学び舎へGO
「ここ学院では基礎学問の法学、歴史、哲学、修辞学、幾何と個人の適性に応じた応用学問医学、理学、神学、文学、工学、魔法を学ぶの」
ソフィア様に案内された学院は迷いそうなほど広く、多くの学生が行き来していた。
「あの……聞きにくいのですが、ソフィア様ってここでは有名人ですか? さっきからすごく注目されてる気がするのですが……」
うん。視線びしばし感じます。ソフィア様は極普通にしているけど、なんだかいたたまれない。
「うん? 私学院長の娘だからかな?」
それだけじゃない気がするのは気のせいでしょうか?
「そういえばソフィア様はここで何を学ばれているのでしょうか?」
「工学。もう基礎学問は大体終わってるから自由に研究させてもらってるよ。そうそう。前に聞いた紅茶を作るための製茶器具も作ってみたんだけど、見てもらえないかな?」
「え? 一度話しただけで作れるのですか?」
「似たような工具はすでにあるからね。それを改良・応用してみたんだ」
すごい! と感心してついていったのが間違いだったかもしれない。私は工房にたどりついてそれを見て後悔し始めた。この人本当に変人だ。
「ソフィア様? なぜ製茶器具に槍みたいなのがついてるんですか?」
「ああ……それは製茶作業中に敵に襲われたときの防衛武器だよ。ここの安全装置を外すと敵めがけて打ち込めるようになっていて、飛距離は……」
嬉しそうに語り始めるのを遮って聞いた。
「製茶器具に武器は必要ありません」
「ええ……でももしものために……」
「その時は別で専用武器を用意しておけばいいのではないでしょうか? もしもなんてそう滅多にないのですから無駄です」
「だってこっちの方が面白いし……」
なんかさっきの視線の理由わかる気がする。こんなトンデモ発想な人なら、美人とか学院長の娘とか関係無しに、みんな注目するよね。ちなみに製茶器具としての機能は問題なく、武器を外した形で作って欲しいと本気で思った。才能の無駄遣いだ……。
「他の設備も見学したいのですが……」
「うん。いいよ」
ソフィア様はちょっと未練がましく槍を撫でていたが、あっさり頷いてくれた。見渡してみれば周りの製作中の工具もどこかに槍とか剣とかついてて刺々しい。これがソフィア様の趣味だろうか? 深く考えるのを辞めて他の設備へと向かった。
「ここは運動場。魔術鍛錬とかの時に使用したりするよ」
学院の建物がひしめく中、ぽっかり開いた開けた場所があって、そこに何人かの人がいた。その中に見知った顔があって驚く。ジェラルドが青い光の風を纏わせている。その表情は真剣であり、私の前で見せていた気の抜けた笑顔が嘘のようだった。
「ジェラルドか……。王族だけど魔術の勉強のために学院に通ってるんだよね。なにせ学院の勉強はアルブム最高レベルだからね」
ふいにソフィア様からもれたジェラルドという親しげな言い方が耳にささる。王族を呼び捨てにするぐらいの仲なのだろうか?
中身はアレでも見た目はジェラルドとソフィア様お似合いの美男美女だな……。
「マリア殿、どうしたの?」
「い、いえ……」
「ああ……もしかしてジェラルドに見とれてた?」
「違います!」
「ああやっぱり……なんか彼の事でリーリア様と揉めた? だから最近お茶会こないんだ。あの人のジェラルドファン熱は異常だからね」
「違く無いですけど、違います。リーリア様と揉めてる原因はジェラルドですけど、私は見とれてたとかファンとかじゃないです。あんなバカ男……」
「うわー。一国の皇子をバカ発言……。大胆だね」
「あ、いえ……その」
しまった。つい気軽にバカとか言っちゃったけど、ジェラルドは皇子なんだから、こんな発言したら大変な事になるよね。でもソフィア様はなぜか嬉しそうににこりと笑った。
「おお! 同士だ。私もジェラルド嫌いなんだよね。他の女の子だとあの容姿に騙されてるから嬉しいなバカジェラルドで十分……」
「さっきから大声で人をバカ、バカと……。一応これでも皇子なんだけど……。本当に相変わらずだな……ソフィア……」
話を聞かれてしまったようで、いつのまにか近くまでジェラルドが近づいてきていた。
「おお。聴こえてしまったか。聞かれても構わないけどね」
「おまえ……バカだというならソフィアの方がバカだ。相変わらず余計な機能付きのバカ発明してるんだろ」
「何を! 私はバカにしてもいいが、私の発明をバカにするな!」
なんだか掛け合い漫才のようなやり取りが始まった。皆遠巻きに見ているが誰も止めようとしない。何というかこれだけ言い合えるなんてジェラルドとソフィア様って仲が良いの? どういう関係なんだろう。
「ジェラルド……」
私が声をかけると困ったような表情をして小さな声で言った。
「ゴメン……マリア」
それを聞き取れたのは間近にいた私とソフィア様ぐらいだろう。ソフィア様はぴくりと反応して眉間に皺を寄せた。ジェラルドは今度は誰もが聴こえるような大きな声で言った。
「君は誰かな?」
その空気で気づいた。ジェラルドにとって私は知らない事にしておきたい人間なのだ。それがなぜかは知らないか。ソフィア様がぽつりと言った。
「やっぱりジェラルドはバカだ」
その言葉の意味をその時の私は知らなかった。




