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お茶の時間〜追想〜4

「アンネ。良い話しがあるんだ」


 ある日突然、アンネの元にジェラルドとラルゴがやってきてそう言った。兄弟の表情は嬉しそうで楽しかった。いつもライバルとして争い、ジェラルドに対して対抗心をむき出しのラルゴが、こうしてジェラルドと一緒に何かをしようとするのは珍しい。

 アンネは不思議そうな表情で、愛らしく首を傾けた。アンネはとても可愛い少女だった。最近はその可愛さは子供としてのではなく、女性としての魅力へと変わり始めている。

 そろそろ結婚適齢期になってくるから当然かもしれない。

 この国での女性の結婚は早い。15〜18歳くらいで結婚する事が多いのだ。そんな魅力的になっていくアンネだったが、精神的には内向的な性格のまま、人見知りで奥手で、ジェラルドとラルゴと父以外の男とはあまり上手に話せなかった。


「良い話? どうしたの? なんだかジェラルドとラルゴ嬉しそう」

「アンネ前に言ってたよね。自分は女だから官吏になれないと。でもね、特例が出たんだ」

 こう言ったのはジェラルド。


「特例?」

「俺とジェラルドが父上に推薦して、ハンス先生が太鼓判を押してくれた。アンネの才能は男と比較しても、素晴らしい能力だと。特別に皇太子秘書官の手伝い係にすると言ってくださったんだ」

 こう言ったのはラルゴ。

 

「秘書官の手伝い係?」

「名目としては秘書官の下で雑用する下働きだけど、慣れてくれば政務に関わる仕事も任せるって。実質的には官吏になれるんだよ」


 それを聞いた瞬間、アンネは信じられないように驚いた表情のまま固まった。そして徐々に表情を和らげると、花のような可憐な笑顔を浮かべた。


「嬉しい、ありがとう、ジェラルド、ラルゴ。私頑張るから!」


 これまで見せた事のないほどの、アンネのはしゃぎぶりを見て、ジェラルドもラルゴも嬉しくなった。彼女の努力は実を結ぶ、そうこの時は信じていた。


 それからしばらくして、アンネの仕事は始まった。今までの内向的な性格を改めて、アンネは必死に仕事をした。書類の整理、備品の管理、各部署への書類運び。雑用ばかりだが、彼女はそれでも生き生きと仕事をした。与えられた以上の仕事をこなし、国王もアンネの父も、その働きぶりを見てアンネを起用して良かったと感じていた。

 しかしアンネを取り巻く、人間達は善人ばかりとは言えなかった。


 アンネの仕事が忙しいせいで、ジェラルドはなかなかアンネに会えなくなっていた。それを寂しいと思ったが、アンネの幸せを思うと、喜ばずにいられない。

 そんなジェラルドが城の中で、偶然アンネと廊下で見かけた。アンネは必死に走っていたが、その顔には遠目でも疲労が色濃く出ている。


「アンネ」


 思わず呼び止めると、彼女は振り返ってジェラルドを見た。間近で見ると、目の下にクマがくっきり出来ていて、顔色も悪く、以前に比べてやつれていた。


「大丈夫? 具合が悪いんじゃ……」

「大丈夫。ちょっと仕事が忙しいだけだから。それに仕事ができるのは楽しいもの」


 アンネは微笑みながら答えたが、その笑顔は痛々しい物だった。


「ごめんなさい。急いでるの。また今度ね」


 アンネはそう言って、廊下を走って行った。その様子を見たジェラルドは、胸騒ぎを覚えて、皇太子執務室に向かった。

 こっそりと部屋に近づき、秘書室を覗く。するとラルゴの腹心である、アランが他の秘書官と話していた。


「あのアンネとか言うガキ、生意気なんだよ。女の癖に。いくらしごいても、仕事はきっちりこなすし、ミスはしないし。それにアイツ仕事を押し付けても嬉々としてやるんだぜ。俺たちのメンツは丸つぶれだ。アイツを痛めつけてやるにはどうすればいいのか」

 そうアランは言った。


「何せ皇太子殿下と、ジェラルド殿下のお気に入りだろ。殿下達をたらし込んで、仕事を得るなんて、ふざけた女だよな」

 そう別の男が言った。


 他の秘書官達もアランの言葉に同調し、アンネの悪口を言っていた。アンネのやつれ具合は、こいつらのせいか! アンネが女だからと馬鹿にして、いじめをするなんて、なんて卑怯なやつだと、ジェラルドは憤慨した。

 そして勢いよく扉を開けて、部屋の中に乗り込んだ。


「おまえら! 何を考えてるんだ! アンネを虐めたら、僕が許さないぞ!」


 男達は目に見えて動揺し、へりくだった。


「も、申し訳ございません。彼女が有能なので、ついつい口が滑りました。仕事も完璧にこなしますし、今ではなくてはならない存在なんですよ」


 アランは慌てて取り繕うように、そう言ったが、とても信用できなかった。アンネを守らないと、このままじゃアンネが押しつぶされる。


「彼女に何かしでかしたら、ただじゃすまないぞ、覚悟しておけ」


 そう言って僕は部屋を出た。するとちょうど執務室にラルゴが入ってきた所だった。


「どうしたんだ? 何かどなり声が聞こえていたようだが」

「兄上は間近で見ていたのでしょう? アンネがあいつらに虐められているのを。それを放置しているのですか?」


 ラルゴは眉根を寄せて苦しげな表情を見せた。


「知っていた。だが下手に俺が口出しをすれば、アンネへの反感は強まるばかりだ。優秀な者は周りから嫉妬される。それが前例のない女官吏ともなればなおさらだ。アンネが実力で周りを納得させるしか無い」

「それではアンネが潰れてしまう!」


「もしそれで潰れるなら、アンネに官吏は向かない。仕事を辞めさせる。だがアンネはまだ諦めてない。だから俺はアンネを応援して見守っているんだ」

「兄上が放置するというなら、アンネは僕が守る」


 そう言い切ってジェラルドは執務室から出て行った。その時、更なる悲劇が待ち受けている事に、ジェラルドは気づかなかった。

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