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茶師の姫君〜異世界で紅茶事業を始めました〜  作者: 斉凛
第1章 ロンドヴェルム編
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従者の呪縛

 カツカツと音を立てて廊下を早歩きする。普段のキースであればこのように目立つ行為はしないのだが、キースは最近のマリアのあまりのふさぎ込みぶりに見ていられなくなった。それで思わず旦那様であるロイドの所へ向かったのだ。

 お嬢様の様子がおかしくなったのは、父親であるロイドとの間に何かあっての事だと気づいたからだ。


「失礼します」


 ノックを軽くして返事も待たずに扉を開けた。ロイドは書類の山に埋もれちらりと視線をあげただけで、すぐに仕事に戻った。


「旦那様! マリアお嬢様に何を仰ったのですか?」

「当たり前の義務と権利の話をしただけだ。そう興奮するなキース」


 仕事をする手も止めずに片手間にあしらわれた事に、キースはいらだちを覚えつつさらにロイドに迫っていた。


「旦那様。あの仕事熱心なお嬢様が、ぼんやりしながらお茶したり、大人しく課題をこなすだけで何もしないなんて、本当におかしいです」

「それの何がおかしい。一般的な淑女はたいていそんな物だ。茶を作ったり、それを売りに行く貴族の令嬢の方がよっぽどおかしいではないか」


「旦那様! 本気で言ってるのですか? マリアお嬢様は他の姫君とは違って……」


 主人の仕事中だというのに、恐れる事なく大声で抗議をしつづける姿に、ロイドはしびれを切らしたようにペンを置いて顔を上げた。


「ああ! もううるさいわ。私だって解っている。だが事実を言っただけだ。マリアは私の唯一の子であり跡継ぎであるのだから、その自覚を持てとな……。それと、今は2人だ。旦那様という呼び方をしなくてもいいぞ」


 その言葉を聞いてすっとキースは、冷静に声を潜めて言った。


「それは甥として伯父上の話を聞いてもいいということですか?」

「そうだ。キースにも関係のある事だ。マリアにいずれ婿を取らせてこの領地を継がせると言った」


 ロイドの言葉がキースの耳をうち、その衝撃で身を震わせた。当然の現実とはいえそう簡単には受け入れづらい者であった。自分の主人であるマリアが結婚する。その後自分はどうしているのだろうと。だからロイドがその後に続けた言葉になおさら驚いた。


「……そしてその婿候補の中には……キースお前もいる。むしろ私としてはそうなってくれる事を願ってあえて、お前をただの従者としてマリアにつけたのだがな」


 キースはその言葉を聞いて、表情をこわばらせ、キツく拳を握りしめた。


「そんな……俺は……長年従者として使えてきただけで、お嬢様に邪しまな思いなど……」

「まあ……聞け。マリアは物心つく前から聞き分けが良すぎる不思議な娘だった。両親を早くに失った従兄弟だと聞いたなら、気遣って距離をとってしまうだろうと。かといって初めから婚約者としたくもなかった。私としては娘の自由意志も尊重したかったからな。だからあえて側で働かせて、自然とお前達が親しくなればと思っただけだ」


 ロイドの言葉は正確にキースの心を射抜いて、その場に縫い付けられたように身動きができなくなった。


「ジェラルドに嫉妬する程度にはお前もマリアを気に入ってるのだろう。問題あるまい」

「……な! 嫉妬などと……あれは……ただあまりにあの男がお嬢様にとって疫病神にしか思えなくて……まさか……あの男も候補のうちなのですか?」


「それはない。ありえん」


 キースはロイドの即断の返事に喜びよりも疑念しか浮かばなかった。それではなぜあの男を娘の側に置くのか? 疑問に思い考えているうちに一つの可能性を思いついた。


「なぜですか? あの男はマリアお嬢様に手出ししないと、なぜそこまで信頼できるのですか?」

「それは言えない。ただあれは無害だ。放置しても何も起きない。お前は自分でどうするか考えて決めろ。マリアは自分がいずれ結婚して夫の命令に従わなければいけない事実に気づいたはずだ。他の男よりも理解のある所を見せれば案外……」


「やめて下さい。自分の娘と甥をそうやって思い通りにできると思わないで下さい!」


 キースはそれだけ言い残して、出てきた勢いの倍の早さで出て行った。その後ろ姿を見つめながらロイドは呟いた。


「私の可愛い娘と甥が結ばれて、自分の手元に永遠にいてくれればと願って何が悪い……で、いつまで隠れてるつもりだ?」


 そう言われてソファの向こうに身を潜めてたジェラルドがひょっこり顔を出した。その表情は面白そうに笑っている。


「随分僕を信頼してくれてるんですね」

「信頼はしてない。ただ事実を言ってるだけだ。ジェラルドはマリアに手を出す気がない。そしてマリアも恋愛に興味がない。このまま放置してても何も進まない。そんな事見ているだけですぐわかる」


 クスクスと人の悪い笑みを浮かべたまま「そうなんだけど……そこまで警戒されないのは男としてどうなんだろう……」などとぶつぶつと文句を言っている。


「で? アルブムでの茶の販売についてどう思っている?」

「物はいいですから、信用が勝ち取れて評判が広まれば売れるでしょうね。そこまでいくのに時間がかかるでしょうが……って僕を仕事に利用しないでよ。何もやる気ないんだから」


「宿代程度にアドバイスぐらいしたっていいだろう。まったく」


 2人の男のやりとりはそれっきり終わってしまった。ジェラルドは勝手に書斎のソファで昼寝を始め、ロイドは仕事に戻って行った。

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