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密談・邂逅

「そうか……マリアはリーリアと……。リーリアが怪我させたのか確認しなきゃね」


 そう俯きがちに呟いたジェラルドの声は低く、軽さの欠片も無い物だった。その鋭い目つきを見てソフィアは大きく肩をすくませた。


「バカ……また同じ事をやらかす気? まだリーリアがした証拠も無いのに」

「だけど! マリアが怪我したんだ! 次はもっとひどい目に……」


「冷静になりなって言ってるの……同じ過ちを繰り返してどうするの? そんな事してもあの子は喜ばない」


 「あの子」の言葉をわざと強調してソフィアは言った。そこに含まれる言葉の意味にジェラルドは悲しそうに表情を歪ませた。2人の親しげないつもの調子とは違う、シリアスで重たい空気が流れる。


「じゃあ……僕に出来る事はないのか……」

「ないわけじゃない。確かに相手の行動がエスカレートする前に突き止めて止めなきゃ行けない。そのためにも慎重に動けって言ってるの」


「慎重にか……」


 そう言いつつ真剣に悩み始めたジェラルドの横顔をじっと眺めてソフィアは呟いた。


「もう、貴方は帰って来ないと思ってた」


 ソフィアの呟きは儚げな彼女の容姿にぴったりの、今にも消えてしまいそうな弱々しさがあった。


「……え?」

「アルブムに帰ってきたのは……マリアのため……?」


 ジェラルドは悩み事を辞めて顔を上げた。苦笑を浮かべ困ったように頭を掻く。


「うん、まあそれもあるけど……いずれは帰って来るつもりだったよ。僕は一応こんなんでも皇子だし……周りが放っておかないというか……」

「私にまで冗談でごまかさないで! ちょっとはマシな顔つきで帰ってきたと思ったのに、そういう軟弱な所は変わらないね」


 ソフィアのキツい言い方に懲りるどころか、にやりと笑ってジェラルドはソフィアの頭にぽんと手を置いた。


「心配してくれてありがと」

「心配なんかしてない! このバカジェラルド! 私はあの子と違うの! 似てるからって一緒にしないで」


 ソフィアの抗議する姿を見ていたジェラルドの表情が凍り付いたように動かなくなった。ソフィアもしまったという顔をするが、それ以上言葉が続かない。


「そうだね……彼女はもういない……」


 ジェラルドが繰り出した言葉は、重い空気をさらに重くさせるだけだった。その言葉を聞いたソフィアさえも泣き出しそうな悲しい表情になって俯く。

 しばらくそうして2人は身動きもせずに沈黙を続けた。その間2人の頭によぎった物は同じ事だったかもしれない。どちらからという事も無く、その事の話題を早く終わらせたいという空気が流れ始めた。


「……今大事な事はマリアの事だ」

「そうだね……」


「ソフィア……マリアのため……協力してくれないか?」

「ジェラルドに協力は嫌だけど……マリアのためなら仕方ないね……私あの子好きなんだ……やりたい事に向かって一生懸命で、真面目で……ジェラルドが好きになった訳わかるかな」


 ソフィアにそう言われてジェラルドは急に顔を赤らめ首を振った。


「いや、 マリアの事好きとかそういう事じゃなくて……」

「人として好きって言ったんだけどな……」


 ソフィアがからかうようににたりと笑うと、ジェラルドは「……しまった」とちいさく呟いてごまかすようにそっぽを向いて頭をかいた。


「いいんじゃない? 好きな女の子が出来たって」

「そういう事はもうしないって決めたんだよ……ただマリアはなんだか見てて応援したくなるし、ずっと見守っていたくなるから……」


 ソフィアは子供を見つめるように優しい表情をしていた。慈愛に満ちたその表情はいつもより彼女を大人に見せていた。


「それで必死にしらんふりしてたの? 自分の巻き添えにしないため? ……ガキ」

「なに!」


「私より年下のくせに……ごまかしたって無駄なんだからね」

「年上だって忘れるくらいの子供っぽさの癖に……」


「子供っていうな!」


 先ほどまでの穏やかな大人の表情から一点、ソフィアが子供っぽく拗ねた。そんな姿さえも愛らしく見えてしまうのは、その美貌ゆえの事だろう。

 そんな子供同士のじゃれあいのような戯言を続けていたのに、ジェラルドは一点真剣な表情になって言った。


「もう失いたくないんだ。本当に頼む……」


 ソフィアは真面目な表情で頷いた。


「うん……わかってる。理由はわからないけど、まだこの都に来たばかりの女の子に刃物を向けて怪我させるのは危険だ。私ももう手出しさせたくない……で? どうする?」


 そこから2人は今後の事について相談し始めた。マリア本人がいない場でこんなやり取りがあったことなど、マリア自身知る由もなく。

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