気づいたばかりで終わるもの
町中に出るのも禁止され、学院にも行きづらく、どうしようかと家の中でこもって数日。手の傷も大分直ってきた頃突然彼はやってきた。
「マリア。こんにちは」
「ジェラルド……どうしたの? 急に」
「ちょっとマリアに頼み事があるんだ」
居間のソファにゆったり座ったジェラルドは機嫌良く紅茶を飲んでいる。この前の焦った姿とは打って変わった様子に、私は戸惑いを隠せない。一体彼に何があったのだろう。
「今度僕主催でお茶会を開くんだ。そこでお茶を出してみない?」
「お茶会?」
私は思わず目を輝かせながら話を聞いてしまった。しばらくお茶会に呼ばれてなかったから嬉しかったのだ。だがすぐに思い出す。リーリア様がどういう反応するか……。
「でも……」
「これ参加者のリストだからこの人達にお茶を淹れてもらえるかな?」
差し出されたリストに目を通すと、リーリア様はもちろん、初めての茶会に招いてくれたレディア伯爵夫人やその他、特に親しく声をかけてくれた人ばかりだった。
そのリストを見て思わず足下が揺れるかと思った。もう味の好みだって良くわかっているが、今まったく相手にしてもらえない人達だ。その中に行ってお茶を淹れるのは私だって苦痛だ。
「私……自信が無い……」
思わずもれた弱音をジェラルドは優しい笑顔で受け止めて手を重ねて言った。
「今回だけもてなすお茶を出してくれればいい。いつも通り美味しいお茶を淹れる事を考えれば良いだけだよ」
ジェラルドのその言葉は励ますように優しい響きがあった。よほど自分は情けない表情をしてたんじゃないかって情けなくなってきた。それでもそんなジェラルドに甘えるように言葉が出て来る。
「私に……できるかな?」
「できる。マリアならね」
こんな風に弱音を言える人ってあまりいないかもしれない。ジェラルドが軽い調子で側で笑っててくれるだけでほっとしてしまう。
「じゃあそのリストに詳しい事書いてあるからよろしく」
そう言ったかと思うとジェラルドは急に立ち上がった。私は慌てて思わずジェラルドの袖を掴んで引っ張ってしまった。
「もう……行っちゃうの?」
自分でも甘えた子供のような台詞に恥ずかしくなったが、ジェラルドはむしろ嬉しそうに微笑んで私の頭を撫でた。
「今日はちょっと時間無いけど、またね」
ジェラルドがいなくなって放心状態になった私はその場で座って悩んでしまった。久しぶりに話したジェラルドはロンドヴェルムにいた頃と変わらなくて、それが嬉しいのに今となっては寂しい。
またあんな日々に戻れないのに、どうしてまだジェラルドに甘えてしまうんだろう。ロンドヴェルムにいた頃は情けなくて頼りなく感じていたのに、それでも「側にいる」ただそれだけの存在の大きさを今感じていた。
でも……ジェラルドは私の事どう思ってるのだろう。ジェラルドは皇子で私は貴族とはいっても下っ端の地方貴族の娘。身分の差は計り知れない。また前みたいにのんびりお茶するだけなんて関係でいられない……。それでもまたこうやって会いに来てくれて、どうしてお茶会に呼んでくれるの?
それが気になってどうしようかと床に視線を落としていたら、それが目にはいってきた。
「カフスボタン?」
宝石が埋め込まれたきらきらと美しいカフスボタンは、見るからに高級そうな物だった。すぐにジェラルドの物だと気がついた。最後に私が袖を引っ張ったせいだ。どうしよう……。
「お嬢様どうされました?」
部屋に入って来たキースが心配そうに聞いて来る。
「ジェラルドに忘れ物届けて来る」
「忘れ物なら、俺が届けに……」
「いい! 私が届けに行く」
キースの静止も振り切って私は部屋を飛び出してヨハンナに用意してもらった馬車に乗り込み飛び出した。城にいるだろうとそちらに走らせて窓の外の景色を見ていると偶然目に入って来た物があった。
「止めて!」
慌てて御者に止めさせて窓の中から外を眺める。花屋の前で大きな花束を受け取っているジェラルドの姿を見つけたのだ。慌てて馬車から降りて声をかけようと思っていたのだが、ジェラルドもすぐに馬車に乗り込む所だったので、そのまま追いかけてもらった。
ジェラルドの馬車は城とは違う方向に向かって走っていく。どこに向かっているのだろう? なんだか後をつけてるみたいでドキドキするな……と思っていたらとある貴族の屋敷の中に入って行った。
「ここは……?」
「ティモシー家のお屋敷ですね」
御者の返事に驚きつつどこかで納得してしまった。ジェラルドが花束持って向かう先がここだなんて……。そういえば学院でのソフィア様とジェラルドはとても仲が良さそうだった。
2人がどんな関係なのか疑う事せずにいた自分が馬鹿馬鹿しい。気づくとぽつぽつと涙がこぼれて手の甲に落ちて行く。
何故泣くのかと考えて気づいた。今私はソフィア様に嫉妬している。ジェラルドを取られたくないと思った。私ジェラルドが好きなんだ……。なんであんな男を……望みの無い恋なのに……。
考えても考えてもわからない問いを繰り返した。私は恋より仕事って決めたじゃない。もういいんだ……。そう言い聞かせて自分の気持ちにフタをした。




