カンネへ2
カンネに到着した日は、長旅の疲れがあるから……と仕事はせずに休む事にした。ウェイドに言われたとおり、水の違いを推測してお茶作りというのは難しいものだ。でも……カンネの人達は、今までもそういう違いを知ってて作ってたのよね? これから教えてもらいながら勉強し、アルブムで飲んだ記憶を思い出しながら頑張ろう。
ロンドヴィルムの方がアルブムの水に近いから、ロンドヴィルムに茶葉を持って行って試飲するのもいいかもしれない。
色々考えながら、決意を胸に眠りに落ちた。
翌日。早速私は地元の色んな人に挨拶回りに伺う。予想以上に「茶師の姫君」の噂は広まっているらしい。アルブムからだけでなく、ロンドヴィルムを経由する商人達から聞いたのだとか。今まであまり良い印象がないあだ名だったけど、初めからこうやって好意的に見てもらえるなら、このあだ名も悪くない。
私が挨拶周りをしてる最中、ウェイドは「ちょっと散歩してくる」と言ってウロウロ土地を歩き回ってた。農家の視察かな……と思ったけど、どうやら山の中に行っていたようだ。この人が何をしたいのか、未だに良くわからない。
数日かけて挨拶回りも終わり、やっと紅茶作りが始められるぞ……と意気込んだ所でまたつまづく。
「紅茶づくりはまだまださきじゃ。ほれ……建設中の建物があったじゃろう? あれは紅茶用の工場を作ってるのじゃ。あれが完成するまで、紅茶は作らん」
ウェイドにきっぱり断言され焦った。
「ま、待ってください。設備は大事ですけど、茶葉はあるのだし、紅茶の作り方の練習をしても……」
「無駄無駄。商品として作るのと同じ環境の方がいいじゃろう。それにそれより前に、するべき事は色々あるんじゃよ。夢見るお嬢ちゃんにはわからんじゃろうが」
また馬鹿にされた。とはいっても、ウェイドは本職の茶職人。技術指導はウェイドの担当で、ウェイドにやらないと言われればどうしようもなかった。
「お嬢ちゃんには厳しいかもしれんが……今日は山登りをするのじゃ。ヨハン、案内してくれんかね」
気分はピクニック? ウェイドがとても生き生きしてて、そのマイペースぶりに呆れた。ヨハンもいつの間にか「はい! 師匠」なんて言ってる。いつのまに師弟関係になったんだろう……と、遠い目。
ヨハンに案内されて歩く途中、色々話を聞いた。
「ウェイドさんは茶農家として、長い経験があるのでしょう? 経験というのはそう簡単に身に付かないし、貴重なんですよ。僕、アルブムの学院で農業の勉強はしましたが、その分現場経験が不足してて」
「アルブムの学院に行ってたのですか?」
「ええ。流石、首都。カンネとは比べ物にならなかったな。学院も面白かったし。ああ……茶師の姫君もアルブムに行ってたんですよね。あのソフィア嬢は、あいかわらず変な器具製作してるんですか?」
カンネにまで轟くソフィアの変人ぶり。流石だ。ソフィアの考案した製茶器具の話をしたら、ヨハンの食いつきが凄い。
「あのソフィア嬢の作る製茶器具なら、妙な刃物さえ取り外せば役にたつだろうな」
ちょっと嬉しそうだ。なんだかんだいって、ヨハンもお茶バカなのかもしれない。ウェイドを師匠と呼んだり、ソフィアの製茶器具に興味を示したり。お茶を作るという情熱が一致するなら上手くやっていけるかも。
「茶師の姫君。足下に気をつけて。ここから先は足場が悪いので」
確かにもはや道なき道を行く……状態だし、それで転びかけるんだけど、その度にヨハンに腰を掴まれたり、肩を抱かれたり、ちょっとスキンシップ過剰じゃないでしょうか……。
ジャングルの如く山の中を歩いていたら、ウェイドが一本の木の前で立ち止まった。
「サイレスの木……じゃな? あちらにもある。ヨハン。この木はこの辺りではよくあるのかね?」
「そうですね……それ程珍しい木じゃないですし、探せば結構あると思います」
「ふむふむ……傾斜も良い感じじゃし、後は土がどうか……」
ウェイドがぶつぶつ言いながら、地面を触ったり、木々の隙間から空を見上げたり、しばらく立ち止まって考えて言った。
「良し、ここに畑を作るのじゃ!」
「え? ここに畑を作るんですか?」
「そうじゃ。ヨハン。サイレスの木は全部残し、残りは全部伐採し、開墾して畑にしておくれ」
それだけ告げて「今日は帰ろう」と勝手に山を下りて行った。既に茶畑はたくさんあるっていうのに、どうしてこんなジャングルのまっただ中に新たに畑を作るのか。本当にウェイドの考える事はよくわからない。




