悪い噂
ティモシー家の書斎は本の山に埋もれた広い部屋で、目的の本を探すだけで1日がかりの巨大な物だった。私は目当てのお茶関連書籍を探しつつ、地球のお茶について考えていた。
紅茶や緑茶やウーロン茶以外にも、麦茶やコーン茶やハーブティーと茶のつく飲み物は沢山ある。しかし本来の意味での「茶」と「茶外の茶」と言われる物に別れるのだ。
本来の「茶」とは品種に差はあれど、学術的な分類ではツバキ科の常緑樹カメリア・シネンシスという木の葉を加工した物だけを「茶」と呼ぶ。
麦茶やコーン茶やハーブティーはカメリア・シネンシスを使用してないので「茶外の茶」なのだ。
そして紅茶も緑茶もウーロン茶も同じ葉の加工法の違いで味が違ってくる。しかし同じと言ってもそれは学術的な分類であり、品種の差は大きく味を分ける。
紅茶でも大きく分けて中国種とアッサム種では葉の大きさも、成分も、味も差がある。まして日本茶のやぶきた種とかで紅茶を作っても、どこか日本茶のような紅茶になるだろう。
品種だけでなく、栽培する気候や土壌でも変わってくる。
そう考えると品種や土地事の細かい情報が書かれた学術書などがあれば、とても勉強になると思うの。
そもそもこの世界の茶は1種の植物から作られるのか、それともいくつかの種類の木から生まれるのか、興味はつきない。
私がそんな事を考えつつ本の山と格闘し、目当ての本を探していると、書庫の扉がノックされた。
「誰?」
「お嬢様失礼します。お客様がお見えなのですが」
扉の向こうからキースの声が聞こえた。私に客人なんて珍しい。誰だろうと首を傾げる。
「今片付けて向かうから待っていてもらって」
「はい。応接間でお待ちいただきます」
キースがそう答えるとそのまま去って行った。私は取り出していた書物をしまって客間に向かった。
「お待たせしてすみませんでした……って……リーリア様?」
私の顔を見るなり、リーリア様が飛びつくように私を抱きしめた。
「無事でよかったですわ。闘茶会の会場でいきなりいなくなったと思って心配したら、家にも帰ってないし、本当にどうしたのかと……」
わずかに涙目になっているリーリア様が可愛い。そこまで心配してくれたのが嬉しかった。自然と笑みがこぼれる。
「心配してくださってありがとうございます」
「さあ、わたくしには事情を話してくださいませね。どうしてティモシー家で寝泊まりしているのか」
「ええっと……お話ししますので、座ってお茶にしませんか?」
「そうですわね。マリアのお茶が飲みたいわ」
私はゆっくりお茶を淹れつつ、闘茶会の後の出来事について、支障のない範囲で答えた。実際誰かに話していると、自分でも頭が整理できていい。
ジェラルドとラルゴ殿下の確執と、何よりジェラルドの「人殺し」疑惑について気になっていたのだ。
「……そうですの……。確かに二人の殿下の仲が良くないというのは噂になっていますわ。一説によると皇太子殿下よりジェラルド殿下の方が次期皇帝にふさわしいと推す人間がいて、後継者争いから確執が生まれているのではないかとか……。ただの噂ですが」
後継者争いで確執が……。ジェラルドが皇帝なんてぴんと来なかったが、年の近い皇帝の息子同士ともなるとライバル関係にあってもおかしくないのかもしれない。
「実際、勉学、武術、政治となにを置いても弟のジェラルド殿下の方が上であり、その上魔法の才能まであるとなると、やっぱり弟でも実力のある人間が皇帝を次ぐべきと言う声が昔はありましたわ」
「昔は……ですか? というと今はそうではないという事でしょうか?」
引っかかった言葉について訪ねると、リーリア様は俯き眉間にしわをよせて暗い表情を浮かべた。
「あくまで噂ですわよ。あやふやな噂しか流れてこなくて、正確な情報は一部の人間しか知らないそうですから……でも……」
「でも?」
「三年前……。ジェラルド殿下がとある貴族の屋敷で暴れて人を殺めたとか。それで謹慎を受けて首都を追われたのだと……もちろんわたくしはジェラルド殿下を信じてますから、何か事情があったのだと思いますわ」
その言葉は頭を殴られたような衝撃のある重い一撃だった。皇太子が言っていた「人殺し」という言葉はでたらめではないかもしれない。
ジェラルドに好意を抱いているリーリア様でさえ信じるほどの噂。実際何があって人を殺めたのか。事情があるのだろうが、それでもたぶんそれは事実なのだ。
ジェラルドを無理矢理このアルブムに連れ帰ってきたのは私の事情で、ジェラルドのためには良くなかったのではないだろうか。
アルブムを離れ旅をしていた頃のジェラルドの方がずっと生き生きしていた気がする。
「働きたくない……」
そうこぼしていたジェラルドの姿を思い出し、その言葉の意味がとても気になった。




