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舞踏会1

 馬車がぎしぎしと音を立てながら夜の街を走って行く。スプリングのない馬車は振動が激しく、慣れない乗り物に乗るのは苦痛だった。それでも王宮まで馬車で行くのが常識……と言われてしまえば守るしかない。

 淑女の必須アイテム扇を握りしめて、何度もため息をついた。外から見たら物憂げな令嬢に見えたかもしれない。ただなれない姿と、なれない場所に行くのに、憂鬱なだけなのだが。


 馬車の動きが緩やかになり止まった。ようやく目的地に着いたようだ。私は扉が開くのを待っていた。それも淑女の常識。従者が扉を開けると、王宮の入り口にジェラルドが立っているのが見えた。


「マリア……君を迎えにきたよ」

「王子がそんな事していていいの?」


「僕の悪評なら十分すぎるほどあるからね。今更何をしても、いつものワガママと思われるだけだよ」


 それはそれで良くない気もするが、王族なんて色々噂されて大変なんだろうな……。

 ジェラルドは馬車の側までやってきた。そして馬車の中の私にすっと手を差し出すと微笑んだ。


「さあ行きましょう、姫君」


 おどけた調子で少し気取っていう言葉がおかしくて私はくすりと笑った。それから素直にジェラルドの手を取って馬車から降りた。


 舞踏会の会場へジェラルドのエスコートで入場すると、一斉にその場にいた人の注目が私達に集まった。今まで茶会に出た事はあったけど、こんなに注目を浴びる事がなかったので、あまりの怖さに鳥肌がたった。

 するとジェラルドがそっと肩に手をおいて、囁くように言った。


「大丈夫。自信を持って、胸を張って」


 ジェラルドはいつものように締まりのない、へらっとした笑顔でのほほんとその場にいた。その気の抜けた笑顔に緊張がほぐれた。


「ありがとうジェラルド。行こう」


 すでに舞踏会は始まっていて、みんな踊り始めていた。だから踊るのは構わなかった、ジェラルドのエスコートが上手いおかげで、ミスもなく踊れている。それは良いのだが……。


「いつまで踊るの?」

「お茶の時間が始まるまで?」


 皇帝夫妻まだ来てないんですけど、っていうか踊り過ぎじゃない?

 他の人達は休み休み踊り、ダンスホールのはじに用意されたソファで優雅にお酒を飲んだり、美味しそうな食べ物を食べたりしている。

 それは当たり前だ。ダンスって結構疲れるし、いつまでも踊り続けられない。それでもジェラルドはニコニコと笑いながら踊り続ける。案外ジェラルドってドS?

 まあ理由はわかっている。最初こそ注目を浴びたが、次第に視線も減ってきた。そして最後までじっと見つめる視線が一つ。

 ラルゴ皇太子殿下だった。笑いながら、他の貴族と談笑しているように見えるが、その実私達からまったく目線をそらさず、じっとジェラルドの事を見ていた。


 このまま踊り続けるにはもう限界だった。すでに息は上がってるし、足の疲れでいつ転んでも仕方ないほどステップも乱れている。なのにジェラルドは踊りを辞めてくれない。誰か助けて……。

 そこで急に音楽が止まり、皆が入り口に注目した。


「皇帝陛下、皇后陛下ご入場」


 その声を聞いて皆がさっと左右に分れ、真ん中に道を作る。私も慌てて道を開けて、深く深呼吸をする。

 ゆっくりと入場するお二人には、威厳と気品にあふれ、自然とプレッシャーを感じた。ジェラルドや皇太子を相手にした時には感じなかったのに。

 皇帝陛下は、皇太子と同じ地味目な顔立ちなのだが、重厚な威厳をもっている。ジェラルドは明らかに皇后似だ。華やかで美しい美貌は、こんなに大きな子が二人もいるとは思えないほどの、若々しさだ。


 二人が挨拶する間、私は緊張に震えていた。思っていた以上に威厳のある二人の目の前で、お茶を注ぐのだ。しかも他の貴族達も注目するだろう。

 俯いて手をぎゅっと握りしめる。するとその手にそっと手を重ねるジェラルド。その手がわずかに震えているのが私にもわかった。

 はっとして、ジェラルドの顔を見ると、皇帝陛下達を寂しげに見つめている。その悲しそうな姿に、私はジェラルドの手を強く握り返した。

 ジェラルドが私の方を見たので、できるだけいつもと同じように、笑ってみせたら、ジェラルドがほっとしたように、ゆるい笑顔を見せた。


 実の親にあったのに、あんな反応見せるなんて、どうしたのかな?という疑問はありつつも、舞踏会は主賓が揃い、やっと始まりとなった。

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