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現実逃避の日常

 ソフィア様の家に帰る頃には日も暮れてすっかり夜になっていた。すでに連絡があったのか、ソフィア様の家でキースが出迎えてくれた。


「お嬢様ご無事ですか?」


 気遣わしげに駆け寄る彼に心配かけたくなくて笑ったつもりだった。


「大丈夫……」

「全然大丈夫には見えない顔色ですよ。お嬢様ご無理はなさらないでください」


 結局キースに押し切られ、支えられて用意された部屋に行った。そしてすぐにベットに倒れ込んで頭を抱えた。


 今日一日で色々ありすぎて頭がパンクしそうだ。その中でも一番気になったのがジェラルドが人殺しと言われた事だった。

 あのヘラヘラ軟弱な男が人殺し……あり得ないと思いつつも、本能が怖いと思ってしまう。真偽を確かめるべき何だろうけど誰に聞くのが一番良いのか?


 ジェラルド本人に聞くわけにも行かない、ソフィア様なら知ってるだろうけど、皇太子とジェラルドに近すぎる人に聞いて、冷静な答えが返ってくるのだろうか?

 あの二人に何があったか知らないが、兄弟のはずなのに欠片も親愛の情を感じない。むしろ憎み合ってるようにしか見えない。

 そしてソフィア様が現れた時の皇太子の動揺ぶり、ソフィア様の家なら手出ししないという確信。皇太子ラルゴにとってソフィア様が特別な存在なんだとすぐにわかった。


 あの三人の関係はただの幼なじみではない。もしかしたらソフィア様を巡って三角関係にでもなっているのだろうか?

 ソフィア様は変な工作に夢中になる変人ではあるけれど、美人だし優しいし、魅力的な女性だと思う。そんな人と子供の頃から一緒なら、あるいはそんな三角関係になってもおかしくないよね……。


 考えれば考えるほど落ち込んで良くない想像ばかりわき上がる。

 いけない。限られた情報から推測で物事を考えるのはよくない。今は先入観を持たずに、もっと情報が集まってから判断しよう。

 闘茶会も終わった事だし、当分ここに引きこもってゆっくり休んでから情報を集めてそれから考えてもいいだろう。

 私は思考を停止してドレスを適当に脱ぎ捨てて、布団の中に潜り混んだ。そうすると肉体的にも精神的にも疲労が溜まっていたせいか、泥のようにぐっすりと眠ってしまった。

 どれくらい長い間眠っていたのだろうか? カーテン越しに感じる暖かな日差しに思わず目を開ける。これは一晩以上寝ていたなと思いつつ起き上がる。

 大きくのびをしてベットから出て、カーテンを開けると、強い日の光を感じて気持ちよかった。


 しばらく日光浴をしていると、控えめなノックの音がした。


「お嬢様。そろそろ朝食の準備が整いましたがいかが致しますか?」


 キースの優しい声が聞こえてほっとする。しかし昨日はドレスを脱いだ下着姿のままで寝てしまったので、このまま朝ご飯という訳にもいかない。

 かといって他人の家なので換えの服などどこにあるかも分からない。困ってキースに聞いてしまった。


「ご飯は食べたいけど、先に身支度を調えたいな」


 そう言うとまるで用意していたかのように、メイドさん達が入ってきて洋服やら、顔を洗うたらいだとか運んできた。

 私はトリマーにグルーミングされる犬のごとく、メイドさん達に身を任せているうちに、すっかり貴族の令嬢の普段着にふさわしい姿になっていた。実家では動きやすい質素な服を好んでいたが、このゆったりとしたシルエットの女の子らしい洋服は、着心地も良い上に可愛くて、私はすっかり気に入ってしまった。

 着替えが終わるとメイドさんの案内で食堂に向かう。すでにソフィア様とキースが食卓についていて、私はソフィア様の隣に座った。


「おはようマリア。よく眠れた?」

「はい。おかげさまで。ベットの寝心地も最高でした」


「それは良かった。さあ、冷めないうちに食事してよ」


 用意されていたのは、野菜とチーズを挟んだサンドウィッチと、ベーコンエッグと、果物ジュースという軽めの朝食だった。

 ジュースは酸味のきいた柑橘類で、口がさっぱりして心地よい。サンドウィッチを一口かじると食欲がまして、どんどん食べてしまった。用意された食事を終えてもまだ物足りないくらいだ。


「言い食べっぷりだね。マリア。元気な証拠だよ」


 ソフィア様にそう言われて恥ずかしくなってしまった。恥ずかしくて俯いていると、キースの柔らかな声が聞こえてくる。


「食後のデザートとお茶にしませんか? お嬢様」

「お茶飲みたい」


 思わず反射的にそう答えて、顔を上げるとソフィア様とキースに笑われてしまった。


「マリアは本当にお茶が好きだね。じゃあ用意させるよ」


 ソフィア様が卓上のベルを鳴らすと、メイドさん達が入ってきて、美味しそうな焼き菓子とティーセットを用意し始めた。それを見て私はいてもたってもいられずにこう言った。


「あの! 私にお茶を淹れさせてもらえませんか? お茶入れるの好きなので」


 ソフィア様はまるで天使のような可憐な笑みを浮かべて私を見ていった。


「いいよ。お願い」


 その言葉を聞いて、私は立ち上がりティーセットの並べられたサイドテーブルの前に立った。

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