男達の思惑
じりじりと揺らめきながら燭台の炎が執務室を照らし出す。いっこうに進まない書類の山に埋もれながらロイドは懸命に仕事に追われていた。
夜の静寂を破るように響くノック音。返事を返すとそっと扉を開けてキースが入ってきた。
「夜遅くに失礼します。準備が整いまして予想では明日には船はロンドヴェルムに到着するそうです。補給が出来次第の出発となるので、すぐに出航します」
「そうか……」
「最近お嬢様に会われてないですよね。このまま娘の顔も見ずに旅立ってしまっていいのですか?」
「会えば行かせたくなくなる。それに今はロンドヴェルムが大変な時だ。私の仕事は山のようにある。娘のためとはいえ時間を割く余裕はない」
そう言いつつも、仕事の片手間にキースの報告はこうして聞くのだ。ロイドの本音がどこにあるのかと疑いたくもなる。
キースは一歩踏み込んで執務室の机に近づき声を潜めて言った。
「伯父上はアルブム行きの条件にジェラルドを同行させる事と言ったそうですね。お嬢様の婿候補にも入らない相手をそこまで信頼する理由はなんですか?」
「アルブムにつけばわかる」
「それはあの男がアルブムにゆかりのある貴族の子弟だからですか? それぐらい想像はつきます。向こうでの伝手がある方が有利ですよね。しかしあの男がこの街を出てもお嬢様のために何かをするとは限らないでしょう。仕事したくないなどとバカな事を言って、だらだら過ごしていたあの男をどうして信用できるのですか?」
キースは潜めていたはずの声がだんだんと大きくなり、最後には燭台の炎を揺らすほどになっていた。ロイドはその熱意にもどこか冷めたような反応で、小さくため息をつく。
「信用はしてない。むしろマリアのために何もしてくれないほうがいいと思ってる。何もしない事がマリアのためになるのだ」
何もしない事がためになる。そんな問答のような不思議な言葉が飲み込めずにキースは首を傾げた。
「伯父上は何を隠しているのですか? 何かあるなら俺にも教えてください。俺がアルブムでお嬢様を守ります」
そこでふいにロイドは顔を上げてキースの顔をじっと見た。まるですべてを見通すかのように深い眼差しである。
「キース。お前がマリアの味方で居続ける事も、多大な努力を続けるだろう事も信じている。できれば2人で努力を乗り越えてこの地へ帰ってきて欲しい。そしてこの地で2人に後を継いで欲しいとも」
「伯父上……」
「しかし最終的に選ぶのはマリアだ。私は全てはマリアが望む通りにするつもりだ。そしてマリアを守る者は一人でも多い方が良いとは思わないか? キースだけでなく、ジェラルドの力も加わればマリアの安全はいっそう確かなものになる。2人に私が求める物は違うのだ。絶対的に側にいて献身を捧げる物と、遠くにいても間接的に支える物と」
意味深なロイドの言葉を飲み込もうとキースは努力したが、結局すべてを理解する事は出来なかった。ただわかったのはロイドがキースに求める物とは違った支援をジェラルドに欲している事だけだ。
「わかりました。俺は自分の力でお嬢様を守ります」
「そうだな……恐らくアルブムでは予想も出来ない難題が湧いて来るかもしれない。困ったらすぐに私に連絡しなさい。可愛い娘と甥のためなら遠くからでも支援するから。そして無理だと思ったらすぐに帰ってくるんだ。マリアを無事に連れ帰る事を考えてくれ」
そのロイドの必死な言葉にキースは何かまた引っかかっていた。何かまだ隠し事がある。しかしそれは自分には教えてもらえない事なのだろう。
「わかりました伯父上」
キースは綺麗なお辞儀をして執務室の扉を出た。部屋を出てすぐの所にジェラルドが立っていた。
「まさか聞いてたのか?」
ジェラルドはにっと笑って頷いた。その態度が腹立たしい。
「心配しなくても僕はマリアのためになる事しかしないよ」
「どうだか……。お前は信用できない」
「確かに僕は君みたいに正面切ってマリアを助けたりなんて出来ない。でも僕は僕なりに色々あるんだよ。色々とね」
「色々ってなんだ? 貴族のおぼっちゃまのしがらみか?」
「まあ……そんな所だね」
そう言った時のジェラルドの寂しげな表情は、今までキースの見た事のないものであった。今まで知らなかった一面を知り、ロイドがなぜこの男を信用するのか少しだけわかった気がした。
それはロイドもジェラルドも纏っている、何かを背負う物の重みであり、孤独の横顔でもあった。
「ジェラルド……」
その横顔を捕まえようと手を延ばすが、ふいにジェラルドはいつもの気の抜けた笑顔に戻った。
「何?」
「いや……なんでもない」
「そう? ……じゃあね」
そう言いながらジェラルドはひょろりと執務室に入っていた。消えて行った影を目で追いつつ、執務室でこれからなんの話をするのかとキースは思いを巡らせていた。




