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茶師の姫君〜異世界で紅茶事業を始めました〜  作者: 斉凛
第4章 新たな旅立ち編
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カンネへ5

 紅茶工場が完成し、実地での紅茶作りの研修が始まった。ウェイドが教える知識に、ヨハンは目を輝かせ食い付くように聞いている。


「紅茶はまず萎凋という、葉の水分を減らして萎らせる過程から入るのじゃ。摘んだ茶葉を棚に平たく並べて数時間放置。途中で混ぜ返してさらに数時間。気温、湿度、風通し……によって、萎凋時間が変わってくるし、カンネの気候にあわせて、時間を模索せねばなるまいのう……」

「なるほど、なるほど……風通し……となると、高い位置に作った方がいいですよね。それでこれだけ高い建物ですか……あるいは立地的に風通しの良い場所に作るのもありですかね」

「そうじゃのう……。この工場だけで生産は足りんじゃろうし……いずれは……」


 二人が相談しながら勉強する様を私も見学中。

 萎凋という行程は、緑茶にはないので、ヨハンにはとても新鮮なようだ。自然乾燥だからこそ、現場の環境に左右されるし、工場ができあがってからでないと意味が無いとウェイドが言ったのがやっとわかった。

 私は紅茶の製造方法は考えたが、それを商業ベースで、安定した品質を大量に作る……という事に関しては素人だ。下手に口出しするよりウェイドに任せた方がいい。

 現場で必要な設備や機材を知って、それを制作するのに必要な資金を捻出する。何に一番お金をかけるべきか、それを見極める。それが私の仕事。お金は有限だから。


 萎凋させて萎れた茶葉は、その後揉捻という茶葉を揉む作業にはいる。揉む事で発酵を促すのだ。その後乾燥させ、茶葉の大きさを揃えて選り分ける。


「マリア嬢ちゃん、この揉捻する為の機械。よいのう。手作業だと作れる量が限られるし、たくさん作れるのは良い事じゃ。でもな……もう少し微調整できるとええんじゃが……」


 ウェイドの意見を聞いてメモ。ソフィアに手紙で連絡して、改善した製茶機材を作ってもらおう。


「この機材。改良してもっと良くなれば、ロンドヴィルムでもいかせますか?」

「うむ。ロンドヴィルムでも十分役に立つ。1つあるだけで、複数の農園の人間が、交代で使えるじゃろう」


 製茶機材の改善点が修正できたら、ソフィアに設計図を送ってもらって、ロンドヴィルムで増産してもらおう。いずれロンドヴィルムやカンネ以外の産地で、紅茶作りを始める時に役に立つ。


 お茶の生産は早朝から始まるので、朝が早い。製茶が終わって問題点を洗い出し、まとめあげてちょっとお茶の時間で一呼吸。まだ午前中は終わらない。

 朝届いた手紙に素早く目を通し、優先事項がどれか考える。父からの手紙には、ロンドヴィルムでの茶生産者の育成に関する相談があった。

 既にロンドヴィルムの住人で、茶生産に意欲的な人材は皆茶作りを開始しており、さらに生産者を増やすには、他の地方から人を呼び寄せるしかないらしい。

 わざわざ外から人を呼び集めるにはどうしたらいいか? と書かれている。


『まずは生産者の家族が住む住環境を整えるのはどうでしょうか? 住む家、学校、病院。これらを用意。茶生産を行う人間は、安定した生活が保障されると解れば人が集まると思います』


 津波の影響で、まだまだ福祉施設の復旧も足りていない。ロンドヴィルムの人の為になるものを増やし、それで外部の人を呼び込めるなら、一石二鳥だ。リーリア様にお願いしていた、支援基金も少しづつ集まりつつある。それを当てれば建設は可能だ。


 手紙の返事を書いているうちに、うっかり昼ご飯を食べ損なって、ウェイドに叱られる。


「お嬢ちゃん。食べなきゃいつか倒れるぞ。お嬢ちゃんに倒れられたら困るんじゃからな」

「すみません。ウェイドさんもお体にお体にはお気をつけて。無理されてウェイドさんに倒れられたらカンネで紅茶が作れなくなります」


 わかっておる……と笑いながら食後の昼寝に行った。朝が早い分睡眠時間不足だから、昼寝が不可欠らしい。

 ヨハンが昼ご飯に……とカレーを用意してくれた。カレーと言っても、日本のカレーとは全然違う。ココナッツミルクをベースに、様々な具材、様々なスパイスを駆使し、一度に何種類ものカレーを作る。

 たくさんのカレーから、3〜4種類のカレーを選んで、ぱさっとしたご飯に添えて、手で混ぜながら食べる。肉や魚だけでなく、豆やナッツやフルーツのカレーもあって、甘いのも辛いのもある。カレーの種類や混ぜ方で、味のバリエーションは無限大だ。

 最初は手で食べる事に抵抗があったけど、慣れると面白い。辛いカレーと甘いフルーツのカレーを混ぜると、辛さがマイルドになるな。中途半端な混ぜ方だと、一口ごとに違う味になって、変化がでて面白い。


「茶師の姫君は、すっかり手で食べるのがさまになってきましたね。最初はよく食べこぼしてたのに」


 ヨハンに笑われてむすっと拗ねる。食べ方にコツがいるのだ。慣れるまで時間がかかってもしかたがないじゃない。

 でも……ヨハンはどこか嬉しそうだ。どうやら、貴族のお姫様が手で食事をする……なんて下品な事すると思わなくて、そこまでカンネの文化に理解を示してくれたのが嬉しいらしい。他のカンネの人々も、最初は私を持ち上げて「茶師の姫君」と崇めてた所があったけど、最近はもっと親しみを込めて名前を呼んでくれる。


「茶師の姫君。良い果物がとれたんだ。持っていっておくれ」


 午後茶畑の視察巡りの帰り道、近所のおばあさんにそう言われ、断れずに受け取った。……けど、山盛り過ぎて一人じゃ消費しきれない。ヨハンのご近所さんに配ってもらおう。

 夕食前のおやつ代わりに少しだけいただく。味的には地球だとマンゴーに近い。完熟したのはねっとりとした甘さが濃厚で、ちょっとまだ青いのはしゃきっとした歯触りが良く酸味が強い。どちらも好きなので、自分で勝手に果物を切って食べてしまう。手が果汁でベタベタになるけど気にしない。


 カレーを手で食べ、果物をかじりつく。地元の人と変わらない食生活。そうして同じ生活をしてみて初めてわかる事が色々ある。この土地の人が好むお茶の味も、水の相性も。カンネの気候や風土に沿って自然に作り出された物なんだ。砂糖がたっぷり入った、ミルク入りの緑茶がカンネの食事によくあって、段々美味しく感じられるようになってきた。

 たぶん……紅茶ができたら、もっと食事に合うと思うけど「緑茶に砂糖とミルクなんて」という、私の否定的な固定概念は、勝手な押しつけだったかもしれない。


 カンネの強い日差しを毎日浴びて、以前より日焼けしたし、畑巡りをして足腰も丈夫になったし、製茶の手伝いをして手あれも増えた。

 まったく貴族の姫君らしからぬ姿と、生活。そんな日々が私らしくて楽しい。

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