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港に置き忘れた思い

 アルブムの港は海から川を少し登った中州に位置していた。港はロンドヴェルムと比べるも無く大きく立派で、人々の行き来も賑やかだった。港には大きな倉庫がいくつも並んでいて、積み荷を一時的に保管する場所もある。

 川を中心に大きな街が広がり、高い建物がいくつも立っている。石造りのどっしりとした建物が多く、道も全て石畳で舗装されていた。


 船がアルブムの港に近づいた時、勝利を確信した船員達が喜びの声を上げた。港でティークリッパーの勝敗を見届けるべく待ち受けていた観客達からも歓声が聴こえる。結局あのジェラルドの風のおかげで他の船と大きく差をつけて到着したのだ。

 船の周りには多くの人達が押し寄せてお祭り騒ぎになった。大切な荷物であるお茶を船から荷下ろししているのを横目に見つつ、私達は船長さんにお礼を言って船を降りた。


「お嬢様。まずは都でのオズウェルド家の屋敷へ向かいましょう。管理人が家を整えて待っているはずです」

「うん……ジェラルド?」


 いつも余裕の笑みで笑ってるジェラルドが、顔をこわばらせて厳しい表情を作り街を見渡していた。都の中心地に背を向けてジェラルドは俯いて呟いた。


「マリア、キース……ここでさよならだ」


 ジェラルドのいつになく真剣な言葉に私は呆然と見つめてしまった。私にはどう声をかけていいのかわからなかったのだ。


「何を言ってるんだ。散々旦那様にお世話になっておいてここでいきなりさよならとか……」

「その借りはもう返した。だよねマリア」


「……」


 私は無言で頷いた。確かに船の中で魔法を使う代償に取引した。でもまさかこんなにいきなりいなくなるなんて……。思わずジェラルドの袖を掴んで引っ張ると、優しくその手を振りほどかれた。


「僕と一緒にいない方がマリアのためだよ。じゃあね」


 そう言ってジェラルドは私に背を向けて歩き出した。隣でキースが怒って声を上げているのも、今の私の耳には届かない。いつでも当たり前のように隣にいる存在が、ある日ぽっかり消えてなくなる喪失感。

 ああ……日本で失恋した日もこんな気分だったな。キースに腕を引かれるまで、私はそこで無言で立ち尽くしていた。一人だったら動く事も出来なかったと思う。


 手を引かれるようにアルブムの街を歩き出す。俯いた私の視線に見えるのはすり切れた石畳だけ、それでもロンドヴェルムに比べて美しく感じるのは、やはり都だからというべきか。

 街の中心に城があり、城の周囲に貴族達の住む住居が建ち並ぶ。その一角にオズウェルド家の別邸があった。父も社交シーズンになれば貴族の嗜みとしてアルブムに長期滞在し、城に上がったり、他の貴族の家に行ったりもする。他の貴族も自分の領地とアルブム両方に家を持っていたりするのだ。

 オズウェルド家の家は貴族の家としてはこじんまりとしていたが、それでも私から見れば立派な物だった。


「ようこそおいで下さいましたお嬢様。お待ちしておいました」


 屋敷の管理をしてくれたヨハンナという中年の女性が出迎えてくれた。少し恰幅の良いオカン体型だが、その分不思議と安心感があって、ジェラルドのいなくなった喪失感をつかの間の間慰めてくれた。


「さあお嬢様荷物を下ろしたらまずはお茶を飲んでおくつろぎくださいませ。ご用意してますから」


 ヨハンナが用意してくれたのはロンドヴェルム産の紅茶だった。私の好みを聞いてわざわざ取り寄せてくれたらしい。その心遣いがしみるほど嬉しい。


「これくらいこの都では普通ですよ。どこのお貴族様がどこ産のどんなお茶が好きか、調べて茶会に出すのが貴族の嗜みですからね。」

「お茶の好みを把握してるの?」


「そうです。まずその茶会に参加する人の中で最も身分の高い人に合わせ、その人の好みの茶を取り寄せる所から茶会は始まります。だから本当は茶会の日程や出席者は1年前から決まっている物なんですよ」


 お茶を飲みながらヨハンナから聞いていると、感心を通り越して飽きれてしまう。大変な貴族の風習に思わずため息がもれる。こんな貴族世界で果たしてこの新しい紅茶の味が迎えられるのだろうか。

 落ち込むと自然と慰めてくれたジェラルドはもういない。


「ねえ……ヨハンナはこの紅茶の味をどう思う?」

「大変美味しいお茶だと思います。色も綺麗ですし面白いですね」


「面白いか……」


 そういえばジェラルドは初めて飲んだときから抵抗無く気に入ってたけど、アルブムの人達みんなそうかわからないわよね。

 そうやって考えているとお茶の事よりジェラルドの事が気になってしまう。何を考えても思考がジェラルドに向いてしまう。今同じアルブムにいてもジェラルドは隣にいない。どこでどうしているのだろう。


「お嬢様」


 気づくとキースが不安そうな目でこちらを見ていた。私のせいでキースに不安を抱かせてしまうもうしわけない。


「ありがとう。大丈夫だから」


 私はこの街に何をしにきたの? 茶を売りにきたんじゃない? 気持ちを切り替えなきゃ。ジェラルドの事は忘れようと心に誓った。

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