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故郷からの頼り

 翌日から学院で紅茶の啓蒙活動を始めた。本当は営利目的の活動は禁止されているのだが、ソフィア様が特別に学院長に掛け合ってくれたらしい。

 まずは紅茶の試飲という事で、ストレートティーとミルクティー両方で学生達に飲み比べしてもらった。やっぱりミルクを入れる習慣が多いせいかミルクティーの方が人気がある。生徒の反応はおおむね好評で、素直に味の美味しさを実感してもらえたようだ。

 やはり貴族のお茶会のように妙な駆け引きが無い分素直だ。学院には貴族の子弟もいるのだが、お茶会のように肩肘張ってないので、大分気楽に楽しんでもらえた。

 噂を聞きつけた何人かの商人から、街で売らないかと打診もされた。貴族達よりも安い茶葉中心だが売れないよりもずっといい。チャイ式の煮だしで淹れる方法を提案してみたり、店で扱う場合の注意点など色々説明しながら商談を進めて行く。


 とある商人と話し込んでいるうちに日が暮れてしまい、すっかり夜になってしまう事もあった。


「お嬢様そろそろ帰りましょう。町中とはいえ夜出歩くのは危ないですよ」


 キースに促され館へと帰る。町中はロンドヴェルムより星が遠く、夜になっても街の中は灯りに照らされていた。それでもちょっと裏路地に入ると真っ暗だ。


「危ない!」


 突然キースに引き寄せられて、後ろに倒れる。路地裏から突き出されたのは刃物だった。突然の事に身をすくませていると、キースが私を庇うように間に立って相手を睨みつける。刃物を突き出した男は低い声でこう言った。


「田舎者は田舎に帰れ。でないとどんな目に遭うかわからないぞ」


 言うだけ言うと男は去って行った。それは私達が何者か知っていて、明確に向けられた敵意だった。どうしてこんな事をされるのかさっぱり心当たりが無い。


「お嬢様大丈夫ですか?」

「ええ……」


 去って行った男に気味が悪い物を感じつつ帰宅した。


 それから数日後、突然取引中の店から商談を取り消したいという連絡が来た。なぜ突然と思い慌てて行ってみると店の主人が怪我をした腕を見せながら言った。


「夜道で突然襲われて脅されたんだ。こんな恐い思いをするくらいなら取引を辞めさせてもらいます」


 何者かはわからないが明確な悪意を感じて震えた。このままじゃ他の商談相手も巻込まれるかもしれない。怪我を押してまで商談を続けて欲しいだなんて言えない。


 貴族には相変わらず売れないし、商人達もこういう状況ではまともに商談も出来ない。どうしようかと悩んでいる時にロンドヴェルムの父から手紙が届いた。


『マリアへ

元気で過ごしているか、離れていると心配だ。

茶が売れなくても良い、元気に帰ってきて欲しい。

お前には私の後を継いでロンドヴェルムの地をおさめて欲しいと思っている。

お前の気に入らない相手と無理に結婚しなくても良いが、

もしマリアさえよければキースを婿にして今まで通りロンドヴェルムでのんびり暮らしてもいい。

だから早く帰ってきて私を安心させてくれ。

……』


 そこから先は事務連絡とロンドヴェルムの今の様子が、色々と書かれていたが頭に内容が入って行かない。父の手紙を読んで驚いて思わず手紙を取り落としてしまった。キースがその姿を見て不安そうにこちらを伺う。


「お嬢様どうされましたか? 旦那様はなんと?」

「何でも無いわ。ただの事務連絡と挨拶よ」


 キースにはそう言ったが、まともにキースを見る事が出来なかった。

 まさか父がキースとの事を認めて勧めて来るとは思わなかった。改めて考えるとそう悪い話ではなかった。

 薄々感づいているけど、キースは私の事を好きらしい。今まで誠実に仕えてくれたし、キースの性格なら結婚後に急に手のひらを返すとは思えない。

 お茶作りにも理解があって、結婚後も仕事を続けさせてくれるだろう。その上父の公認があるなら条件としては十分過ぎるくらいだ。


 それでも簡単に飛びつけるほど私も単純でない。キースの事を好きかと聞かれたら嫌いではないと思う。でも打算だけで結婚相手に選べるかと考えたら疑問が産まれる。

 私がそんな風にぐるぐる考えてると不審に思ったのか、キースがつかつかと近づいてきた。


「失礼します」

「あっ! ちょっとキース」


 突然キースが私から手紙を取り上げて、手の届かない高さで読み始める。慌てて取り上げようとしても無駄だった。キースは片眉を跳ね上げて不機嫌そうにため息をつく。


「まったく……旦那様には困ったものだ……お嬢様、あまりお気になさらないで下さいね」


 そう言いながら手紙を返してくれる。なんだかそれでも気まずい。やっぱりキースの顔を見られずに俯いていると突然キースが跪いて私の片手を取った。


「私はお嬢様が誰と結婚しようと一生おそばでお仕えし、お守りします。だから気にしないで下さい」


 どきんと胸が跳ね上がる。だがそれは恋のときめきとかそういうのとは違った。なぜかはわからないが嬉しくなかったのだ。私は守られて喜ぶほど素直な女の子に育ってこなかったのかもしれない。

 キースには自分の幸せのために時間を使って欲しいそう思ってしまう。でもそれをうまく言葉にできなかった。

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