マリア、10歳にしてワーホリになる
紅茶がなければ作ればいいじゃない。
その考えを思いついたのは私が10歳の時だった。
父ゆずりの黒髪と、母譲りの紫の瞳。前世でも黒髪だったから親近感があり、紫の瞳は純粋に綺麗で、顔は十人並みだったけど、自分の容姿に十分満足していた頃の事。
足りないのは紅茶……ただそれだけ。
幸い私の住むロンドヴェルム地方は温暖多湿で、お茶の産地だった。
緑茶が作れるなら紅茶も作れるはず。厳密に言うと紅茶と緑茶では品種が微妙に違うのだが、元は同じ茶の木を摘み取って、その後の加工方の違いで緑茶になるか、紅茶になるか決まるのだ。
歴史的に見ても、先に緑茶が産まれて、紅茶が開発されたのは近代に入ってからの事。
つまり加工法を研究確立すれば紅茶が作れて飲めるという事よね。
「お父様。次の誕生日プレゼントに茶園が欲しいです。小さくてもいいので、自分が自由にお茶を作れる茶園が」
父ロイド・オズウェルドは私のワガママにおかしな物を見たように眉根を寄せた。
「なんでまたそんな物を欲しがるんだ。可愛いお人形だって、綺麗なドレスだって、飼いたいならペットだっていいのに。よりにもよって茶園というのは……。それにそんな物もらってどうするんだ」
「新しいお茶を作ります。今までにないような、とっても美味しいお茶を」
すると母エマ・オズウェルドがおっとり微笑んでこう言った。
「本当にマリアはお茶が好きね。あなた……許してあげたら」
「だがな……」
「マリアも外の世界でのびのび遊びたい年頃でしょう。それにあの子を引き合わせるちょうどいい機会じゃないかしら?」
「んむ……そうだな……」
何の事だかよくわからないが、母が賛成してくれたのはありがたい。家族ラブな父が娘と妻に言われて言う事を聞かない訳がない。
「わかった。マリア。お前の好きなようにしなさい」
「ありがとう。お父様」
私が笑顔で抱きつくと、父はデレデレ笑顔で情けなくなる。まともな表情をしていればそれなりにかっこいい父なのだが……。まあ私に都合がいいからいいや。
そして待ちに待った誕生日の日がやってきた。茶園に行くぞっと張り切って動きやすい服に着替えていたら、突然父に呼ばれた。
「マリア。紹介したい者がいる。入りなさい」
入ってきたのは私より少し年上だろう男の子。すらりと痩せた長身で、黒髪、黒目、日本人に近いような真面目そうな雰囲気。でもよく見るとイケメンかもしれない。
「彼はキース・デュカード。今日からお前の従者だ。茶園や外に行く時は、必ず彼と一緒に行きなさい」
つまりお目付役という訳だ。口うるさい大人をつけられるよりマシだけど、初めて会う子だから少し警戒した。
「マリアお嬢様。初めてお会いできて光栄です。これからよろしくお願いします」
「これからよろしくね。キース」
これが私とキースの長い歴史の始まりだった。
その後簡単に茶園を視察して挨拶した後、大満足で帰ってきた私はご機嫌だった。よし明日の朝から早速茶摘みだ。久しぶりの現場にワクワクする。
子供だからと10年もちやほやされてぐーたら怠けてたから、体がうずうずして仕方がない。やっぱり私ワーカーホリック……ワーホリだわ。
朝が来たのでキースを叩き起こして茶園に大急ぎで向かった。まずは茶園を管理してくれてる専門の茶職人に茶摘みの仕方から学ぶ。前世の記憶で知識はあるが、やってみるのは初めてだった。
「出始めたばかりの若い新芽とそのすぐ下の二葉。つまり一芯二葉だけを摘むんですね」
「お嬢さん上手いもんじゃないか。初めてとは思えないよ」
昨日挨拶回りをしていたおかげで円満な人間関係が築けている。職場のコミュニケーションって大切だよね。これからもお世話になるだろうし。
嬉々として茶摘みをしていると、キースは慌てたように声をかけてきた。
「何をなさっているのですか。そのような事お嬢様がなさらなくても」
「私がしたくてしてる事よ」
ぴしゃりと切って捨ててまた茶摘みに戻る。今日摘んだ茶葉で早速紅茶作りの練習をしよう。緑茶は茶葉を発酵させずに作る無発酵茶。紅茶は製造過程で発酵を促し完全発酵させる発酵茶。
前世で工場見学をして知識と方法は知っていても、近代的な設備の整った製茶工場での事。手作業でどれだけできるかわからない。紅茶らしい物が出来ても美味しくなるとは限らない。
少しづつ、努力して、理想の紅茶にするべく、日々研究するしかないか。幸い私はまだ10歳。まだまだ時間はある。
毎朝軽く食事したらすぐに茶摘みして、製茶の研究をして、疲れたら昼食を食べる。午後は色々とこの世界の勉強があるので、お茶に関する書籍を読んで研究するのは夜になってしまう。
成長期の子供にはあまりよろしくない事だが、睡眠時間を削って私は紅茶作りに没頭した。
いつかまた美味しい紅茶を飲める日を夢見て。