勝負の行方
「さて……今回は1杯だけの勝負であるからして、一番最初に正解を言った物を勝者としよう。誰か解った者はいないか?」
皇太子の言葉に水を打ったように会場内は静まりかえった。観客は誰が当てるのか期待の目で見守っているようだが、参加者達は誰もが他の参加者の顔色をうかがうばかりで誰も何も言わない。
早い者勝ちであるのに、誰も言い出さないのは誰も正解が解らないからだろう。ここに集まっている参加者は皆それなりに実力のある人間ばかり。下手に間違った答えを言って恥をかきたくない。
しかしそんな実力者でさえ、この香り付きのお茶にはお手上げのようだ。そんな参加者の様子を見て満足そうに笑っている皇太子がただ一人この状況を楽しんでいるに違いない。本当に意地が悪い……。そう思いながら私はもう一度ゆっくりと茶を味わった。
そしてわずかな間瞳を閉じてゆっくり考えてほっとため息をつく。それからすうーっと手を上げた。
皇太子の目が細められ、観客の注目が私に集まった。
「マリア嬢。答えがわかったのかな?」
「……はい。これはキリル産のお茶です」
私の答えに皇太子はわずかな間目を見開いて驚きの表情を浮かべた後、片手で顔を覆って大きな笑い声を立てた。一瞬間違えたかと冷や汗をかいたがそれは杞憂だったようだ。
「正解だ。どうしてわかったのだ?」
「旨味の強い味わいは、火入れの強いキリル産の特徴がでてると思いました。後は勘です」
これがもし近代的な工場で作られたフレーバーティーだったらお手上げだっただろう。香料と茶葉を混ぜただけでは簡単に茶葉に香りはつかない。現代のフレーバーティーは化学溶剤と香料を混ぜあわせ、茶葉と一緒にドラムに入れて、高熱で熱しながら攪拌し、熱で化学溶剤が気化する過程で茶葉に香りを定着させる方法が多い。
この場合制作途中で高熱で処理するため、茶葉自体が変質し、味も色も飛んで薄い味となってしまう場合が多い。
だが熱を加える事無く丹念に手作業で香り付けされた茶葉には、元の茶葉本来の味がしっかりと残っていた。香りに邪魔されて見分けがつきにくかったので、半分は賭だった用だが、賭は成功だったようだ。
「さすが茶師の姫君だ。これは遠く東方の一部地域で行われる加工法を駆使して香り付けされた特注品だったのだがな。まさか当てる人間がいたとは」
皇太子は満足そうに頷いて、私を見つめた。
「勝者の特典を特別に与える。後で私の謁見室にくるといい。さあこの後はこの新作のお茶の試飲会とする。皆の者じっくりと味わうように」
観客の歓声が聞こえる中、私は皇太子の様子をじっと見つめていた。私に当てられた動揺はみじんも感じられない。むしろなぜか嬉しそうにも見えた。それがどこか薄気味悪く感じられた。
その後このフレーバーティーの試飲会が行われたが、大絶賛だった。
現代の地球に比べ輸送時間が長く、保存状態も悪いこの世界では、産地からアルブムに到着するまでに茶葉が劣化するのを避けられない。特に香りが弱くなりがちなのだが、人工的に香り付けする事で華やかな香りに生き返ったお茶の味は、社交界に衝撃を与えた。しばらくは社交界の話題はこのお茶の話で持ちきりになるかもしれない。
貴族達の熱狂を冷めた目で見ていると、皇太子がゆっくりと近づいてきた。
「茶師の姫君。よく当ててくれた。だれも正解できないかと思っていたよ」
「キリル産の茶葉を使用したのはわざとですか? かなり個性の強い味わいでしたからわかりやすかったです」
「誰にも解けない問題を出しても面白くないだろう。ヒントはどこかに残しておかないとね」
イタズラ好きの少年のような笑顔を浮かべて皇太子はそう言った。ヒントといってもあれだけで銘柄を当てるのは困難だった。本当に意地が悪いと言わざるを得ない。
皇太子はさらに近づいて、耳元でこっそりと囁くように言った。
「勝者の特典を与えよう。ついてくるように」
皇太子はその言葉を残して茶会場を泳ぐように出口へと進んでいる。主催者が抜け出してもいいのかとも思ったが周りはあまり気にしてないようだ。皆新しいお茶の味を楽しむのに夢中になっていて、地味な皇太子の存在に気づいていなかった。
私はためらいつつ皇太子の後に続いて会場を出た。
会場は城の中にあった。美しい大理石でできた床を歩きつつ前を進む皇太子に視線を向ける。供も付けず一人ぶらりと歩く姿は王族としての貫禄はなく、町中にいれば埋没してしましそうな平凡な青年だった。
ジェラルドとは似てない兄弟だな……と思う。ジェラルドは人目を引くような華やかな容姿だった。そんな事をぼんやりと考えていたからだろうか、突然皇太子が振り向いて言った。
「ジェラルドと似てない……っと思ったか?」
「……」
笑顔の中に何か暗い思いを感じ取り、返事に困る。私が黙ると皇太子はそれ以上追求せずにまた歩き始めた。ひんやりとした石造りの廊下を歩きつつ、私は冷や汗を流し続けた。




