表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
74/124

和解の取引

 翌日ラルゴは調子が悪くて昼間から寝込んでいた。そのためお茶の時間もなし。ラルゴの容態は気になる物の、ラルゴの世話は私の仕事の領域ではないため手は出せない。

 仕方が無いので自分のやるべき事をしようと勇気を振り絞った。

 やってきたのはリドニー宰相の執務室。おそるおそる近づくと、中から人の声が聞こえてくる。こっそり覗くと応接室にはリドニー宰相と皇后がいた。


「リドニー、それではそのようによろしくお願いしますね」

「かしこまりました。陛下」


 ちょうど話が終わった所のようで、皇后陛下が立ち上がってこちらに近づいてくる。私は慌てて扉の影に隠れた。幸い皇后は私に気づく事無く廊下を歩いて行く。

 ちょうどその時ジェラルドが通りかかった。


「母上。お時間があったらお茶でもいかがですか?」


 ジェラルドがおそるおそる聞くと、皇后は冷たい視線を浴びせていた。


「遊んでいる時間があったら仕事をしなさい」


 そう言って立ち去って行った。もっともな言葉だが、実の息子にかなり厳しい態度だった。ジェラルドはしょんぼり落ち込んでどこかへ行ってしまった。

 この前の舞踏会でもジェラルドを無視するような行動をしていたり、実の母親なのにジェラルドの事が嫌いなのだろうか?


「ジェラルド殿下の事が心配ですか?」


 いきなり背後から声が聞こえて、慌てて振り向くとリドニー宰相がそこにいた。相変わらず好々爺という感じの柔和な笑みを浮かべており、何を考えているのかよくわからない。


「わしに用が会っていらっしゃったのでしょう? どうぞお入りくださいませ」


 言われて室内に入り、応接用のソファに座る。召使いが運んで来たお茶とお菓子に戸惑いつつ私は手を付けた。その間、リドニー宰相は秘書に色々と指示を出していた。


「これで今日処理が必要な案件は終わったな。また後で来なさい。しばらくは人払いを」


 リドニー宰相がそう告げると、部下も召使い達も去って行った。そして私の向かい側に座り、冷めかけたお茶を入れて飲む。


「さて……ご用件をお伺いしましょうか」


 声は温厚に、しかし空気は緊張していた。ゆっくりと様子をみつつ切り出す。


「アンネ様の自殺の理由を知りたいのです。ラルゴ殿下がリドニー宰相に聞けと言われましたので」


 リドニー宰相は糸のように目を細めて、ゆっくりと呼吸して、私がじれるのを待つかのように答えた。


「殿下がそのような事を……わしは嫌われていると思っていましたがな……」

「嫌っている様ですね」


 素直にずばっと言ったら、リドニー宰相は大笑いした。


「いや……実に正直で清々しいですな……、駆け引きは苦手と見える」

「はい。苦手です。だからもったいぶらずに教えてもらえると助かります」


 リドニー宰相は微笑みながら首を傾げ、あごひげを撫でた。


「それを教える事で、わしに何かメリットはあるのですか?」


 そう言われて私は無言になった。正直自分に出来る事など、茶を入れるくらいだ。しかしそれくらいの事で、目の前の人物は動きそうにない。


「逆に私に何をしろと?」


 リドニー宰相は口の端だけゆがめて、厭な笑い方をした。


「そうですな……。ジェラルド殿下に皇太子になる様に説得するとか……」


 やはりそう来るのか……と思った。だがそんな事はしたくなかった。ラルゴがどれだけ努力してるかも知ったし、何よりジェラルドが望んでもいない事はできない。

 それでも私ができるギリギリの事を考えて聞いてみる。


「今、ジェラルド殿下は公務をすべてさぼって遊んでいらっしゃるとか」

「そのようですな」


「では……皇太子は無理でも、せめて公務を真面目にやるように説得はいかがですか?」


 リドニーの目が小さく瞬きをし、真剣な表情であごひげを撫でつつ、少しの間考えているようなそぶりを見せた……。


「まあ……その辺りが妥当でしょうな……よろしい。ジェラルド殿下が公務に復帰するように説得する代わりに、わしの知る限りの事はお話ししましょう」

「ありがとうございます」


 それからゆっくりとリドニー宰相の言葉を聞いた。声も表情も終止穏やかで、まるで世間話のような、どこか他人事めいた話し方だった。

 しかしその内容は私の心に突き刺さり、胸が痛んだ。私の想いが表情に出たのだろう。リドニーは話を終えてくすりと笑った。


「会った事のない娘に同情しますか?」

「大切な友人の大切だった人ですから」


「大切な友人? ジェラルド殿下の事ですか?」

「ジェラルド殿下、それにソフィア様や、ラルゴ殿下もです。三人が過去の呪縛から解き放たれて、自由に幸せになる事を願います」


 私がそう言い切ると、リドニー宰相は小さく笑い声を上げた。


「なるほど……面白いお嬢さんだ。それで? どうするのですか?」


 私は今まで知った全ての情報を頭の中で整理して、よく考えた。そしてそれをどういう形で実行するか……。


「もう一つ聞いても良いですか? 皇后陛下はなぜジェラルド殿下に冷たい態度をとるのでしょう? 殿下が人を殺めたからでしょうか?」


 リドニーはゆったりと微笑みながら答えた。


「そうですな……。昔は皇后陛下はジェラルド殿下を溺愛してましたな。自分によく似て、何においてもラルゴ殿下より勝る所を寵愛していた……。だが……それが誤りだと思ったのでしょうな」

「誤り?」


「どんな理由にせよジェラルド殿下は人を殺めた。罪人は法の下で裁きを受けるべきであり、私怨によって勝手に裁いて良い物ではない。まして皇室の一員ともなれば、臣下の模範となるべきでしょう。それなのに殿下は理をゆがめた……。皇后陛下は自分の責任だと強く責めたのですよ」

「責任?」


「自分が甘やかしたから、そのような過ちを犯したのだと。それにジェラルド殿下は元々公務に熱心でなく、皇子として模範的とも言えませんでしたしな。厳しく接する事で、ジェラルド殿下を鍛え直したかったのでしょう」


 私はそれを聞いてさらに深く考え込んだ。皇后の考えもよく理解できる。法律で捌く事なく人を殺め、処罰もされない。しかも公務もせずに遊んでいる。皇子としては失格なのだろう。でも……それには色々事情があるし、ジェラルドなりの言い分もあるだろう。


「リドニー宰相。最後に2つお願いがあるのですが」

「なんですかな?」


「1つは皇帝夫妻とお二人の殿下、そしてソフィア嬢を招いてお茶会を開きたいのですが、皇帝夫妻にその時間を作っていただく事は可能でしょうか?」


 リドニーは少しだけ真剣な表情で思案した後、にこりと微笑んで答えた。


「可能ですな。ただしそれは一つ条件を付けても良いですかな?」

「何でしょう?」


「その茶会に、わしも出席させてもらいたい。噂の茶師殿のお茶を飲んでみたいですからな」


 自分の腕を試されてる。そう感じた。茶師としての腕だけでなく、人と人との和解を促す役目として。……でも私は、そのためにラルゴの専属茶師になり、今まで色々調べてきたのだ。引くわけにはいかない。


「それともう一つは、アンネ様が亡くなられた頃の資料をいくつか拝見したいのですが……」


 リドニーはちょっと驚いたように目を見開いた後に、こう付け加えた。


「何を調べる気ですかな?」

「アンネ様の死を客観的に見つめ直したいと思いまして」


 リドニーは愉快そうに笑って答えた。


「なるほど。人に聞いた事を鵜呑みにしない。裏付けを取るというのですな。なかなかに慎重で聡明なお嬢さんだ。よろしい。一般の役人が閲覧できるぐらいの物でよければ、資料室を見る許可をだしておきましょう」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」


 すでに冷えきった紅茶を口にして、私はそう言い切った。もう後には引けない。幕引きの準備を始めよう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ