姫君の役目
「なるほど……事情はわかりました。しかしそれは私には手に余るお話ですね」
「どうしてかしら?」
「確かに私はアルブムに茶を届けて売っていますが、売った茶を貴族の皆様がどうやって楽しまれるか知りません。それにどこの貴族も出入りの決まった商人としか取引しません。私が付き合いがあるのもごく一部のお屋敷だけです。アルブム全体でどういう流行があるのかはわかりません」
「ではどうやって茶を選び買い付けてくるのですか?」
「贔屓にしているお屋敷から、こういう茶が欲しいと注文がくるのですよ。そのご希望に合う茶を集めてくるのが私の仕事です」
売る側からアピールするのではなく、注文があってから仕入れる。それではずいぶんと時間がかかってしまう。
しかし聞いて見ると一年前から次の年のいつ頃にどんな茶が欲しいと注文があるのだという。
ずいぶん計画的に注文があるものだと感心してしまった。
「アルブムの貴族の方々にも社交シーズンやイベントがあるようですね」
そう言いながらハンスは目を細めて、私を試すように微笑んだ。
「私に聞くよりもっといい方法があるとおもいますが」
「いい方法?」
「マリア嬢は貴族の姫君なのですから、自分でアルブムの社交界に行かれて、調べればよろしいのではないですか?」
指摘されるまでまったくそんな事考えてなかった。貴族の娘といってもこの街から出た事もなく、社交界なんて遠い世界の出来事だと思っていた。
でも確かに自分で市場調査に行くのが一番確実である。私はハンスと別れてすぐに父の元へ向かった。
「ダメだ!アルブムに行くなど絶対許さない」
父は珍しく不機嫌さを隠す事なく、眉間にしわを寄せてイライラと机を叩いた。反対される事は予想していたが、ここまで感情的になるとは思わなかった。父は有能な人だから、この街のためになる事なら話し合いの余地があると思っていたのに。
「お父様。私はアルブムに遊びにいくわけではありません。私が貴族の令嬢としての礼法に欠けてるなら、それも練習して身につけた上で参ります。だから……」
「ダメだ。この街から出る事は許さない」
「どうしてもですか?」
「どうしてもだ。譲る気はない。市場調査が必要なら、人をアルブムに送って調べさせれば良い事だ。お前が行く必要はない」
「しかしそれでは正確な情報を集めるのが難しく……」
「マリア……お前はなぜそこまで茶にのめり込む。ただ茶が好きだというなら、茶畑で茶を作り、出来た茶を飲んで穏やかに過ごす。それだけで満足できないのか?」
なぜと問われてすぐに言葉が返せなかった。初めは大好きなが紅茶が飲みたい一心だった。それがいつの間にか欲がどんどん広がって行った。お茶をもっと多くの人に味わって欲しい。紅茶という存在を知って欲しい。……ああこれは前世からの私の深い業だな。結局仕事が欲しいのだ。お遊びじゃなく、仕事として茶に関わりたいのだ。
「私にとって茶を売る事は仕事だからです」
私の返事を聞いて父は一瞬目を見開いて大きくため息をついた。
「勘違いしているようだが、私が茶を作るのを許したのもただの趣味としてだ。お前の仕事は別にあるのだぞ」
そう言って父は立ち上がって私に近づいて言った。
「マリア……。お前は私のたった一人の娘だ。だから婿をとってこの領地を継ぐ事それがお前の仕事だ。アルブムなどに行って変な虫に引っかかっては困るのだ。自分の身を考えなさい。今まで衣食住何不自由なく暮らせてきたのは、民の血税からくるもの。今まで受けてきた特権をお前は義務で返さなければ行けない。それはこの土地の跡継ぎと言う事なのだ。そろそろ自覚を持ちなさい。お茶にかまける子供の遊びは終わりだ」
父の言葉がずしりと響く。前世で一般市民だった私に親の後を継ぐとか、そんな発想なかったけれど、確かに私は好きな事だけして毎日何不自由なく暮らしてきた。
その特権に対する義務を果たさなければ行けないのかもしれない。
でもやっぱりお茶の仕事をしたい気持ちは変わらなくて……。私は義務とやりたい事の間で悩んだ。
「今まで通り自分の茶園で、趣味として茶を作る分には大目に見よう。だが結婚してもそれを夫が理解してくれるとは限らぬぞ。マリアももう年頃なのだから、いつまでも子供気分でいてはいけないな」
父はもうそれ以上言う事はないとばかりに私を部屋から追い出した。政略結婚、領主の妻としての役目。それが私の与えられた定めだというなら、もっと自由な人生が欲しかったというのは、贅沢な望みだろうか?




