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茶会の始まり

「お嬢様顔色が悪いようですが大丈夫ですか?」

「ありがとうキース。ちょっと昨日寝付きが悪かっただけだから。やっぱり緊張するわね」


「手の具合はどうですか?」

「平気、平気何ともないから。安心して」


 今日はジェラルド主催の茶会の日。やって来るお客様をおもてなししなければ行けない。だがリーリア様のあの敵意に満ちた目を思い出すと震えが来る。和やかなお茶会という訳には行かないだろう。

 その時緊張を破るように気だるい声が聞こえてきた。


「マリア。よろしくね~」

「ソフィア様……参加リストにいなかったと思うのですが」


「ジェラルドに無理言って参加させた」


 心強い味方と思う物の、少しだけちくりと胸に突き刺さる嫉妬心。しかしすぐにその感情に蓋をして仕事モードに頭を切り替える。

 こんな時地球でのアラサー女子経験が役に立つね。10代の小娘でなく、仕事とプライベートを切り分けられるもの。


「ソフィア様ジェラルドは?」

「たぶん最後に来ると思うよ。身分が高い人間ほど、遅れてやってくるのがこの国の文化だし。私も貴族でも下の方だから」


 なるほど。だとしたらリーリア様が来るのも遅いはずだ。ジェラルドを除けば出席者で一番身分が高いのはリーリア様だ。

 そう思ったら覚悟が決まって落ち着いて準備ができた。


 キースやジェラルドが用意してくれた召使いに指示を出しながら、忙しく作業をしていると少しづつ人が集まってくる。

 レディア伯爵夫人は意味ありげな視線を送りながら挨拶の言葉を発した。


「ご機嫌よう茶師の姫君。今日はよろしくお願いするわね」


 アルブムでも定着しつつあるこの二つ名は、貴族でありながら召使いのように茶をいれる、私に対する嫌みのようなものだった。参加者の大半は似たような反応だったがいちいち気にしてたら身が持たない。

 でももうそんなバカのされ方は慣れた。もともと日本の庶民感覚になれた私には、貴族の姫君らしい振る舞いの方が気づかれする。


「マリア。久しぶりね」


 底冷えのするような冷ややかな視線とともにリーリア様が現れた。

 笑顔のはずが目が笑ってないという、器用で恐ろしい表情を浮かべながら、ゆったりと扇子で扇いでいる。

 私は背筋を伸ばして真正面からその視線を受け止めながら、丁寧にお辞儀をした。


「リーリア様もお代わりなくお美しくいらっしゃいますね」


 それはお世辞ばかりとも言えない。怒りに満ちてなお、リーリア様は輝くように美しかった。

 凜とした気位の高さがまるで咲き誇る薔薇のようだ。


「久しぶりに貴方のお茶が飲めるのを楽しみにしてるわ」


 リーリア様はそう言ってその場を離れていく。その背中を見送ってお辞儀をしつつ、少しだけ感傷に浸った。

 ジェラルドの事がなければ、今もリーリア様と仲良くお茶話をできたかもしれない。

 リーリア様から見れば身分卑しい下級貴族でも、お茶に関しては信頼してくれていたのに。


 リーリア様が入ってきて少し後、最後の来客がやってきた。ジェラルドだ。入ってきてすぐに目が合った。アイコンタクトに頷いて返事をする。今日の茶会についていくつか細かい指示を受けていたのだ。

 その準備ができている事をしめしたのだ。


「お集まりの皆様。お待たせいたしました。これより茶会お始めましょう。今日は僕の自慢の茶師が腕を振るってくれたので、ゆっくりおくつろぎください」


 ジェラルドのそんな挨拶に身を引き締めて手際よく指示を出す。まずはジェラルドのお茶から。指定は紅茶だったので、私の故郷のお茶を淹れた。


「うん。美味しいね」


 ジェラルドは楽しそうに紅茶を味わう。その姿を見て、紅茶に及び腰だった方々まで気になり始めたようだ。ジェラルドはよい広告塔になってくれたわけだ。

 貴族社会で紅茶を売り込むなら、より身分の高い人間に飲ませるのが一番かもしれない。


 次に準備をしたのはリーリア様のお茶だった。丁寧に入れた緑茶はわずかに金色がかった美しい緑色だった。リーリア様はそれを受け取ってまず慎重に香りを味わう。かすかに微笑んだ気がした。


「カンネ産のお茶ね」

「はい。リーリア様のお好みの香りだったと記憶してましたので。香りだけで当てるとはさすがです」


「褒めても無駄よ」


 そう言いつつリーリア様はお茶を口にした。すると一口で驚くような表情を浮かべて私の方を向いた。


「これは……。カンネ産なの? 香りはそうなのに味が……深い。これはどういうこと?」


 私はリーリア様が戸惑う姿を見て、茶会の勝利を確信した。

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