船出<書き下ろし追加シーン>
ティークリッパー船が慌ただしく補給用の水や食料を積み込んでいるのを見つつ、私達は船に乗船した。結局両親は港まで見送りには着てくれなかった。会うと別れがたくなるからと。
16年ともに過ごした両親と別れるのは寂しいが、これが終わりではない、また会えると感傷を振り切った。
前世で飛行機には何度も乗って海外旅行したが、思えば船旅は初めてかもしれない。磯の香り、肌に触れる海風、揺れる船の上で確かに私は海という物を深く感じ取っていた。
「マリア。どうしたの?」
ジェラルドが不思議そうに問いかける。
「ん……なんでもない。ただ船に乗るのが初めてだから」
「初めてでティークリッパー船か……随分と大変な旅になりそうだね」
優雅な船旅とはほど遠い早さ勝負の急ぎ旅。それは過酷な船旅のスタートだった。港から出航する際は船員総出で船を漕いで沖へと向かった。沖の海流に乗ってからは、帆を巧みに使って航路を進んで行く。
揺れは凄いし。景色もぐんぐんと変化して行く。アルブムまでまだまだ先だとわかっていても既に船旅が辛くなって来た。
「お嬢様大丈夫ですか?」
「……うん。風に当たればなんとか……。でも覚悟してたけど大変な旅ね」
キースは不安そうに私の顔を覗き込む。でもここで弱音を吐く訳にはいかない。自分でこの船に乗る事を決めたのだから。
「酔い止めの薬をもらってきます」
キースがそう言って立ち去るのと入れ替わるようにジェラルドがやって来た。
「マリア〜お茶にしよう♪」
ジェラルドがいつものように私にじゃれついてきた。それに苛つきながら返事する。
「今そんな気分じゃ……」
「今日は僕が淹れるよ。ハーブティー持ってるんだ」
ハーブティーとは珍しい。そういえばこの世界でハーブティーを飲むのは初めてだった。ジェラルドは簡易の燃料で湯をわかし、片手鍋でお茶を煮だし始める。
「これは酔い止めに効くお茶なんだよ。はいどうぞ」
差し出されてはっとする。ジェラルドが私のために淹れてくれたお茶。初めてかも知れないそのお茶を見て、自然と笑顔がこぼれる。
「ありがとう」
受け取るとまだ熱いカップのぬくもりを感じる。火傷しないように慎重に口をつけると独特の華やかな香りが口の中に広がった。
「美味しい……。花の香り?」
「ブレンドだからね。酔い止めのハーブだけだと飲みにくいから、花茶も混ぜてあるんだ」
さすがジェラルド……食べ物にうるさいだけあると内心思いながら、ゆっくりとハーブティーの味を楽しんだ。ハーブが効いたのか、気分の問題か、さきほどよりも船酔いが収まった気がする。
お茶を飲みつつジェラルドが帆を見上げぽつぽつとしゃべる。
「この船の船員は優秀だね。ちゃんと風の動きを読んで最大限引き出してる。優勝も夢じゃないかも」
「そんな事までわかるの?」
「船には旅の途中で何度も乗ったしね。それに風の流れが見えるから」
そういえばジェラルドは風魔法を使っていた。彼の目には風の流れすら見えてしまうのだろうか?ジェラルドは帆から空へと目を移し、遠くの景色を眺めた。
「でも……このままだと風の流れが止まるね。凪がくる……」
「そんな……。風が止まったら動かなくなってしまうわ」
「そうだね。無事アルブムまで間に合えば良いのだけど。こんな海のど真ん中で止まったら僕も困るなぁ」
そう話していたらキースが慌てて戻って来た。
「お嬢様。酔い止めの薬もらってきました」
「ありがとう。キース。わざわざもらってきてくれたのに悪いけど、大丈夫そう。ジェラルドがハーブティーを淹れてくれたの」
キースは一瞬ジェラルドを睨みつけた後、ため息をついた。
「お嬢様がお元気になられたならいいのです」
そう言いながらもキースはどこか悔しそうだ。いまだにキースは一方的にジェラルドを嫌っていて、対してジェラルドは敵意を見せられてものほほんと笑っている。
器が大きいのか、バカなのか……。
ただこの奇妙な三人の関係を私は楽しんでいた。ロンドヴェルムにいた頃と変わらない、どこへ行っても私は私でいられる場所。
そんな安心感がそこにはあった。




