逆ハー女の恨みを買うと嫌われ役になります
朝、エメラルドラゴンがスカイブルーの空を飛ぶ姿を見掛けた。
縁起がいいと思いながら、学園に向かったけれど最悪だ。
世界一大きな学園を誇るシャルルーン学園。
王族や貴族と身分の高い者から一般庶民まで通う。
中には貴族が庶民と同等の扱いを受け、同じ一室で通うことを反対する意見もあるが、この学園は実力重視がモットー。貴族の文句も跳ね返すほどの権力を持っている。
大きくわけると三つ。普通科、魔法科、戦士科。
普通科は一般教養を学ぶ。大抵ほとんどの生徒が先に選ぶのが普通科だ。
魔法はセンスと魔力で優秀さが決まる。庶民でも魔力を膨大に所有している者が貴族を負かすことは度々あった。魔法科の中でも種類があって、ざっと分類すれば魔術、召喚術と分けられる。
戦士科は剣術や武術等、戦闘スキルを磨く場であって、こちらも実力重視。
掛け持ちする生徒は少なくない。
それぞれの科で優秀な成績を取れば、貧困な庶民も胸を張って卒業していい職につける。
貴族でも、庶民でも、実力がものを言わせる世界なのだ。
戦士科には掟がある。
決闘を申し込まれた場合、必ず受けなくてはならない。
「アルティ・サリフレッド嬢! 決闘を申し込むわ!!」
今日、私はまた彼女に決闘を申し込まれた。
エミリー・ステターシン。
長いウェーブのブロンドと愛くるしい顔立ちの女子生徒は、子爵家の娘ではあるが、伯爵家の私にも挑める。実力重視の世界。家柄は二の次だ。
彼女は所謂、モテる女子。純粋で明るく皆に愛されるような子。だから学園の才色兼備の男子生徒達に常に囲まれていた。
そんな彼女に、ことある度に決闘を申し込まれたことになったきっかけは、一年前だ。
高等部入学直後。私と彼女は渡り廊下で、すれ違った。
彼女はスカートを捲るほど豪快に転けてしまったのだ。
目が合った。
けれども私は教師に頼まれて、教材を両腕に抱えていたため、目を逸らして廊下を歩き去った。
そのたった一回の不親切を、ずっと根に持っているのだ。
「上達しませんわね、エミリー嬢?」
決闘の勝者は私だ。
足を崩して膝をついたエミリーに剣先を向けて嘲笑う。
私の兄は今国王陛下をお守りする近衛騎士隊長を務めているほどの剣の腕前がある。昔から彼に相手してもらっている私は、戦士科の剣術は女子の中でトップ。
エミリーが何度挑んでも私には勝てない。
「貴女って……本当に最低な人です!!」
「あら、負け犬の遠吠えも上達しませんわね」
ギッと愛らしい顔で睨むエミリーをもう一度嘲笑う。
そこで一人の男性がエミリーに駆け寄った。
長い金髪を青いリボンで束ねた容姿端麗のクラウド・スターロンだ。公爵家の長男。顔よし、家よし、成績よし、だから学園のアイドルだ。
エミリーを気遣い手を取ると、私をギロリと睨む。
「あら、クラウド様。甘やかしすぎてはいけませんわ。だから上達しないのですよ。皆さんもね」
クラウド様と同じく見守っていたエミリーの取り巻きにも目を向けて嘲る。
グリーンの髪をしたジェラルド・シーンは、美しく整った顔で挑発的な鋭い眼差しで私を睨んでいた。クラウド様のよきライバル。
隣の小柄でネイビーの髪色のジャスパー・リビアンは、可愛らしい顔立ちをしかめて私を咎めるように見ていた。魔法科のナンバー2だ。
「皆を悪く言わないでくださいっ!! どこまで最低な人なんですか! 転ぶ人は見て見ぬふりをするし、人をあざけてばかり! 貴女は最低です、アルティ嬢!」
エミリーは私を避難する。くるりと剣を回して地面に突き刺す。
「あら、エミリー嬢。公衆の面前で貶すことは最低ではなくて?」
学園の才色兼備を取り巻きにするエミリーが決闘を申し込めば、人が集まる。
多くの生徒の前でエミリーが私を罵ることは最低には入らないらしい。
エミリーの取り巻き達は、私が悪いのだと責める眼差しを向けている。
レッドに煌めく黒髪を肩から払い除けて、私は人混みを抜けてその場を去る。
長く続く中庭を歩いた。
緩まないように、必死に深紅のフリルドレスを蹴りながら足を動かす。
「アルティ様!」
日向の香りを撒き散らして、守護精霊が現れる。
オレンジの髪を自由に跳ねさせた幼い少年の姿で、くりんくりんの瞳で私を心配そうに見上げた。
耐えきれなくなり、私は木陰に座り込む。慌てて守護精霊は私の前に座った。
「ふんんんっ……! 何故あまり話したこともない異性に睨まれなければならないの!?」
みっともなく泣き喚かないように堪えたけれど、叫んでしまう。
涙がポロポロと落ちてしまった。
「確かに私は非情な人間ですわ! 目に入る困った人にいつでも手を差し出せませんわ! そもそも私の腕には重たい教材があって、どうもできませんでしたわ! ええ、私は自分に負担がかかる手助けはしませんわ! 転んだら自分で立ちなさい!」
「アルティ様……」
両手で顔を押さえてメソメソと泣いていれば、守護精霊がハンカチを差し出してくれたからそれで目を押さえる。
「アルティ様は非情でも最低でもないよ。エミリー嬢がその件を機に、アルティ様の欠点ばかりを見てしまっているんだ」
守護精霊が励ましてくれる。だから涙を拭いつつ、私は彼を見た。
「アルティ様は厳しい方。他人を甘やかさないし、自分も甘やかさない。黙って見守る方だ。エミリー嬢が取り巻き達に甘やかされ過ぎないように、いつも厳しい言葉をかけてあげている。貴女の言葉があるから、エミリー嬢は剣術を学んでいるんだ。貴女の優しさは少し厳しいだけ」
私の優しさは厳しい。
守護精霊の励ましに、私は立ち直ろうとしたけれどだめで俯く。
「その厳しさのせいで、私は話したこともない異性にっ……睨まれる……学園一の嫌われものですわっ!」
睨まれることがいいわけがない。気分は悪くなるし、悲しくなるし、怖い。
「アルティ様は弱音を言わないし、エミリー嬢が悪く言うせいだね……エミリー嬢に悪気はないけど、彼女の言葉だけでアルティ様を周りが決めつけている」
「いいですわっ、だって評価は周りがつけるものですわ! 努力も過程も重要ではなく、結果が全てですもの」
印象も評価も価値も、他人がつけるものだ。学園一の嫌われものが、私に与えられた評価。
結果が全て、実力重視の世界。
「アルティ様は苦労する努力を見せず、結果で示す方だ」
守護精霊は小さな手を、私のハンカチを持つ手に当てた。
「アルティ様は素敵な方。それはボクの貴女に対する評価だ」
にっこりと微笑み、彼は私の頬を包むように両手を当てる。
「だから、誇らしげに上を向いて泣いて。貴女は素晴らしい方だから」
ニッ、とはにかんで笑う。彼のその笑みには、私はいつもつられて笑ってしまう。泣いているのに。
「貴方のそれ、意味がわからないわ……」
誇らしげに上を向いて泣いてどうするの。
「涙は努力の結果だから」
守護精霊は笑顔で答えた。
いつも励ましてくれる彼の言う通り、私は顔を上げる。
空を見ようとしたけれど木陰を作る木の枝に誰かがいて目が合う。
黒い髪に、金の瞳。凛とした美しい男子生徒がいた。
魔法科のナンバー1の才色兼備、ジェレミー・ダンビル。エミリーの取り巻きの一人。
まるで黒猫のように自由気ままで、しなやかな人だということだけは知っている。
「――――…」
泣き顔の私を目を丸めて見下ろす彼のせいで、今後の学園生活が劇的に変わってしまうことなんて、その時の私は予想なんてできなかった。
end
恋愛フラグを立たせてエンド。
悪役ヒロイン書きたいなぁ、と思いサクッと書いてみました!
続きを書くつもりはございません(笑)
お粗末様でした!