舞踏会3
音楽にあわせて、くるくると回りながら踊る。さっき踊ったばかりで慣れてきたのと、ラルゴのリードが上手いおかげで、ミスも無く少し心の余裕もあった。
「どういう風の吹き回しかな? さっきはあんなに警戒していたのに」
ラルゴは踊りながら私に話しかけた。私も踊りを意識しつつ、慎重に言葉を選んで口を開いた。
「先日は失礼致しました。そのお詫びを言いたかったのです」
「ずいぶん殊勝だね。何か企んでいるのかな? ジェラルドと共謀して」
一度音楽が止まり、新しい曲が始まる。今度は大分スローな曲になった。ゆっくりとした踊りで余裕がある分、話しやすい。ここからの駆け引きが勝負だ。気を引き締めて、また踊り始めながら会話を続けた。
「先ほど見ていたでしょう。ジェラルド殿下が知っていたなら、とっさに止めませんし、ずっとダンスを続けて、ラルゴ殿下を警戒する事なんてしません。ずっと踊り続けでさきほどは本当に疲れました」
ラルゴは苦笑いをして答えた。
「アイツは俺に対して過剰に警戒心が強いからな。まあ俺がアイツを嫌っているのも本当だが」
「そこです」
そう言って、今までずっと目を合わせなかった私は、ラルゴの顔を見上げて言った。
「私はラルゴ殿下とジェラルド殿下の間の確執の理由を知りたい」
ラルゴは一瞬戸惑ったような表情をした。だがすぐに私を探るような目をして言った。
「ジェラルドから聞いてないのか?」
「ジェラルド殿下からは何も。ただソフィア様からは聞いています。妹アンネ様の事や過去にあった色々な事を」
ソフィアの名前を聞いて、明らかにラルゴは動揺した表情を見せた。一瞬ステップが乱れ、私も体制を崩しそうになった。
「ソフィアはなんと言っていた」
ラルゴはやはりソフィア様の事を明らかに気にしている。これなら私の提案を飲むかもしれない。
「とても長い話になります。ここですべてを話す時間はありません。それに……」
「それに?」
「わたくしもソフィア様が語った事が真実か見極めたい。そのためにはラルゴ様側の話を聞いてみたい。両者の話を聞いて、公平に判断しないと真実は見極められません」
それを聞いてラルゴは、とても驚いた表情を浮かべた。思わずステップを止めて踊りを辞めてしまったぐらいだ。
遠目にジェラルドが鋭い視線を浴びせてるのがわかる。きっとラルゴが何かするのではと、警戒しているのだろう。
今度は私がリードするように、ステップを踏んで、ラルゴを踊りに引き込んだ。
「何のつもりかな。何か企んでいるのか?」
「企むというものではありません。ただソフィア様から話を聞いた時に、違和感を感じたんです。何か大事な所で誤解が生じているのではないかと。確かに私にとってジェラルドは大切な存在です。ソフィア様の事も。だからこそ誤解で、兄弟の仲が悪いままでいる事は、良い事だと思わないんです」
ラルゴは踊りながら考えるように、会話を中断して少し沈黙した。
「お前が何かした所で、俺とジェラルドの仲がどうなるとは思わないが」
「第三者の目で見るからこそ、見えてくる物もあるかもしれませんよ。私をすぐに信用しろとは言いません。ゆっくり話しながら私自身を見極めてください」
「そんな事はジェラルドが許さないのではないか?」
「私はジェラルドの人形ではありません。私の意思でラルゴ殿下の元に向かうなら、止められないでしょう」
曲は終わりに向かっていた。あまり長い時間踊りながらしゃべるのは、私にはできない。そろそろ終わりにしよう。
「私を殿下の専属茶師にしてください。そしてお茶の時間を私にください。毎日その時間に、私はソフィア様からの話をし、殿下は過去の話をする。いかがでしょうか」
ラルゴは無言でしばらく考えていたようだ。曲が終わり新しい曲が始まる。しかしラルゴはそこで踊りを辞め私の体から離れた。私を促し皇帝陛下達の元へ歩き出す。二人で並んで歩きながら言った。
「わかった。その条件を飲もう」
私はその言葉を聞いて胸を撫で下ろした。交渉は無事成功したようだ。
私達が戻って来ると、ジェラルドが心配そうな表情で私を見る。私は精一杯の笑顔でジェラルドを見つめた。彼を安心させたくて。
しかしジェラルドの警戒を意識しつつ、わざとあおるようにラルゴは私の肩をつかんで引き寄せた。
「話がついた。マリアは俺の専属茶師にする」
ジェラルドは驚き立ち上がって口を開きかけた。それを止めるように私が言った。
「これは私の意思で、決めた事です。ジェラルド殿下には関係ありません」
ジェラルドはその言葉を聞いて、とてもショックを受けたような表情をし、そのまま椅子に腰をおろした。ジェラルドの姿に少し胸が痛む。少しでも事前に話しておけば良かっただろうかという後悔が頭をよぎるが、たぶんそれではジェラルドに止められて、ここに来る事さえ出来なかったかもしれない。
いまだ舞踏会は終わらない。広間に流れる音楽を聞きながら、沈黙のジェラルドを見つめ続けた。心の中で「待ってて、ジェラルド」と思いながら。




