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茶師の姫君〜異世界で紅茶事業を始めました〜  作者: 斉凛
第1章 ロンドヴェルム編
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君の思いはどこにある<書き下ろし追加シーン>

 鬱陶しい雨雲が覆う空は、今にも雨というなの涙をこぼしそうな様子を見せていた。そんな時でもマリアは日課の茶摘みに精を出している。そしてそんなマリアを遠くからぼんやりと見つめるジェラルド。

 大きな木下で、幹に寄りかかって座る姿はだらしがないのに不思議と様になっていた。ぽつり小さな雨粒が落ちるそれを見てジェラルドが言った。


「雨振って来るよ。いい加減仕事なんて辞めちゃいなよ」

「後少しやったらね」


 顔を向ける事も無く、もくもくとマリアは作業している。そっけないマリアの姿を不思議そうに眺めながら、ジェラルドは続けて言葉を紡いだ。


「マリアって本当に仕事好きだねぇ。お嬢様なんだし、のほほんとお茶して遊んでいればいいのに」


 それまで熱心にしていた茶摘みの手をとめ、マリアはジェラルドを振り返った。


「ジェラルドこそ、何もせずにだらだら過ごすだけなんて楽しい? 私は仕事が楽しい。自分の作った紅茶を美味しいと言ってくれる。必要とされてるんだって実感が持てる。生きてる感じがするの。だから仕事は好きよ」


 キッパリと言い切る姿はいっそ清々しいほどだった。雨粒がしだいに大きくなって来た所でマリアも諦めたようだ。茶畑から出てジェラルドのいる大木の木陰で雨宿りを始めた。間近で見るジェラルドの空色の瞳はとても綺麗で、でも今日の天気のように曇っていた。


「確かに何もしないでだらだら過ごしてると人間腐るよね……。自分でも時々凹む」

「だったら……」


「でもさ……僕は今の状態が幸せなんだ。この穏やかで優しい街で、好きな時に紅茶を飲んで、好きな時に昼寝して、お人好しのマリア達と穏やかで平和な時間を過ごす……。それが僕にとっての最高の贅沢で一番大切な宝だよ……」


 ジェラルドの表情が暗くてよくわからなかったが、頬を透明な液体が伝う。それは雨か涙かわからないが、ひどく傷ついた悲しげな表情をしていた。

 私達が当たり前のように過ごして来た平和な時間が、ジェラルドには無かったのだろうか? だとしたらそれはとても可哀想な事だと思う。

 でも……とまだ自分の口からは反論がこぼれ落ちた。


「でも……幸せは努力の上でなりたってるのよ。何もしなくて手に入る物なんて無い。幸せは追い求め、努力して、自分の力でつかみ取るものじゃない?」


 ジェラルドははじかれたように私の顔を正面から見て、目を見開いた。


「でもまだ僕は働きたくないんだ……だって僕が動いてしまったら……」


 それ以上ジェラルドは続く言葉がないようだった。言えなかった言葉という事だろうか。まるで道に迷った子犬のようなその不安げな表情に思わず胸が締め付けられる。

 事情はわからない。でもジェラルドはただだらだら過ごしている訳じゃなかったんだ。きっと何かと闘って葛藤してるのだ。そう思ったら自然と応援したいと思った。


「ジェラルド……。大丈夫だよ。当分遊んでていいから。ジェラルドが食べていく分くらいは私が働いて稼ぐし。心配せずのんびりごろごろしてていいよ」

「マリア……」


 ジェラルドはいつもの軽薄な笑みを無くして、子供のように涙をこぼしながら私にしがみついた。声は立てなかったけど、泣き崩れていた。

 どう慰めていいのかわからない。だから私はただ優しくジェラルドの背中を撫でた。


 ジェラルドは私がいないとダメになっちゃうんじゃないかな……本当にダメ男……と思いつつも、それがとても居心地よかった。

 私の仕事を邪魔せず、ただいつも側で見ているだけの男。恋愛なんてもうゴメンだから、ペットのようなただ側にいるだけの関係が心地よい。

 私はジェラルドに何も求めない。ジェラルドも私に何も求めてない。私達が願うのは、ただ平凡で平穏で退屈な日常。

 ジェラルドの平和がいつまで続くのか不安もあったが、一日も長く続く事を私は願った。

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