乙女の夢
前回のお茶会でリーリア様に気に入られたおかげで、すぐに他のお茶会にも呼んでもらえる事になった。人脈のない私には本当に有り難い話である。本当にリーリア様のおかげだ。私自身もリーリア様にとても気に入られ、名前で呼ばれ、お屋敷にお呼ばれするほど仲良くなった。
クレメンテ邸はさすが身分の高い公爵家の屋敷だけあって、入口も庭も外観も室内の調度品に至るまで、豪華でありながら品があり、ただただ圧倒されていた。
「マリア。次のお茶会にはどんなお茶を淹れましょうか?」
お茶会のための下準備でリーリア様のお屋敷に伺うと、さっそくお茶会話になった。
「次の主賓はどのような味を好まれるのでしょうか?」
「そうね……。レリ産の秋摘み物がお好みだったかしら……。うちにあるから淹れさせるわね」
「ありがとうございます」
「レリのお茶は火入れの強い力強い味わいが特徴なの」
「なるほど……」
リーリア様が今の緑茶主体の貴族社会で、誰がどのような茶が好みという事を教えてくれて、その上その茶を飲ませてくれるので、非常に勉強になる。食べ物というのは聞くより舌で味わうのが一番の勉強だからだ。
緑茶と一口に言っても製法は様々で、実に味わいの広い物だなと感心してしまう。飲んだ緑茶からそれを好む人の嗜好を推測して紅茶を選ぶのは面白かった。
「リーリア様は本当にお茶がお好きなんですね」
「マリアだってすごいわ。わざわざ茶を売るために故郷を出てアルブムにやって来るなんて」
「そうなんですが……」
その時リーリア様はにこやかな笑みを潜めて、ものうげな表情をした。それが気になって言葉に詰まってしまう。
「わたくしが……お慕いしている方がお茶好きなの。いつかその方に最高のお茶を出して差し上げたいと思ってて……」
照れたように頬を染めるリーリア様の姿が可愛らしくて、思わず抱きしめたくなる。好きな人のためにお茶を入れる……なんて乙女チックなのだろう。私のように前世からの因縁などとどろどろしたのとは大違いだ。
「いつか叶うといいですね」
「ええ……最近アルブムに帰っていらしたのですれど、そう簡単にお会いできないような尊いお方で……」
リーリア様は大きく頷きながらお茶を口にした。リーリア様にこんな表情をさせる人ってどんな人なんだろう? リーリア様に貴い身分と言われるなんて、どんな人かと思ったが、人の恋話にずけずけしゃしゃりでる趣味もないので、その時はそれ以上聞かなかった。
そうしてしばらくお茶会の打ち合わせと、実際のお茶会とが交互に続いた。リーリア様に連れられてお茶会でお茶を振る舞うと、好奇心の強い貴族の方々が集まってきて、どんどん紅茶を飲んでくれた。
「これは珍しいお茶ですわね。今度うちのお茶会でも出したいですわ」
「あらわたくしも。お茶の淹れ方をうちの使用人に仕込んで下さいませ」
「わたくしも……」
こんな調子でひっぱりだこのおかげで大忙しである。そろそろサンプルとして持ってきた茶は底をつき、第一弾の船便が届く所だ。一応港に倉庫は確保してあるが、この調子で売れるなら、倉庫で寝かせる間もなく売れるかもしれない。
売れた利益がロンドヴェルム復興のためになれば……。私は一生懸命営業活動に励んでいる。
「お嬢様失礼します」
どの屋敷の誰がどういう好みで何を欲しがってるか、書留める事務仕事をコツコツやっていると、キースがお茶を淹れてきてくれた。
「ありがとう。キース」
私はキースの淹れたお茶を何気なく一口飲んで驚いた。
「これ……私の……!!」
「はい。お嬢様が摘み取った茶園の物です」
そう私が茶を摘む所から一から作ったお茶だった。だがこれは市場に出してはいけないと父から固く言いつけられていて、今度のアルブム行きに持って行けなかったはずだ。
「少しだけ旦那様にご了承いただいて持ってきました。お嬢様がお忙しくてお疲れのご様子だったので」
その言葉に笑みがこぼれる。キースの気遣いが嬉しかった。もう一口飲んでほっとため息を漏らすと、なんだか疲労が取れた気がする。やっぱり人の入れてくれたお茶っていいな。
「本当にありがとう。でも忙しくて嬉しいわ。お茶が売れればロンドヴェルムの為になるもの」
そう……忙しくてよかった。余計な事を考えなくてすむ。懐かしいお茶を飲んだせいで、少しだけ昔を思い出して胸が痛む。ジェラルドは今どうしているんだろう。このお茶を皆で飲んだあの日が最近のような遠い昔のような不思議な気分がする。
「お嬢様? どうなさいました?」
キースが心配そうに見下ろしているのに気がついて、慌てて首を振った。愚痴をこぼしても何も変わらない。ならばこの気持ちは封印して仕事に励もう。
「何でも無いわ。何でも無い」
そう……日本でもそうだった。仕事に夢中で楽しんでいるうちに他の事は忘れてしまう。それで良い。




