茶の魔法
驚くリーリア様に丁寧にお辞儀をしつつ答えた。
「そのお茶はカンネの茶葉をベースに、火入れの強く力強い味わいのレリ産の茶葉を混ぜました」
「お茶を混ぜた!」
それを聞いて周囲がざわざわと騒ぎ始める。「お茶に混ぜ物など庶民のする事」などという言葉も出てくる。確かにこの世界では、劣悪な茶葉を誤魔化すために他の茶葉を混ぜる場合が多く、貴族が飲む一流品は産地の純正が高い物が尊ばれる。
しかしブレンドというのは上手くやれば元のお茶の個性を引き出しつつ、新たな味を作り出せるのだ。
「カンネの香りとレリの味わいが双方生きる調合を工夫してみたのですがいかがですか?」
リーリア様は何度もお茶を味わって確認してから、ほうとため息をついて言った。
「わたくしカンネのお茶の香りが好きですけど、このお茶の方が味は美味しいですわね。わたくしの好みですわ」
お茶にうるさいリーリア様の評価に回りもざわめき始める。リーリア様なら認めてくださると予想はしていたが、上手くいってほっとした。
「お口にあってよかったです」
丁寧にお辞儀をしながら心の中でガッツポーズを浮かべた。この茶会で身分が高い二人に認められたお茶……それだけで大きく評判を呼ぶ。
後はリーリアさまと和解できれば……。
それから他の方々にも次々とお茶を出したが、一人一人の好みにあわせた茶葉やブレンドをしたおかげで評判は上々。茶会は大いに盛り上がった。
茶会も終盤、主催のジェラルドの周りを人が取り囲んでいたが、ふと視線があった。ジェラルドが何気なく耳に手を当てるジェスチャーをする。
これはあらかじめ打ち合わせしていたとおりのサインだ。いよいよ始まるのかとぐっと身構えをする。
「皆様そろそろ茶会の締めを飾る最高のお茶をお出し致します。どうぞお楽しみください」
ジェラルドがそう言うと、私は用意していた紅茶を配り始めた一人一人手渡しをしていたのだが、レディア伯爵夫人に左手でティーカップを渡そうとして、うっかり手を滑らして落としてしまったのだ。
レディア伯爵夫人は心配そうに私の手を見つつ言った。
「まだ左手が治ってないの? 大丈夫かしら?」
その言葉を聞いてすぐ、ジェラルドはレディア伯爵夫人の背後に立って、凍えるように冷たい言葉を言い放った。
「それはどういう意味でしょうね。マリアが怪我した事をどこで知ったのかな?」
レディア伯爵夫人は青ざめた表情で振り返り、ジェラルドから視線をそらして言った。
「そ、それは社交界で噂に……」
「彼女は怪我する前から社交の場から閉め出されていた。貴族の皆様が知る機会はないのですよ。実行犯以外はね」
レディア伯爵夫人はぶるぶる震えながら言葉を探そうとするが、口を魚のようにぱくぱく開け閉めするだけで声にならない。
「例え下級貴族とはいえマリア・オズウェルドも貴族の令嬢。傷害罪の罪は重い」
それを聞いたレディア伯爵夫人はいよいよパニックになりつつ、声を張り上げた。
「わ、わたくしは命令されただけですの。リーリア様に命じられただけで、責任はあの方にありますわ」
突然名を上げられて、リーリア様は目を見開いて驚きをあらわにした。その後怒りに満ちた目でレディア伯爵夫人を見つつ高らかに宣言した。
「わたくしがそんな事命じるわけがないでしょう。馬鹿馬鹿しい。追い詰められて何を言い出すかと思えば。悪あがきはおやめなさい」
「でもわたくしにはマリア嬢を傷つける理由などありませんわ。ジェラルド殿下にご執心のリーリア様なら別ですが」
レディア伯爵夫人の言葉に茶会の他の参加者がざわつき、疑いの眼差しでリーリア様を見つめる。確かにリーリア様の態度はわたくしに敵意をむき出しで、それを見ていた人々には説得力のある理由だった。
場の空気が悪くなるに従ってリーリア様も青ざめた表情になり、キツく唇をかみしめた。
「確かにわたくしはマリアに嫉妬していた。それは認めましょう。でもだからといって怪我を負わせるような卑劣な真似はいたしません」
きっぱりと否定する物の、場の空気は変わらなかった。リーリア様の表情に焦りと悲しみがまといついてくるのを見ていて、私は可愛そうになってきた。
ここにいる人達は、リーリア様と親しくしていた人ばかりのはずなのに、リーリア様を信じて味方になってくれる人が一人もいないなんて。
結局公爵家の令嬢という肩書きにつられたおとり巻きだけしかここにはいないのだ。
好意を寄せているジェラルドにまで冷たく見下ろされ、リーリア様は悲しく顔を覆った。
「信じて。わたくしはそんな命令をした覚えはないわ」
「信じます。その言葉を」
間髪入れずに答えた言葉に会場の空気が騒然とした。




