故郷からの便り
リドニー宰相との交渉の後、私はすぐに資料室で調べ物に没頭した。茶師としての最低限の時間以外はほとんど資料室で時間を過ごし、資料を見ながら考える。
そして到達した結論と自分がすべき事を見つけ出す頃に、リドニー宰相から茶会の開催の決定と日取りの連絡が来た。
私はすぐにラルゴに会って、茶会のために長期休暇を申し出た。ラルゴが何も言わなかったのは、具合が悪い為か、私のやる事がわかっていたからか……。
翌日には私は、アルブムで自宅としていた屋敷に、連絡もなしにいきなり帰る事にした。
「お帰りなさいませ、お嬢様。急にどうなさったのですか?」
「急いで茶会の準備をしなければいけなくなったから、専属茶師の仕事は休暇を貰ったの」
キースが私の顔を見て、不安そうな表情で、一通の手紙を差し出した。
「お嬢様がご無事で何よりです。実はちょうどお嬢様に、この手紙を届けに行かなくてはと思っていた所で」
差し出された手紙を受け取る。封が開けられているという事は、キースも中身を確認したという事だ。その上で急ぎ連絡をしようとしたという事は、重要な用件のようだ。
手紙の送り主は父だった。
『マリア、都での調子はどうかな? ロンドヴェルムは今困った事態になっている。至急ロンドヴェルムに帰ってきて対策をとって欲しい』
私は手紙を読み終えて小さくため息をついた。困った事態というのがなんなのか、もしかしたら私を呼び戻す為の嘘かもしれない。でも……そろそろ帰らないと不味いかもしれない。
「お嬢様。ロンドヴェルム行きの船ならすぐに手配いたします。早く帰りましょう」
「今はまだ……帰らない。帰れない」
「お嬢様! ロンドヴェルムが大変だという時にそのような事を……」
慌てるキースの言葉を遮るように手を差し出す。
「今は……よ。まだ私の仕事が残っているから。今度の茶会を終わらせたら、ロンドヴェルムに帰りましょう」
もうそろそろ潮時だったかもしれない。茶会で皇室問題の全てに解決がつけば、もはや私のするべき事はないだろう。
それに自分の家で、茶を作りながらのんびりする生活が恋しくなってきた。
「最後の仕事よ。キースも手伝ってくれない?」
「お嬢様のご命令なら、喜んで」
キースが丁寧におじぎをしながらそう答えた。
「まず手紙を書くから届けてきて。1通目はティモシー家のソフィア様に。2通目はクレメンス公爵家のリーリア様に」
「かしこまりました。今書き物の用意をいたします。お嬢様は少しごゆっくりお休みください」
その後私は二人に宛てて手紙を送り、キースに託して届けに行ってもらった。その間に、うちにあった茶の在庫を調べて確認する。
「このお茶でいいのかしらね……」
私は一つの紅茶を取り出して悩んでいた。ロンドヴェルムの自分の小さな畑で作った、本当に手作りの紅茶。私のこの世界の初めての紅茶だ。
ジェラルドはこのお茶を気に入ってよく飲みたいと駄々をこねられた思い出がある。
『決してこのお茶を他の人間にいれてはいけない』
父の言葉が頭の片隅をよぎったが、私はそれを振り払って決意を固めた。
「ジェラルドの心を動かす為にも、これを使うのが一番よね」
翌日、私はソフィア様から許可を貰い、久しぶりに会いに行った。
「マリア〜久しぶり。元気? 今日はどうしたの?」
「ちょっとソフィア様にご相談があって。お茶飲みながら少しお話いいですか?」
茶が苦手だというソフィア様の為に、あまり渋くなく飲みやすいお茶を選んで、淹れながら話をした。
「城でラルゴ殿下から話を聞いてきました。本当はソフィア様はラルゴ殿下とお会いしたいのではないですか?」
ソフィアはぴくりと眉を跳ね上げたが、無言で茶に口をつけた。
「アンネ様の事は聞きました。ラルゴ様にも、リドニー宰相にも。でもソフィア様は誤解をしてらっしゃいます」
「誤解?」
ソフィアは可憐な表情で不思議そうに首を傾けた。
「一つ確認を。前に聞いたソフィア様のお話。ジェラルドもあれと同じように考えていると、思ってよろしいのでしょうか?」
ソフィア様は、ゆっくりと茶を冷ましながら頷いた。
「うん……あれはジェラルドから聞いた話だったから」
「それでは二人の誤解を解かないと行けませんね。今度皇室の皆様を集めてお茶会をするんです。ソフィア様もいらしてください」
ソフィア様は驚いたように目を見開いて、ぶんぶんと首を横に振った。
「そ、そんな、下級貴族の私が、そんな場所、場違いだよ」
「でも……ラルゴ殿下も、ジェラルド殿下も幼なじみでしょう。何を遠慮する事がありますか。それともラルゴ殿下と会うのが怖いですか?」
ソフィアの肩が小さく震える。切なげに伏せた目がそこはかとなく色っぽい。迷い、揺らぎ、それでも忘れられないのだろう。ラルゴの事が。
「ソフィア様。私もいますから。勇気を出してきてください。後日招待状を送りますね。ところで一つ聞きたい事が……」
私はソフィア様に、アンネ様が好きだったお茶の銘柄を聞いて確認した。最高の茶会を始める為の、準備の始まりだ。




