プロローグ
最後の言葉はなんだったろう。
羽田のゲートをくぐる後ろ姿を見送ったあの日、わたしはなにも言えなかった。
ただでさえ低い背を小さく丸め、イヤフォンを両耳に、ポケットに両手を入れたまま、ずっと下を向いて目も合わせてくれなかった。
何ヶ月も口を利いてなかったくせに、いきなり優しい言葉をかけるほど図々しくはなれなかった。
行ってらっしゃいを言う勇気も出なかった。
虎次郎兄ちゃんは悪くないよ。
結局それは言えなかった。なら誰のせいにすればいいのかわからなかったから。
みんな傷ついてぼろぼろだったのに、癒しも赦しも選ばなかった。お兄ちゃんは謝らなかったし、わたしたちが謝ることもなかった。
いまさらわたしひとり、味方することは出来なかった。
ほんとはそうしたかったけど、それをするにはもう遅いと思った。最初からそうするべきだった。諦めちゃいけなかった。
わたしたちは仲の良い兄妹だったはずなのに、見てるだけで肝心なことはなにも気づいてなかった。
その証拠に、お兄ちゃんがわたしに言った最後の言葉も思い出せない。
――かりんはおれみたいになっちゃだめだからな。
――おれの問題だから。かりんは気にすんな。
覚えてるのはそんな言葉ばかりだ。
なにも出来なかったわたしを許して。
わたしをひとりぼっちにしないで。
それも言えないまま、お兄ちゃんの姿は人波に消えた。