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茶師の姫君〜異世界で紅茶事業を始めました〜  作者: 斉凛
第1章 ロンドヴェルム編
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同じ運命なんて絶対に嫌だ

 黄昏時ももうじき終わる。いい加減頭も冷えて冷静になった。家に帰ろう。そう思いとぼとぼと歩いていた。

 本当に私は昔から不器用だ。前世から変わらない。嫌な事があると何も言えずに逃げ出してきた。


「君は俺より仕事の方が大切なんだろう」


 ふと思い出す。嫌な言葉。とっくの昔に封印したはずの前世のトラウマ。仕事に理解ある、自分を支えてくれるパートナーだと思ってた。そのうちプロポーズされるんじゃないかと淡い期待まで抱いていたのに。

 いきなり去って行ったあの男。

 違う、そんな事ない、貴方が大切なの。そう言葉にできたなら引き止められたのだろうか。

 でも何も言えなくて、心にとげが刺さったまま今だに抜けずにくすぶり続ける。


 ああ……だから恋愛とか、男とか嫌なんだ。仕事は頑張った分だけ報われるのに、恋愛は報われない。

 ダンスなんてあんなに密着して踊るから、ジェラルドの事なんて全然眼中になかったのに、妙に意識してしまった上に、こんなトラウマまで引きずり出されて……。

 だからダンスなんて嫌いなんだ。


 ぼんやりとそんな事を考えていたせいか、薄暗くなって来たせいか、通い慣れた山道だったはずなのにいつの間にか道を外れていた。

 気づいた時には崖のそばだった。不味いっと焦ったのもいけなかった。うっかり足を踏み外して崖の下に落ちかける。


 ガッ!

 近くの木を掴んで、何とか踏みとどまり崖下まで転がり落ちる事は防いだ物の、少し落ちてしまった。しかも山肌の斜面に孤立したような場所で、戻る道もない。不安定な足場は今にも崩れそうだった。


 どうしよう……。ぞわりと悪寒が走る。前世で私は山の上で転がり落ちて転落死した。また同じ道を歩みたくなんかない。

 生きたい……。もっと生きて……それからどうするの?

 そこで自分の壁に突き当たる。生きたい気持ちは変わらないけれど、自分の未来を思い浮かべることができない。

 ダメだ! こんな所にいるからよけい不安が煽られるのだ。早くここから脱出しないと。日が暮れてからの山の捜索は困難だろう。


「誰か! 助けて!」


 心の底から願って叫んだ。もう一度生きるチャンスをもらったんだから、こんな所で死にたくない。

 何度悲痛な叫びをあげて崖の上を見上げただろう。そうしているうちに今にも日が落ちかけていた。


 そこにふわりと一陣の風が吹き私の頬を撫でる。


 振り返ると風のクッションに包まれているようにゆっくりと降りて来るジェラルドの姿があった。

 風は淡くジェラルドの瞳のように青く光り瞬き、ジェラルドの体を優しく包んでいる。まるで風の精霊に愛されているかのように幻想的な光景だ。


「……!」


 私は驚きですくみ、呆然とジェラルドを見つめる事しか出来なかった。風が私のいた地面の足場を削り、こらえきれずに落ちかける。

 しかしジェラルドが手を伸ばすと青い風がロープのように伸びて私を絡め取ったかと思うと、あっという間にジェラルドの元に運んでしまった。


「よかった……無事で」


 ジェラルドは空に浮いたまま、私をきつく抱きしめて、大きくため息をついた。その声がかすかに震えていて、本当に私の事を心配してくれたんだと言う事が伝わってくる。


「ありがとう」


 珍しく素直にそう口にすると、ジェラルドは嬉しそうに笑った。そのまま風に包まれて私たちは崖の上へと戻って行った。


「さあ、帰ろう」


 ジェラルドがまるで何事もなかったように自然にそう言うから、思わず頷きかけたけど、私はその袖を掴んで引き止めた。


「待って! さっきのあの風……」


 ジェラルドは笑顔を消して悲しげな顔をした。


「魔法だよ。できればこの力の事は誰にも言って欲しくないな……」


 ジェラルドの顔があまりにも悲しそうだったから、私はただ黙って頷いた。


「良かった。じゃあマリアは道に迷った僕を捜してただけ。それでいいよね」


 私はそれも黙って頷いた。


 この世界に魔法使いがいる事は知っていた。しかし非常に希少な存在だ。産まれて一度もであった事はない。

 魔法の能力は遺伝もしないし、努力でも身に付かない。ほんの一握りの生まれつき才能を持った人間だけのもの。

 どんな魔法でも能力があるだけで手厚く保護され、一生食うに困らない。それだけにその才能の持ち主は第一線で活躍している。


 それなのに……ジェラルドはあんなすごい力を持っているのに……。こんな田舎で何もせずに遊び暮らしている。

 どうしてなのか……。ジェラルドって一体何者? 今まで何も聞かなかった過去が急に気になり始める。


「ジェラルド……」


 呼びかけると背を向けていたジェラルドが振り向いた。すでに日が暮れて月明かりの下で見るジェラルドの容姿は、怪しいほどに美しい。自分の胸の中でどきりとときめく物を感じた。


「なに〜。マリア?」


 その時ジェラルドがへらりと情けない抜けた笑顔を浮かべたから、はっと我に帰る。ジェラルドはただ飯ぐらいの穀潰し。ただのヒモじゃない。


「……な、なんでもない」


 ジェラルドの過去なんて今はどうでもいい。ジェラルドはただジェラルドのままでいいじゃないか。

 恋愛なんて当分いらない。でも私を癒してくれる、ペットのようなこの男がもう少し側にいてくれたらと願った。

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