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噛み合ない歯車

「ねえ……聞きたい事があるの」

「なに?」


 ジェラルドは安心したのか、私の入れた茶を飲みながら微笑んだ。お茶を飲みながらまったりおしゃべり。やっぱりお茶というのは堅苦しい物より、こういう気楽に楽しむ物だなと思う。


「アンネ様の死が公務をさぼって遊んでいる理由にも関係あるの?」


 ジェラルドは困ったように言いよどんで少し沈黙してから答えた。


「うん……そうだね。僕は怒りにかられて人を殺した。そしてこの都を追放された。だからといって僕の罪が消えるわけじゃない。僕はもう王族でいる資格なんてないと思うんだ」

「だから王族としての責務を果たさないと」


「うん。このままさぼり続ければ、いずれ見捨てられて王族の地位を抹消されないかな……とね。アンネが死んだあの日から時間が止まってる。もう僕は自分が幸せになろうと思ってなかった。マリアに会うまでは」


 そこで言葉を区切ってティーカップをおくと、ジェラルドは私の目をじっと見た。


「マリアと会って、マリアが一生懸命仕事してる姿を見てね。アンネを思い出した。彼女みたいに働く事を生き甲斐にする女性がいるなら、それを助けたいなって。でももうマリアは僕の力がなくても立派に仕事ができるから、もう僕は必要無いなって」

「ジェラルドのバカ……私はね、ジェラルドも幸せにならないと許さないんだから」


「ありがとうマリア。でもそれだけじゃないんだ……」

「もしかしてラルゴ殿下の事?」


 ジェラルドは小さく頷いて、真剣な表情をした。


「兄上が努力してる事も、皇帝になる事に強くこだわっている事も知ってる。それなのに弟の僕を皇帝にしようとするものがいる。僕は兄上の邪魔をしたくないんだ」

「それ……ラルゴ殿下に言ったの?」


 ジェラルドは首を横に振って答えた。


「アンネが死んだ後、僕らはまともに話をしていないんだ。僕は兄上がもう少し力になってくれてたら、アンネの死は止められたのではと思ってしまう。でも兄上も自分で自分を責めて僕らに後ろめたい気持ちもあるのかもしれない。話しかけようとすると避けられてる気がする」

「私がラルゴ殿下と一緒の所に、ソフィア様と二人で駆け込んで来たじゃない。あの時は話しなかったの?」


「あの時はマリアの事でいっぱいだった。兄上の側にマリアが行ってしまったら、またアンネみたいな事になるんじゃないかって。ソフィアも同じように思ったみたいだよ。だからマリアに近づくなってそれだけ言ったんだ」


 なんとも噛み合ない兄弟だ。それぞれの話を聞く限りどちらが悪いわけでもない。ただ闇雲に互いを疑いつつ、それでいて奇妙な愛情も感じる。


「私はね。ジェラルドとラルゴ殿下とソフィア様が、また仲良く3人で過ごせたらいいなと思ってる。そのためになにかしたいと思ってこの城にいるの。もし……少しでもラルゴ殿下と和解して、気持ちが近づけたら……ジェラルドも本気で公務と向き合ってくれない?」

「それは……」


 ジェラルドの言葉が何かいいかけてとまる。アンネの問題だけではなく、ラルゴの事を思う為に公務をしてないのだ。そこに思い悩んでいるのかもしれない。


「ラルゴ殿下はね……今すごい体調を崩しているの。もしかしたら何か大きな病気を抱えているのかもしれない」

「兄上が! そんな……。だってそんな姿見せた事もないし、普通に夜会にも参加してるよ」


「だから無理してるの。皇帝になりたいが為にね。ジェラルドがさぼってる分、仕事量も多いんじゃないかな? それで無理してる所もあると思うの。……色々言う人がいるのも解るけど、弟として兄を支える為に仕事をしても良いんじゃないかな?」


 ジェラルドはしばらく悩むように口に手を当てて、眉根を寄せて答えた。


「父上達が離宮で過ごす間、アルブムにいた皇族は兄上だけだった。いくらリドニーが仕事をさばいても、最終決定は皇族の誰かの許可を取らなければならない。確かに無理をして仕事を続けた可能性はあるね……兄上の様子はそんなに悪いの?」

「私は医者じゃないから詳しくはわからないわ。でも素人目にも重症だと思うわ。外では無理して平気な振りをしてるんじゃない」


 ジェラルドは一気にお茶を飲み干すとカップを静かに置いた。


「ごちそうさま。マリアにまだ約束は出来ないけど、公務の事は考えてみる。兄上の邪魔はしたくないけど、体の事は心配だからね。兄上は僕の事信用してくれてないみたいだから、急に真面目に仕事なんてしたら、かえって無理しそうな気もするんだ。だから慎重に考えたい」

「うん。そうだね。私は私のやり方で頑張るよ。お互い頑張ろう」


「頑張りたくないな……マリアのお茶飲んでるだけが良い」


 へらっと笑うジェラルドを、ごつんと叩いて言った。


「さあて、お茶が終わったならとっとと帰りなさい。こんな時間に遅くまで女性の部屋にいるもんじゃないわよ」

「マリアが誘ったのに……」


 ジェラルドは不満げにそう言いつつも、笑いながら窓から出て行った。残されたティーセットを片付けつつ思う。

 どこかで上手く噛み合ない、三人の歯車を自分が直せるだろうか。

 少し不安を持ったが、悩むより行動、そう割り切る事にした。

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