死者からの手紙
アンネ・ウィズリーが自殺した。そう聞いた時は耳を疑った。そしてあの程度の事で心が折れてしまうような、弱い娘だったのかと残念な気持ちになった。もう少し鍛えがいのある、官吏として見込みがある……とそう感じていたからだ。
「宰相……あの……少々ご相談が」
「ん? どうしたのだ?」
リドニーの秘書官の長を勤める、長年の側近がちらちらと周りを見つつ、困ったような表情を浮かべていた。他の人間に聞かれては不味い事なのだろう。すぐに他の者を退出させて話をするように言った。
「実は……自殺したアンネ・ウィズリーから、宰相宛に手紙を預かっていたのです。もし自分の身になにかあれば、誰にも知られずに渡して欲しいと。まだ私も中は確認していません。いかが致しましょうか?」
「見よう。出してくれたまえ」
リドニーは受け取った手紙を恐れながら開いた。まさか自殺ではなく、誰かに殺されたとか、その恐れがあったから書き置きしたとか、そんな想像までしてしまったからだ。
しかし大きな封筒をあけると、中には2つの封筒があった。そして片方には「遺書」とはっきり書かれていた。悪い予感が外れて安堵する。
そしてまずリドニーは遺書と書かれていない方の手紙を開けた。
『宰相様。これをご覧になる頃には、私は死んでいると思います。自殺するほど弱い人間だったかと、愚かに思うかもしれません。ただこれは私が官吏として、最良の方法だと考え、覚悟して死にます。未熟なばかりの浅慮と笑わないでいただけると嬉しいです』
そういう書き出しで始まったアンネの手紙は、読み進めると驚きに満ちていた。
実はリドニーは以前から帝国軍内部にザクソン王国への内通者がいると疑っていた。そして内部調査を行っている最中で、何人か怪しいと思われる候補はいたのだ。だが証拠も無く絞り込めなかった。
また内通者が一人とは限らない。蜥蜴の尻尾切りのように、一人を生け贄に内通者が軍内部に残るのは問題である。内通者の全員を洗いだし、同時に処分して一気に根絶やしにする。そして今後他国への内通など、誰も考えさせない。見せしめは重要だ。
そしてあのカンパニーヌ領の反乱。陳情を聞く以前からあの地方には目を付けていた。それでさらに調査をした結果、影にザクソン王国の関与があったのだ。
もしカンパニーヌ領が反乱を起こし、それを帝国軍に依頼して兵を送らせたら……。おそらく内通者がすぐにザクソン王国に密告し、兵の派遣に対抗してザクソン王国からも軍隊が来る。ただの内乱が戦争になりかねない問題になってしまう。
そこで帝国軍を動かさず、皇帝直轄の衛兵や憲兵をかき集めて、いつでも派遣できるように準備していた。
寄せ集めの軍隊なため、軍隊としての練度が低く、想定より被害が多かったが、戦争になる事に比べたら少ない被害と言えた。
しかし皇帝直轄軍からの派兵は、将軍を含む軍部から、激しい反発を受けていた。反乱の鎮圧は帝国軍の仕事であるのに、越権行為だと。
予測できた反発だったので、今その対応を行っていたのだが……。アンネはその帝国軍の反発を知り、リドニーの意図を正しく読み解き、なぜ帝国軍を動かさないのか、正しく理解していたのだった。
アンネ一人で調べ上げたのだろうが、その推測はすべて正しく、アンネという小娘と馬鹿にしていた事を恥じた。
そして内通者の存在の示唆だけでなく、こう手紙には書かれていた。
『帝国軍内部から、なぜ帝国軍を動かさなかったのかと反発が大きいでしょう。
しかしまだ内通者が誰か判明していない段階で、相手を警戒させる事はできません。だから私の自殺を利用してください。
同封した遺書には表向きは内乱を未然に見抜く事ができずに、兵を派遣させてしまったのは私の判断ミス。
官吏側のミスの尻拭いを帝国軍に依頼できないと、私が皇太子殿下に頼んで兵を動かしてもらった。皇太子殿下の寵愛を利用した浅はかな小娘のワガママという事にしてあります。
ただし内通者が見れば、見過ごせない内容をわざと書きました。この遺書を利用して、内通者をあぶり出してください。私のような小娘の命一つで、この国が救えるなら喜んで身を捧げます。
「時には少数の犠牲を覚悟する」その言葉通り私が犠牲になります。どうか私の死を利用してください』
リドニーは読み終わると、目頭を押さえてしばらく沈黙した。アンネの覚悟が、挟持が、予想以上で、惜しい人材を無くした事に、珍しく泣きそうになったからだ。
だが……泣いてほしくてアンネは死んだわけではない。自分の死すら利用してくれというのだ。これをいかさなければ無駄死にになる。
リドニーは遺書の内容まで確認し、これをどう利用するかまで検討を始めた。その脳裏にはアンネへの憐憫はなく、冷徹に考えるいつもの宰相としての挟持があった。
アンネという犠牲を胸に刻み込み、国のために最良の判断を選ぶ。それがアンネへの供養だと思う。
そしてアンネの遺書を利用して、内通者をあぶり出し処刑した。アンネの死は無駄にはならなかった。




