけど、わたし最初からわりと本気だからね?」

「ほ本気って、なんでよまだ1回しか会ってないのに。それにあんときのお兄ちゃん、あんま冴えなかったじゃん、あれのどこ好きになんのよ」

 まじ意味わからん。まさかあんたも顔か? いや違うよね。


「……ほんっとにまったくわかってないんだ。いつものこととはいえ参っちゃう。会う前からずっと言ってたのに」

 んなこと言われてもさ。写メ送っても大した反応してなかっただろ。


「だから……もう、ちょっと言うの恥ずかしいんだけど。かりんの尊敬する大好きなお兄さんなんて、きっと素敵なひとに決まってるって言ったでしょ? さんざん自慢しといていまさらなに言ってるのよ。このばかちん」

 そいやそんなこと言ってたような。でもばかちんて言うな。付いてねぇっつーのそんなの。


「会ってみたら想像通りだったよ。シスコンは想像以上だったけど……すっごい悔しかったんだから、かりんのほうばっかり見てるの」

「なに言ってんのはあんたのほうだろ。あいつアイリの胸ばっか見てたじゃん」

「それはかりんがわたしの胸ばかり見てたからそう思うんでしょ。羨ましいんだったらお茶の代わりに牛乳でも飲めば?」

 ぐぬぬ……こいつ、言ってはならないことを……。


「ま、まぁまぁふたりともちょっと待って、ね?」

 ばちばちやり始めたわたしたちを見かねたのか、今日子さんが割って入った。いけね、ここひとの部屋だったの忘れてた。


「かりんちゃん、いやなのもわかるけど、本気って言うのを邪魔しちゃだめだよ。協力しろとは言わないにしても、そういうのはお兄さんが決めることじゃない?」

 そうですけど。理屈はわかるんですけど。やっぱりこのひとには反論する気になれなくて、ソファに深く沈んでしょんぼりする。


「アイリも。言いすぎるとろくなことにならないって学習しなかったの?」

 見ればアイリも、わたしと同じように小さくなってこめかみを掻いてる。

 そんな後輩たちを二、三度見渡してから、今日子さんは芝居みたいに両手を打ち鳴らした。

「はい、じゃこの話おしまい。お互い言いたいことはあるだろうけど、勢いで言って取り返しつかなくなることだってあるんだから。いったん頭冷やさないと」


 それわたしがこの前やりそうになったやつだ。あれほんと危なかったな……。お兄ちゃんがどうしようもない鈍感バカで助かったけど。わたしも学習しなきゃ。

「はい。……ごめんアイリ、やっぱいやだけど。今日のところはいい」

「済みません先輩、またやっちゃうとこでした。かりんも……でもわたしいい加減なつもりで言ってるんじゃないの、それは信じて」


 いやそれは信じるっていうか、そうなんだなって思うけど……やっぱわからんよ。わたしが電話口で言うお兄ちゃんの話なんかで、どうしてそんなふうに思っちゃうのか。

「ふふ。アイリって、ほんとにかりんちゃんのことが好きなんだね」

「もう先輩! どうしてそんなこと言うんですか!」


 あらやだアイリったら真っ赤だわ。この期に及んで恥ずかしがんなくても、そんなの前から知ってるっつーのに。

「だって、かりんちゃんがまだよくわかってないみたいだから。フォローしてあげないと悪いじゃない。あと仕返し」

 そんなひどいです今日子さん、そのぐらいわたしだってわかってますよ。

「わたしもアイリのこと好きですよ? 親友ですから」


 ぷっ、と吹き出す音がして、今日子さんが口元を押さえる。え、なぜに?

「っ……ごめん、バカにしたんじゃないの、ほんとにかわいいなって。うん、アイリじゃないけど、わたしもかりんちゃんのこと好きだよ。妹にしたいぐらい」

 ちょ、このタイミングで殺し文句言われても困ります! 嬉しいですけど……これじゃなにも言い返せないじゃないですか。もう責任取ってもらいますからね。


「……お姉ちゃんの意地悪」

 言ってからアイリ同様、わたしも赤くなってしまう。そこへ向ける今日子さんの微笑には、確かにバカにしたところはないようだ。でもなんか違う含みがあるな。なんだろ。


「じゃ笑っちゃったお詫びに、季節外れだけどホットミルクでも作って落ち着こうか。わたしのお茶もなくなったところだし。アイリはもちろんいらないよね?」

 あ、仕返しってそれか。このひと、ちょっとお兄ちゃんと似てるのかも。

「ごめんなさい先輩、そんなつもりじゃなかったんです!」

 だめ、もうちょっと反省しなさい、と言って今日子さんはキッチンへ向かう。そういうとこもあるんだ。へへ。あなたこそかわいいですよ。そんでアイリざまぁ。


「かりん」

 おおっとびっくりした。心の声聞こえちゃったかと思ったぜ。

「どした? 今日子さんはもう返さないよ?」

「……そっちじゃなくて。今日はおしまいって先輩に言われたけど、あと少しだけ言わせて」

「まだあんの? わたしあんたとケンカすんのいやなんだけど」

「わたしだっていやだよ。だから真面目に聞いて。お願い」


 お願いって言われても。わたしは妹なんだから、結局どうにもなんないじゃん。お兄ちゃんに誰か彼女が出来て泣くのが先か、わたしの頭が冷えるのが先かの話でしかなくて。

 その上でいまはだめ、って言ってるのがわからないアイリとは思えないのに。


「……ほんとに少しだけだからね」

「じゃ言うね。わたし、虎次郎さんが好き。あんな素敵なひとほかにいない」

 直球だなおい!

「かりんもそうなんでしょ?」

 わたしは黙って頷くしかない。だってそれはやっぱり、この口にはしづらいよ。

「ってことはライバルだね。妹とかそういうのはどうでもよくて、女どうし。だめかな」


 だめに決まってんじゃん、って反射で言っちゃだめだよな。妹とかどうでもよくて、って……どうでもよくないよわたしにとってはそこが一番問題だよ。

 でも親友の表情は本気だ。それはつまり、わたしにとって問題でも、アイリにとっては問題じゃない、そういう意味だろうか。さっきの言葉が頭をかすめる。


 ――そこまでの覚悟はないんでしょ?

 ――妹ごときに邪魔なんてさせないから。


 ライバル。女どうし。きっとそういうことだ。

「……今日子さんも言ってたじゃん。お兄ちゃんが決めることだって」

 やれやれ参った。強いねアイリ。すごいよ。


 なんでお兄ちゃんのことがそんなに好きなのかは、まだわかんないけど。その妹相手に女どうし宣戦布告なんて、なかなか出来ることじゃないと思うよ。

「だから、だめじゃない」

 腹を括るしかなかった。見抜かれちゃった通り覚悟はなくても、女の意地ぐらいある。これは親友の覚悟に応えて受けなきゃならない勝負だ。

 こっちも真剣な表情で見返す。そのまましばらく、お互いの視線がぶつかる。


「それじゃ、そういうことで」

 やがてアイリのほうから口を開き、いつものように天使の笑顔になる。

「でもかりんのことも好きだし、ずっと親友でいたいよ。それは忘れないで」


「わかった」

 邪魔せずにいられる自信はない。正直なところ、ただでさえ実の妹なのにライバルがアイリとかハンデありすぎじゃね?と思う。

 けどここは演技の見せどころだ。頑張ってわたしも一番いい笑顔を送る。


 お待たせ、と今日子さんが戻ってくる。お盆の上にはホットミルクがふたつと、カフェオレがひとつ。意地悪を言いながら最後に優しいところはアイリと似てる。それとも逆で、アイリが今日子さんに似てるのかもしれない。

 なんかふたりともいいな。

「わたし、素敵なひとたちに囲まれて幸せだよ」


 でも一番素敵なのは、アイリの言う通り。

 わたしのお兄ちゃんだけどね。

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