お茶の時間〜追想〜5
「ラルゴ!」
ラルゴが城の廊下を部下達と歩いていた時に、突然背後から呼びかけられた。振り向くとそこには今にも泣きそうな顔のソフィアがいた。公の場で、皇太子に対して敬称もつけない、そういう不敬さに部下達が不満の色を浮かべているのに気づきラルゴはそっと声をかけた。
「先に行っていろ。俺は用事がある」
そう言ってすたすたとソフィアの方に向かっていき、一瞬目を合わせた後、すれ違って歩いていていく。ソフィアは慌ててラルゴの後を追った。
ラルゴが向かったのは城の中で工作室と呼ばれた場所。ラルゴとソフィアがかつて親しく過ごした場所だった。
「ソフィア……。呼び捨ては場所を考えてくれ。そうでなければ、ソフィアの立場が悪くなるんだぞ」
「私の立場だなんてどうでもいいの。それより、ラルゴ、アンネはどうしちゃったの。家に帰ってこないし、しばらく会わないうちに、げっそりやつれて……ラルゴが側にいてどうして……」
ソフィアは怒ったようにラルゴに詰め寄るが、ラルゴはその視線を真正面から受け止めても、まったくひるむ様子はなかった。
「アンネは自分の仕事に真面目に取り組んでいる。確かに周りが仕事をさせすぎな所もあるが、それは仕方が無い」
「仕方が無いって……ひどいよ、ラルゴ」
だだっこのように泣き出すソフィアの手をとって引き寄せた。ラルゴは腕の中で抱きしめて、彼女の髪に顔を埋めながら答えた。
「女は官吏になれない。それがこの国の常識だった。それを変えようとしているのがアンネだ。俺やジェラルドが庇えば、ただの贔屓としか周りに見られない。実力を見せて周りを納得させるしか無いんだ」
ソフィアをキツく抱きしめつつ、切ない声を出すラルゴ。
「本当は庇ってやりたいよ。俺だってアンネの事が大切なんだ。でも、それはアンネのためにならない……だから……。わかってくれ」
ラルゴの真剣な声にソフィアは胸を打たれたように動きを止める。ラルゴの服をぎゅっと掴んで言った。
「わかった……今はラルゴの言葉を信じる。私にはどうしようも出来ない事だから、アンネの事よろしくね」
「当たり前だ。ソフィアの妹だからな」
ラルゴとソフィアの視点が一瞬絡み合う。その時ソフィアの頬が赤くなり、恥ずかしそうに目線をそらす。
「どうした? ソフィア?」
「ラルゴ近い」
「ん? なんだ今更。昔からこれくらい……」
ソフィアが慌てたように、ラルゴの腕から逃げ出そうとしたのを見て、ラルゴは強く抱きしめた。
「ソフィア……俺の事好きか……」
「……」
以前のソフィアなら、何のためらいも無く、無邪気な笑顔で返事をしただろう。だが今のソフィアは恥ずかしそうに俯くばかりで、返事をしなかった。
無言は肯定。そう受け取って、嬉しそうにラルゴはソフィアの耳にささやいた。
「俺はソフィアが好きだ。ずっとずっと前からな」
ソフィアはびくりと体を震わせて、ラルゴを見上げた。
「ラルゴは皇太子で、私は下級貴族の娘。釣り合いなんてとれないよ……」
「そんな事関係ない。好きな女は俺が決める。俺にとって一番はソフィアだ。それじゃ駄目か?」
ソフィアが顔中を真っ赤にして、目を見開いて止まった。そして泣きそうな表情になりながら、ラルゴの胸にしがみつく。
「駄目じゃない……」
「じゃあ……ソフィアは将来の皇后な」
「そんなの無理!」
「無理でもなんとかする。ソフィアにその気があれば、俺がどうにかする」
ラルゴはだだっ子をあやすように、ソフィアの頭を優しく撫でて微笑んだ。
「だからその俺にアンネの事は任せて、お前は笑っていてくれ。俺はソフィアの笑顔が見たいんだ」
「ラルゴ……」
ソフィアの見上げる視線は熱を帯びていた。ラルゴがその視線を受け止めて二人の視線は絡み合う。お互いが引き寄せられるように重なり、どちらからともなく、自然と二人の唇が重なった。それはどれくらいの時間だっただろう。
ほんのわずかな時間でも、愛し合う二人には大切な時間だったのだろう。
顔が離れたとき、ソフィアはぽーっと熱に浮かされたように、舞い上がったような表情をしていた。そこには年頃の女性特有の色気があった。ソフィアは女の色気を漂わせ微笑む。
「ラルゴを信じてる……お願い……アンネを……」
「ん……わかった。じゃあ約束にもう一度な」
そう言ってラルゴから求めるようにソフィアの唇を奪った。激しい口づけに、ソフィアの体が揺れる。自力で立っていられずにラルゴにしがみつくようにソフィアは抱きついていた。
人の目に触れる所で、気軽に名を呼ぶ事さえ出来なかった二人だが、それでもこの時二人は愛し合っていた。そして二人ともアンネの幸せを願っていた。
この時は……。




