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どん底で見た光

 ジェラルドの件でリーリア様に睨まれてから、探してもどこのお茶会にも呼ばれなくなってしまった。

 あれだけたくさんあった紅茶仕入れ依頼も、すべてキャンセルになってしまったのだ。結局紅茶の味ではなく、リーリア様の顔で売れていただけななのだと思うと悲しい。

 ジェラルドの事が気にかかり、その上仕事まで上手く行かなくて、私はやさぐれていた。部屋に閉じこもってぼんやりしていると、涙がにじんでこぼれ落ちて行く。

 何度かキースが気を使ってきたけれど、それさえもうっとおしくて、追い出して一人で閉じこもった。


 ジェラルドが皇子だなんて……いまだに信じられない。私の事なんか忘れてしまったのだろうか。元より手の届かない所にいる人だったのかもしれない。

 そんな事を考えて沈んでいたら、突然その思考は阻まれた。


「お嬢様お客様です」


 ヨハンナがそう言って私を迎えにきた。今の私にどんな客が来るというのだろう? 思わず首を傾げて聞いた。


「誰?」

「ソフィア・ティモシー様です」


 一瞬誰だろう? と思ってよく考えたら思い出した。最後の茶会で熱心に紅茶について聞いてきたあの人か。あの時しか接点は無いはずなのに、わざわざ尋ねて来るなんてどうしたのだろう?

 とりあえずヨハンナに手伝ってもらって急いで身支度を整えて客間に向かった。


「遅くなって申し訳ございません。わざわざ来て下さってありがとうございます。どのようなご用件でしょうか?」


 私が入って来るとけだるげにソフィアは頷いてぼそぼそとしゃべり始めた。


「この前は中途半端にしか紅茶の話できなかったから聞きたくて。特に製造方法の違いでこんなに新しいお茶が作れるなんて興味深いから」


 純粋に紅茶話したくてわざわざ来たのか……と思うと驚くが、今はとても嬉しかった。そのまま雑談のように紅茶の話を始める。全体として儚くけだるい感じの美人なのに、目だけが興味深く輝かせていて、とても楽しそうなのが見ていて面白かった。


「ソフィア様……なぜわざわざこんな事を聞きに?」

「新しい技術というのはどんな物でも面白いから。研究家としての血が騒ぐ」


 本気ですか? 一見美人なお嬢様なのに、何となく眼鏡と白衣が似合いそうだなと思ってしまった。


「女が勉強するなんて珍しい?」

「いえ……よい事だと思います。私は女でも仕事に生きてもいいと思ってるので」


 そう言うと初めて笑顔と言えそうな表情を浮かべた。今まで笑わなかったからその威力は爆発的である。


「そうだよね。女だからとか差別されるのはおかしいよね。さすがお茶を売りに社交界までやってきた『茶師の姫君』は違うな」

「茶師の姫君?」


「知らないの? 社交界の噂でマリア殿はそう言われているよ」


 まさか故郷でのあだ名がアルブムでまで広がるとは……。誰が広げたんだか。


「私はね、父が学院の院長をしてて、子供の頃から勉強させてもらえたんだ。女だから勉強しなくていいなんて言う人達が多いのが悔しいんだ」

「学院?」


「アルブムにある最高学府だよ。初歩的な基礎と各分野の研究とに別れてるんだ。よかったら今度マリア殿も来てみない? マリア殿なら紅茶の製造方法で一本論文書けるよ」

「今は紅茶の研究より販売がしたいです。少しでも稼ぎたいから……」


 そう言うとソフィア様は表情を曇らせて言った。


「ああ……ごめん。ロンドヴェルムは大きな災害で大変な時だったよね。遊んでられないんだね。私で出来る事なら手伝いたいけど、私友達少ないからな……」


 思わず頷きそうになる。いい人なんだけど、興味の対象が特殊過ぎて、貴族の中で友達は出来なさそうだよね。


「でも学院で紅茶の話をするのもいいと思うよ。学院には実力があれば身分は関係なく入学できるから、貴族だけでなく商人の子弟達もいるし。売るのは貴族だけでなくてもいいじゃない?」


 なるほど。今までは貴族をターゲットに考えていたが、財産のある商人達を中心に営業してみるのも良いかもしれない。高級茶葉ばかりでなく、庶民に広く広まるようなお茶でも良いんじゃないだろうか?


「ありがとうございます。今度伺わせて頂きます」

「うん。じゃあ行きたくなったら案内するから、連絡してね。じゃあ今日は失礼するよ。大分長居してしまったからね」


 ふらふらとけだるげに立ち上がるとソフィア様はのんびりと帰って行った。


「面白い方ですね」


 キースがずっと私達のやり取りを見ていたようでそう言った。


「そうね。でも良いかたよね。今の状況では数少ない希望よね。早速学院についての資料をそろえてくれる? 色々調べて行きたいから」

「かしこまりました」

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