人生最大のお荷物を背負い込んだ
暑い夏が今年も来た。私は16になっていたが、相変わらず朝から茶摘みにせいを出している。すでに両親はこの妙な趣味に諦めてくれたようで、私の好きにさせてくれている。
最近は色々な茶師と紅茶の作り方を研究して、より美味しい紅茶を作る事ができてとても楽しい。
夏といっても山の中で朝だと、まだ比較的涼しい。茶畑が段々と連なる景色を眺めながら、機嫌良く茶摘みを続ける。6年も続ければ、なれた物だ。
「へー、上手い物だねぇ」
いきなり声をかけられて振り向くと、茶園の外に一人の男が立っていた。背は高い。帽子をかぶって質素な衣服に身を包んでいるが、素材や仕立てが質がいいのはすぐわかった。日の光に当たると金色と間違えそうな明るい茶色い髪、日焼けのない白い肌、上品に整った顔立ち。
何より一番目を引いたのはその青い瞳だった。まるで空の色をそのまま切り取ったような、澄んだ空色の瞳に思わず見とれてしまった。
そんな目の色一つに見とれた自分をすぐに恥じた。
知らない男だ。しかもおそらく身分の高い。仕草や衣服でそれはすぐわかる。
それではなぜそんな男がここにいて、私に声をかけてきたのかというと、まったく理由がつかめない。
「君が噂の『茶師の姫君』だろう。案外可愛いね」
軽い台詞が妙に感に触った。それに『茶師の姫君』というあだ名も気に食わない。自分がちまたでそう言われているのは知っている。しかしあまり良い意味では使われてない。たいてい『変人』的な意味合いで使われるのだ。
噂にでも聞いて変人の顔を見てやろうと、興味本位でやってきた、どこかの馬鹿貴族だろう。
私は無視を決め込んでまた茶摘みに戻った。男はそれ以上声をかけて来なかった。しばらくして日が上がってきて暑くなり始めた頃、どさりと倒れる音が聞こえた。振り返ると先ほどの男が倒れていた。
「ちょっと、どうしたの?」
慌てて声をかけてみるが返事がない。熱射病という可能性も考えられた。なんにしても人の茶園の前で生き倒れられたらたまらない。
「キース! ちょっとこっち来て!」
遠くで作業をしていたキースを呼んで、男を家まで運んだ。
「いやぁー。ごちそうさまでした。本当にロンドヴェルムは美食の宝庫だよね」
能天気にへらへら笑う男を思い切り殴りたい衝動を我慢した。男はただ単に腹を空かして倒れただけだった。目が覚めてすぐ腹減ったと抜かすので、食事を出してやったら、思いっきりがっついて食べ終わった。
がっついてもなお、品を失わない綺麗な食べ方だけは感心したが。
「そう言えばまだ名前を名乗ってなかったよね。僕はジェラルド。気軽にラルって呼んでね」
ウィンク付きでそんな事言われてもきもいんですけど。
「食後にマリアちゃんお手製の紅茶が飲みたいな〜」
勝手にちゃんづけで呼ぶなと冷ややかな視線で見下ろせば、なんだか嬉しそうに身をくねらせた。
「うーん。そのクールな視線もたまらないね」
コイツは変態か。気持ち悪い。しかしここで怒ってもますます喜ばれそうで嫌だ。そこでジェラルドはふっと微笑んで言った。
「ロンドヴェルムについて、色んな所で紅茶を飲んだけど、驚いたよ。あんな美味しい紅茶を作り出したのが、貴族のご令嬢だってね。これは一度オリジナルを飲んでみたいと思って、茶畑まで挨拶に言ったんだ」
自分の生み出した紅茶をおいしいと言われて、気分を良くするとは我ながら単純だと思う。しかしどうしたものかと悩んだ。なぜか父から家族以外に私の作った紅茶を飲ませるのは禁止されているのだ。
親バカ父親の独占欲かもしれないが、この男に飲ませていい物なのだろうか。
しかし同時に身内以外の人間の、公平な舌で判断されてみたいとも思った。この土地と何のしがらみもなさそうなこの男なら平気かな……。そう判断し、自分の作った紅茶を入れて持ってきた。
「おぉ! ありがとう。いただきま〜す」
ジェラルドは軽い笑顔を浮かべて紅茶に口を付ける。その瞬間がらりと表情が一変した。驚愕して固まったのだ。その表情は真剣そのもので、あまりに真剣なので何か粗そうでもあったかと、逆に不安になった。
「……不味かったでしょうか……」
なぜこんな男に敬語になる! この小心者めと自分で自分をしかった。ジェラルドははっと我に帰ったように表情を明るくして言った。
「ううん。美味しいよ。でも……なるほどね……」
何か含みのありそうなその言い方が気になったが、味が美味しいならよかった。何となくだがお世辞で言ってる感じはしなかった。
ジェラルドはしばらく腕を組んで真剣な表情を作った。そうしていると結構かっこいい。しばらくして表情を和らげるとこう言った。
「うん。決めた。君の家にしばらく居候させてくれない」
はいぃぃ? なぜそうなった!
拾った男に懐かれました……。




